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第二幕 江戸の生活をシよう!

第二十八話 そうだ、春画を描こう

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 もつれたネックレスのように思考が絡まっていく。悩みに悩んでも時は平気で進んでいく。今が深夜の一時ぐらいだとしたら、夜明けまで五時間もあるかないか。アイディアを出してから下書きなしで筆を動かすことになる。

 自分で描き上げる速度は早い方だと思っているが、この修正不可能な薄っぺらい半紙に俺の命、全人生が懸かっている。殿様の満足のいく、立派な春画をなんとしても描き上げなければ、後がない。そう、後がない……のは重々承知の上であるが、ほんっとうにアイディアが浮かばない! 春画ってそもそも、江戸時代でどんな立ち位置だったんだ? 美術うんぬんではなく、好き勝手描いてにいいものなのだろうか。もっと早く助六にでも聞いておくべきだった。これが江戸ではなく現代だったら、リクエストとかそっちのけ好きなように思描いてはSNSにイラストを上げていた。振り返ればもっとコメントを深く読んだり、周囲のリクエストに耳を傾けてイラストを描くべきだった。貴重な時間の末、絵師活動の反省会まで行ってしまう。

 ミツが同情して殿様の性癖とか、春画についてヒントでもくれたりしないかと期待を寄せるも、知らん顔をして直立不動。一人パニック状態の俺とは正反対である。ウジ虫呼ばわりさてているぐらいだ。こっちがどうなろうと関係ないって思っている。とはいっても、今のまま迷走している場合ではない!

「ミツ、ちょっと質問いいか?」

 舐められないよう怯えることなく小さな挙手をして声をかければ、顎を前に軽く突き出された。発言を許可するという意味だと分かり、聞き取りやすくハッキリとこう伝える。

「殿様はどんな春画を好んでいるんだ?」

「死ね」

 おおっと、「~いるんだ?」から、一秒も経たない、一番シンプルに傷つく暴言が跳ね返ってきた。それも獣みたく威嚇をして。相手からしたらいきなり何を言い出すとご立腹したくなるのは分からんでもないけどさ、死ねはないだろ! さすがの俺もそこまでメンタルが鋼なわけではない!

「おい、いい加減にしろよ。なんだよお前のその言い方。もっと思いやりの心を持てないのか?」

「ふん、突っかかってきたかと思えばウジ虫の分際で偉そうに説教か。私は貴様が死のうと生きようと心底どうでもいい。だが、千代姫や城に危害をもたらす人物が減ったと考えたなら、消えてくれたら嬉しい」

「な――」

 もう、口があんぐり。塞がらない。なんて酷いことを人様に平気でぶつけるんだと怒りを通り越して、さらに呆れも通り越して、こいつが理解できない。俺がショックを受けていると感じているのか。ミツはしめしめとほくそ笑む。初めて目にした笑った顔。しかしそれは、汚れている悪意に満ちているものだった。悔しさが堪えきれずに溢れては、強く握りしめた拳の中に爪が刺さる。体内にこもる発散不可能なイライラをぶつける所など、どこにもない。

 なんだよこの性悪女! 暴言を唾みたく吐き続けられると、女性不信によりも女性の存在そのものが嫌になりそうだ! こんなにひどい屈辱を味わうくらいなら、元々話しかけるんじゃなかった。クソ、選択ミスだ。凛とたたずむ気取ったミツと立場を逆転して恥じらうところを拝んでやりたい。屈服させるにしても、非力な俺では到底……あれ? 待てよ、もしかしたらもしかすると、これは春画のネタに使える? 

 ひらめきが光に変わって落ちてきては、巻き付いて引き離しにくくなっていたネックレスのチェーンみたいな思考力が柔らかくなっていく。ミツ、忍者娘、気が強い、恥じらい、動きを封じる、縄。意味深な大人のマジカルバナナが順々に広がっていく果てに辿り着いたのは――緊縛。

 灯台下暗しとはよく言ったもんだ。最高のネタがすぐそこにあるじゃないか。

 ニチャァ……唇の端と端が真横に伸びていき、過去一気持ち悪いスマイルを作っていく。このときミツは、自分が春画のモデルになるなんて知る由もない。
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