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第二幕 江戸の生活をシよう!
第二十四話 ゼロから始める長屋生活
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業務内容が忙しければ、時間が経つのも早い。結局、話せたのは「うふふ、あはは」の序盤のみ。せめて帰りの挨拶をと勢いこんでは、悲しくもお帰りになるのも見逃す失態を犯した。
惨めな自分を慰めてくれるのか、夕日に染まる山々にカラスの切ない鳴き声が天と地の間を跳ね返ってくる今の時刻は……江戸には時計がまだなく、特殊な数え方をして時刻を見るらしい。それに関しては小毬さんに教わったが、結局忘れてしまったのでまた今度改めて教わろう。
「はいよ、ご苦労さん」
「今日も一日ありがとうございました」
毎日仕事終わりに小毬さんから手のひらサイズの巾着をもらう。中身は一日分のお給料。江戸当時の最低賃金はどれほどかは知らないが、知り合いに聞いたら、結構それなりにもらえているらしい。誤魔化さずにちゃんとした賃金がもらえるなんて、江戸のホワイト企業だ。
「あとこの団子、余ったから持っていきな。あまりにもお客さんが来るから、調子に乗っておとっつあんが作りすぎちゃったんだよ!」
続けてわっぱ弁当みたいな艶のある木箱を渡される。中身を確認すればみたらしに醤油にあんこの団子たちが束になって敷き詰められている。これは思わぬ収穫だ。
「なにからなにまで……ありがとうございますっ!」
「いいんだよ。春画のお供にでも食べな」
「あー、ははは」
ほくほくと顔中にあった笑みが小松さんの春画発言でサッと消え去っては、引きつった苦笑いへと移り変わった。それに関しては早く忘れてくれないものか……。
茶屋を後にしてから俺は駆け足で自宅へと戻る。自宅といっても、細長いひとつの建物の内部を壁で仕切り、いくつかの住まいが密集している長屋に住んでいる。それも江戸の町でも一番人が多く集まる場所らしく、人とすれ違ってもすれ違っても人人人で、とても活気に溢れていた。元々住んでいた住民たちは、俺がいきなり引っ越してきても変な顔はせず、それどころか歓迎されてしまった。江戸の町は行き場のない人間が多く流れてくる、いわば聖地らしい。
そんな帰路につく最中、何度も片足をあげては立ち止まる。時代で仕方がないにしても、薄っぺらいせんべい草履は履き心地最悪だ。ふくらはぎはジンジンと熱く脈を打っては、休息を求めているかのようだった。早く寝転がりたいと強く欲しても、この長屋はすっごく長い造りになっている。だけでなく、俺の家はその一番奥にあるという始末。
「うう、やっと着いたか……」
一日働いていただけだというのに、なぜか懐かしく感じてしまうのはそれほど仕事に集中していただろうか。
「誰もいないけどただいまっと」
与えられた家は、実に面白い構造をしていた。たった今、横にずらした障子戸は建付けが悪く、ガガガと木が軋む音を鳴らさないとスムーズに開かない。今日は運よく一発で開けることができたが、ここんとこは高確率で、開ける途中で詰まって、逆に力いっぱいやると戸が丸ごと剥がれてしまう。
だが、細工箱みたくそう簡単には開かない点が泥棒が入りにくいことに繋がるので、セキュリティ面はバッチリだ。そのまま家に入れば、部屋に続く大きな段差がある玄関スペース。隅には炭で汚れた火鉢と調理のできるガタついたかまどが設置されている。
肝心の部屋は六畳あるかないかの広さ。家具は少しだけ服が入りそうなタンスと腰が痛くなりそうな低い木製の机、そして布団一枚。余計な物は持たない暮らし。分かりやすくいうとミニマリストだ。レトロな感じに湿っている畳を踏み込んでは、通気性に優れた穴が壁に多数空いている。夜になれば、なんと虫たちが入り込んで自然の大合唱をしてくれる。今とは違う、一風変わった俺だけの家。ああ、実に面白い。面白くって……反吐が出る。
「ダメだ! ポジティブシンキングしてもこのオンボロハウスだけはマジで無理だ! なんだよあの障子戸! この穴だらけ! 幸いまだアレルギーとかなんにもかかってないからいいけど、令和男子の俺が病気になったら一発アウトだぞ! 分かってんのかクソー!」
部屋にゴロゴロと転がって不満をいろんな方向にぶちまけた。こんなひっどい部屋に住むなんて罰ゲームに等しい。どれほど酷いかと例えたら、家を生まれ変わらす某番組に出てくる空間の魔術師の肩書を持つ匠を連れてきたら「ここでよく住めますね」とか平気でボロンとこぼしてきそうな次元。
惨めな自分を慰めてくれるのか、夕日に染まる山々にカラスの切ない鳴き声が天と地の間を跳ね返ってくる今の時刻は……江戸には時計がまだなく、特殊な数え方をして時刻を見るらしい。それに関しては小毬さんに教わったが、結局忘れてしまったのでまた今度改めて教わろう。
「はいよ、ご苦労さん」
「今日も一日ありがとうございました」
毎日仕事終わりに小毬さんから手のひらサイズの巾着をもらう。中身は一日分のお給料。江戸当時の最低賃金はどれほどかは知らないが、知り合いに聞いたら、結構それなりにもらえているらしい。誤魔化さずにちゃんとした賃金がもらえるなんて、江戸のホワイト企業だ。
「あとこの団子、余ったから持っていきな。あまりにもお客さんが来るから、調子に乗っておとっつあんが作りすぎちゃったんだよ!」
続けてわっぱ弁当みたいな艶のある木箱を渡される。中身を確認すればみたらしに醤油にあんこの団子たちが束になって敷き詰められている。これは思わぬ収穫だ。
「なにからなにまで……ありがとうございますっ!」
「いいんだよ。春画のお供にでも食べな」
「あー、ははは」
ほくほくと顔中にあった笑みが小松さんの春画発言でサッと消え去っては、引きつった苦笑いへと移り変わった。それに関しては早く忘れてくれないものか……。
茶屋を後にしてから俺は駆け足で自宅へと戻る。自宅といっても、細長いひとつの建物の内部を壁で仕切り、いくつかの住まいが密集している長屋に住んでいる。それも江戸の町でも一番人が多く集まる場所らしく、人とすれ違ってもすれ違っても人人人で、とても活気に溢れていた。元々住んでいた住民たちは、俺がいきなり引っ越してきても変な顔はせず、それどころか歓迎されてしまった。江戸の町は行き場のない人間が多く流れてくる、いわば聖地らしい。
そんな帰路につく最中、何度も片足をあげては立ち止まる。時代で仕方がないにしても、薄っぺらいせんべい草履は履き心地最悪だ。ふくらはぎはジンジンと熱く脈を打っては、休息を求めているかのようだった。早く寝転がりたいと強く欲しても、この長屋はすっごく長い造りになっている。だけでなく、俺の家はその一番奥にあるという始末。
「うう、やっと着いたか……」
一日働いていただけだというのに、なぜか懐かしく感じてしまうのはそれほど仕事に集中していただろうか。
「誰もいないけどただいまっと」
与えられた家は、実に面白い構造をしていた。たった今、横にずらした障子戸は建付けが悪く、ガガガと木が軋む音を鳴らさないとスムーズに開かない。今日は運よく一発で開けることができたが、ここんとこは高確率で、開ける途中で詰まって、逆に力いっぱいやると戸が丸ごと剥がれてしまう。
だが、細工箱みたくそう簡単には開かない点が泥棒が入りにくいことに繋がるので、セキュリティ面はバッチリだ。そのまま家に入れば、部屋に続く大きな段差がある玄関スペース。隅には炭で汚れた火鉢と調理のできるガタついたかまどが設置されている。
肝心の部屋は六畳あるかないかの広さ。家具は少しだけ服が入りそうなタンスと腰が痛くなりそうな低い木製の机、そして布団一枚。余計な物は持たない暮らし。分かりやすくいうとミニマリストだ。レトロな感じに湿っている畳を踏み込んでは、通気性に優れた穴が壁に多数空いている。夜になれば、なんと虫たちが入り込んで自然の大合唱をしてくれる。今とは違う、一風変わった俺だけの家。ああ、実に面白い。面白くって……反吐が出る。
「ダメだ! ポジティブシンキングしてもこのオンボロハウスだけはマジで無理だ! なんだよあの障子戸! この穴だらけ! 幸いまだアレルギーとかなんにもかかってないからいいけど、令和男子の俺が病気になったら一発アウトだぞ! 分かってんのかクソー!」
部屋にゴロゴロと転がって不満をいろんな方向にぶちまけた。こんなひっどい部屋に住むなんて罰ゲームに等しい。どれほど酷いかと例えたら、家を生まれ変わらす某番組に出てくる空間の魔術師の肩書を持つ匠を連れてきたら「ここでよく住めますね」とか平気でボロンとこぼしてきそうな次元。
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