悪役令嬢になったんで推し事としてヒロインを溺愛しようと思う

マンボウ

文字の大きさ
上 下
10 / 84
ルート1 ヒロインとお近づきになろう!

当たって砕けろ!憧れのあの子と友達になろう!

しおりを挟む
 トイレに連れ込んだのはいいけど、お金持ちの通う学校はトイレまで一般人と違った。独特な嫌な臭いもしない。それどころか石鹸の香りが一面に広がって、壁紙やタイルに汚れひとつ見当たらず、清潔感も申し分ないほどバッチリ。

 今どきは当たり前なのかもしれないけど全てが洗浄機能付きの洋式。トイレットペーパーも買ったことのないお高いダブル。しかも水を風で飛ばす……ハンドドライヤーっていうの? ショッピングモールとかでしか見かけない物まで設置。はぁ……、現実で過ごしていたギャップがまた今になって襲ってくるだなんて、貧乏人思考でやんなっちゃう。

「桃尻さん?」

「え!? あっ! あらやだ、あたくしったらボーッとしちゃいまして、オホホ!」

 いつまで経っても用をしない私を見かねた愛理は、不思議そうに声をかけた。トイレに感動していたことを悟られぬよう焦った様子で誤魔化しては、コホンと咳払いをする。

「松風さん。私、トイレがしたいって言ったけど――あれは嘘なの」

「えっ?」

「騙しててごめんなさい。でも、二人きりで話をしたかったの。聞いてくれる?」

「はい」

 快く返事をしているけど、私が二人きりで話がしたいと言葉にした後から、愛理は表情を強張らせていた。どんな話をされるのだろう、そう顔に書いてある。最もな反応。自分ですら二人きりで話がしたいと言われたら構えてしまうのに、相手にとっては嫌がらせの主犯格。いい顔をされるわけがない。

 ソーラン節で距離は縮まったと思っていたけど、そう思っていたのは私だけ。愛理が桃尻への警戒心が抜けきっていないのに二人きりの場を持ち込んだのは早すぎたんじゃ……ううん! なにまた弱気になってんの! この子とハッピーエンドを持ち込むにはこうするしかないんだってば!

 さあ、今度こそ言うんだ。「松風さん、今までごめんなさい。もしよかったら私とお友達になってもらえませんか?」――って。

 とはいえ、誰もいない女子トイレ、個室、二人きり、何も起こるはずもなく……等と、頭にポンポンと浮かんでくる、いやらしいワードを掻き消しては浮かんで、掻き消しては浮かんでの単純作業エンドレス。心臓は減速することなく、どんどん鼓動の荒波にのみこまれていく。

 本当に今さらだけど推しが前にいることに、ドキドキしすぎて鼻血を出して倒れそう。ついでに意識も朦朧としてきたけど! 私にはどうしても結ばれたい子がいる! 

 声にならない強い叫びがついに、喉奥に引っ掛かっていた思いを動かした。

「松風さん、今まで本当にごめんなさい! 謝って許されることじゃないって分かっているけれど、あなたが嫌じゃなければ、お友達になりたいの! お願いします!」

 土下座する勢いで頭を下げ、なんて都合のいいことを、と内心鼻で笑う自分がいた。次に愛理がどう返答するかで、今後のルートは大きく決まる。ゴクリ、生唾を飲み込む音が静寂な空間へと落ちていく。 

 どうしよう、沈黙が怖い。早く、早く何か言って……。

 味わったことのない不安感に襲われ、膝から崩れ落ちそうになっているとき、愛理の言葉が頭上に降ってきた。

「はい。いいですよ」

 声のトーンには、戸惑う感情や怒りの感情、迷った感情も感じさせず。たしかにそれは、二つ返事の承諾が飛び込んできたのだ。

 嘘嘘嘘嘘! これは、きたんじゃない!? いや待って、一応愛理の本心も確かめておかないと!

「松風さん、あなた本当にいいの!? あの性悪女の桃尻エリカよ!? 散々嫌なことしてきた女じゃない! そんな奴と友達になれるの!? 嫌なら嫌って言っていいのよ! さあEverybody say!!」

 自分で言っておきながら伏せていた顔を上げては、愛理にさりげなく壁ドンをして詰め寄っていく。縦ロールを振り回して近づいていく桃尻の見た目はさぞ怖いでしょうに。愛理はそれですら拒否することなく、

「いえ、そんなことありません。私も桃尻さんと仲良くなりたいです。朝の件で桃尻さんの意外な一面も知れたことが嬉しくって、いつかもっと話したいなと思っていたところなんです」

「そうだったの!? でしたら全然お話いたしましょ! ええと、今日のお昼とかご一緒にどうかしら?」

「はいっ」

 ダイヤモンドに匹敵する笑顔をふりまいて答える愛理。もぅマジ無理……。この子と絶対に結ばれょ……。

 見つめあって「うふふ、あはは」モードに入った途端に、愛理は私の鼻を見て小さな悲鳴を上げる。視線の先と鼻下を流れていく気持ち悪い感覚に鼻血だとすぐに分かったが、体内も喜んでいるんだなとズレた感心をしてしまった。

「えへへ……女の子の日始まっちゃったみたい……」

「へ? えっと、とりあえずティッシュどうぞ?」

 私は愛理が優しいのをいいことに、ポケットティッシュをもらうだけでなくティッシュを鼻に詰めてもらうといったキャバでもないプレイを堪能。

 それからすぐに授業開始のチャイムは鳴り、二人仲良く職員室行きになったのは、また別のお話である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...