上 下
8 / 39

第8話 恋人が出来ない理由に悲しく納得

しおりを挟む
「お前がいつまでも独身でいるがわかった気がした……」

ジャックとダニエルの野良犬同士のような言い争いを見物すれば、ダニエルの妹に対する愛情の重さというか強烈な執念に勘付いて父親がうっかり喋る。兄なのにそこまで想って愛していたのかと、父親は胸にしまい込まれている過去の出来事を回想する。

――昔から一目置かれて引く手あまたのダニエルが、どうして女性と付き合おうとしないのか?両親は頭の中が不安要素だらけだった。良識のある奉公人たちと相談し、父親が真意を確かめるために行動を開始した。

その日、朝の用事が済むと午後は特に予定はなく、ダニエルは部屋で緊張を解いて日課にしている妹のソフィアとのを楽しんでいた。すると部屋のドアをノックする音がして、驚いてベッドから飛び起きた。

「何か用事か?」

きっとメイドがお茶を持ってきたのだろう。気分が良かったのに誰だともどかしく思えた。ふぅ、と息を吐いたダニエルは落ち着きを払って返事をした。

「ダニエル私だ」

予想と異なり父親だった。本来であれば絶対的に偉い家長である父親が、息子の部屋に来て話をするのは滅多なことではない。メイドに命じて息子を自分の部屋に呼ぶのが普通なので、ダニエルもぽかんとした顔で立ちすくんでしまった。

「何か問題でもありましたか?」

自分でも気がつかないうちに何かやらかしてしまって、これからひどくお叱りを受ける事になるのか?とダニエルの精神は緊張状態を強いられていた。その心配は杞憂きゆうに過ぎないことがわかる。姿を見せた父はほがらかな顔をして機嫌がよさそうで、ダニエルは救われた思いでほっとした感じが身体に走った。

「問題があるという事ではないから気にしないでくれ。それよりお前の飲みたがっていた高品質の貴腐きふワインが手に入ったんだ。少し付き合え」
「はい、わかりました」

珍しく父から二人で酒を飲もうと誘われた。ダニエルは酒は好きなほうでワイン生産地に足を運んだこともあるほど。父親のほうも知っているので酒を飲みながらなら話しやすくて、何でも心を開いて自分をさらけ出してくれるだろうと思って誘いかけた。

別の部屋に移動した。部屋では二人きり親子水入らずで、酒のつまみを用意させてメイドは早々に退出させた。飲み始めて一時間も経つとワインの甘い香りが部屋じゅうに漂って、二人とも高揚した気分で気持ちよくなっていた。

気を緩めてほしいので今日は無礼講で遠慮は不要だと言い、しばらくは世間話を交わして打ち解けて、聞くなら今しかないと父親は脳裏をよぎり口火を切る。

「ダニエル、お前は周囲が認めるいい男だ」
「そんな事ありませんよ」
「まあ謙遜けんそんするな。だがお前が恋人を家に連れて来たこともないし、私が知らないだけで心に決めた特定の相手がいるわけでもないようだしな。何か病気とか交際できないでもあるのか?」
「そういうわけではないですけど……」

身体的な苦悩があって女性と付き合う事を怖がっているのか?と聞いたところ別にそんな事はないと答えた。それならどうして?その時に天啓てんけいのごとく閃いた。まさかとは思うが息子は同性への恋愛感情があるのではないか?それなら今に至るまで女性と付き合ってない事も説明がつく。

「もしかして……お前は男が好きなのか?」
「え?……ふざけないでください!私は女性が好きです!!」

男が好きなのか?父親から突然いかめしい表情で問われた。アルコールの影響で頭がぼーっとして、初めのところは何を言っているのか理解できなかった。ようやく合点がいったダニエルは癇癪かんしゃくを起こして立腹するとおっかない顔で父を睨んだ。

「悪かった。だがな、人格的にも立派でクールな風貌のお前が彼女もいない事が、妻にうちの家人みんなが不思議に思っていたんだ」

父は平謝りで頭を下げ続けた。しばらくしてダニエルもそう言われても無理もないか?と思って悔しいけど父を許した。それでも不機嫌に黙りこんで自室に戻っていく。ベッドにごろりと横になって先ほどの気分転換を図ろうとし、切ない感情を覚える妹との仮想ロマンスに羞恥心を犠牲にし兄は愉悦に浸っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

どうも、初夜に愛さない宣言をされた妻です。むかついたので、溺愛してから捨ててやろうと思います。

夕立悠理
恋愛
小国から大国へ嫁いだ第三王女のリーネは、初夜に結婚相手である第二王子のジュリアンから「愛することはない」宣言をされる。どうやらジュリアンには既婚者の想い人がいるらしい。別に愛して欲しいわけでもなかったが、わざわざそんな発言をされたことに腹が立ったリーネは決意する。リーネなしではいられないほどジュリアンを惚れさせてから、捨ててやる、と。 「私がジュリアン殿下に望むことはひとつだけ。あなたを愛することを、許して欲しいのです」  ジュリアンを後悔で泣かせることを目標に、宣言通り、ジュリアンを溺愛するリーネ。  その思惑通り、ジュリアンは徐々にリーネに心を傾けるようになるが……。 ※小説家になろう様にも掲載しています

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...