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第38話

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「ん……?」

その時ハリーは意識が回復する。何やら男女の騒がしい声が耳に入って、うっすらと目を開いた。

イリスとレオンが自分を巡って揉めていることを理解する。その時、ふと脳裏をよぎったハリーは良からぬ想像が頭の中で膨らんだ。

「体中が痛い……もう僕は死にそうだ」

不意にハリーが悲痛なうめき声をあげる。ところがこれは計算された演技にすぎない。ハリーは心が綺麗なイリスの同情を誘うという嫌らしい方法を取った。

「ハリー大丈夫?」

あまりに突然の出来事に動揺したイリスは、心配そうな顔をしてハリーの体を揺するように動かした。

「イリス……」
「なに?ハリーしっかりして!」
「僕のような薄汚れた男が気安く話しかけてごめん……」

虚ろな目を見開いて虫の息のハリーは、本当に弱り果てている感じの声でイリスの名前を発した。非常に切迫した状態となってしまい、ハリーの手をしっかりと握りしめて本能で呼び覚ます。

ハリーを励まして生き延びさせないといけない。イリスは余裕を忘れた雰囲気である。それを感じたハリーは、更に可哀想に思われるように言葉を放つ。

「そんなこと思ってないから、今はもう喋らないで……」

姑息な手段を使うハリーにも、不安な表情で世話を焼いてイリスの声が途切れることなく続いている。

「はぁー、イリス行こう。意識が戻ったみたいだからもういいだろ?」
「こんな状態のハリーを放って置くわけにはいきません。レオンが血も涙もない性格だとは思いませんでした」

ハリーの目が覚めたことを確認したレオンは、やれやれという思いで安堵の息を吐いて胸をなでおろした。そしてイリスに場所を移動しようと自然な口調で言った。

レオンが殴っておいてなぜ冷たい態度を取るの?意外にも親切心の欠片も持ち合わせていない人だったの?そう口を開いてイリスは強く反論していた。

「げほっ、ごほっ」 

膝枕をしてもらっているハリーは、お調子に乗って心の中でそうだそうだと思いながらイリスの言葉に同調する。その上イリスの気を引くために芝居じみた仕草まで行う。

いかにも苦しそうな呼吸を繰り返しながら、レオンに対して抗議するかのような態度を取り始める。

「ほら、こんなに辛そうにして熱もありそう……」

イリスが上から覗き込んで見ると、やや青ざめた顔色に細かく震える体。当然のことながら全てハリーの演技である。何ともせこくて恥知らずな男ではなかろうか?

「わざとじゃないのか?」

いくらなんでも不自然じゃないか?レオンは大きく動揺した様子で切り返す。愛して婚約を決めたイリスの膝の上に頭を乗せているのも耐えられない。

レオンはうらやましそうな顔で眺めて、そっと頭を撫でられているのにも嫉妬めいた感情が芽生えて、腹が立ってさえきた。
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