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第35話

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「ハリー?」

買い物途中のイリスが驚いた顔でその奇妙な男を見つめていた。格好はみすぼらし過ぎて元夫のハリーだと理解できるまで少しかかった。

まだ若いはずなのに疲れきった老人のような顔をしているハリーは、イリスが気がついて眺めながらそうつぶやくと、よろよろしながら近寄ってきて微妙な笑顔で話しかけてきた。

「イリス元気そうだね」

最後に見た二年前の姿とは似ても似つかない様子なのだ。乱れた髪で元王子ともあろう高貴な人間が、乞食同然に落ちぶれたのかと思うと、胸をしめつけられてたまらない。

「あの頃は幸せだったよ。もう一度戻りたいな……」

イリスは、しばらく黙ってぽかんとした表情をしていると、ハリーが異常なくらい甘えた声ですり寄ってくる。下心を感じたイリスは鳥肌が立って、捨て犬を見るような気の毒な視線を向けた。

昔、愛した男とは思えなかった。何があったのかは知らないけど、かなり壮絶な人生を送っているのだろうことは容易に察しがつく。

そう言えばエレナの姿がない。あれほど想い合っていたのにも関わらず別れたのだろうか?イリスは辺りを見回しますがどこにもいません。ハリーがこんな状態ではエレナは関係を切ったのだと納得できます。


「エレナを粗末に扱う店はこちらもお断りだ!」

エレナが働いていた店のママにクビを宣告されて、ハリーは威勢よく吠えて答えた。だがエレナは慌てておろおろしながら額の汗を拭っていた。

どうしよう?そんな気持ちであった。エレナは、まさかこんなことになるとは思わなかった。最悪の事態へと状況は進んでいるように感じる。

口うるさく注意してくる先輩ホステスをハリーに相談すれば、簡単に解決できると考えていた。エレナは今回に限っては予想外の結果が生じた。

「これから私たちの生活どうするの?」
「何とかなるだろ」
「ハリーは毎日寝てたくせに、いい加減なこと言わないでよ!」

エレナが甘かったのもあるし、ハリーが頭に血が上ってしまい売り言葉に買い言葉で、反射的に口走ってしまいました。

前よりもひどい貧乏暮らしになってしまう。そう落ち込むエレナに空気を読めずにハリーは、けっこう無責任なことも言うから苛立ち興奮して痛烈に批判し返す。

「僕はエレナのために言ったんだぞ!」
「ハリーは頭の発達が悪い!」
「なんだと!」

これが発端となるような火種になって、しょっちゅう言い争っているといった感じになる。仕舞に二人は喧嘩別れの形で決別し、もはや取り返しのつかない事になった。

エレナは現実的な判断力を持っていたが、別れてからハリーの脳内は大きな混乱があり、壊れる寸前まできてしまっていたのである。
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