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2 初々カップルとカップル、30年後。
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ーーーーー
辺りがすっかり暗くなった午後8時。
マスターが午後3時で一旦閉めたカフェを開けると同時に二人のお客が扉を開いた。
カランカラン・・・
「すみません、まだやってますか?」
そう言われ、マスターは優しく微笑んだ。
どうやら今日はこの二人が『夜部』のお客のようだ。
二人は男女で、年齢は50代後半ぐらい。
男性の方はスーツに身を包み、赤い和柄の桜模様ネクタイをしてる。
女性はその桜模様に合わせてか、小桜が散る着物を着ていた。
どうやら二人は夫婦のようだ。
「カウンターどうぞ。」
マスターに言われ、二人はカウンター席に腰を下ろした。
「ホット二つ。」
「かしこまりました。」
マスターは慣れた手つきでポットに水を入れ、火にかけていった。
ガスに温められてるポットをじっと見つめてると、男性のほうが口を開いた。
「・・・今日ね、結婚記念日なんですよ。」
「!・・それはおめでとうございます。」
「はは、ありがとうございます。・・・正確にはプロポーズ記念日なんですけどね。」
優しそうな雰囲気を漏らしてる男性は、ちらっと女性を見た。
女性も男性の視線に気がついたのか視線を男性に向け、お互いに微笑んでいる。
「30年前の今日にプロポーズしたんですけどね、せっかくだからと思って今日は30年前に行ったレストランで食事することにしたんです。そこでちょっと30年前のことを思い出してしまって・・・」
思い出した内容は楽しいものらしく、二人は視線を合わせたままにこにこ笑ってる。
マスターは湯が沸いたポットを手に取り、ドリッパーの中に注ぎ始めていた。
「30年前、私と妻が食事をしてる時に高校生か大学入ったばかりくらいのカップルが入って来たんです。ちょっと高級なレストランだったので、お金を貯めて記念日にでも来たのかなーって感じで。」
その若いカップルは緊張していたようで、会話という会話もできずにテーブルを囲っていた。
前菜やスープが運ばれてくるものの、無言で食べ進めていたそうだ。
「マナーとか気にしちゃうようなレストランだったので、緊張しまくったんだと思います。見てるこっちはかわいくて仕方なかったんですけど。」
まるで我が子を見てたかのように話す男性。
マスターはコーヒーをドリップし終わり、カップを二人の前に置いた。
「どうぞ。」
男性はミルクも砂糖も入れずにそのままコーヒーをすすり、女性はミルクを少し入れて冷ましてからカップに口をつけていた。
「あなた、ほら・・今日のムニエルがスズキだったのよね?」
女性の言葉に男性はコーヒーを吹き出しそうになりながら堪えていた。
「あぁ、そうだな。・・・30年前もスズキのムニエルだったんですよ。で、そのムニエルが運ばれてきたとき・・・」
ウェーターが若いカップルに『スズキのムニエル』を運んだとき、『何の魚か』を説明するために二人に向けて言ったそうだ。
「『スズキ』でございます。」と。
するとその若いカップルは何を思ったのか、
「あ、杉本です。」
「中山です。」
と、自分自身の苗字を名乗りだしてしまったのだとか。
「多分、初めてのレストランだったから知らなかったんだと思うんですけどね、もうかわいくてかわいくて。・・でも料理の紹介だったって気がついたら可哀そうだと思ったんですよ。」
恐らく、そのレストラン中に聞こえてしまっていた自己紹介。
いや、事故紹介。
男性はその若いカップルが恥をかかないようにと思って自分の苗字も名乗ったのだ。
「そしたら周りのテーブルにいた人たちも名乗り始めちゃって。もう何が何だかわからない状態になってしまったんですよ。」
クスクスと笑う男性につられてか、女性も笑い始めてしまった。
「あの後よね?あなたが私にプロポーズしてくれたの。」
「そうそう。僕に付き合って名乗ってくれたキミがとてもかわいくて・・・こんな時間をキミとずっと過ごしたくてプロポーズしたんだよ。」
二人は視線を合わせながら、同時にカップに口をつけた。
仲がいいことが行動や言葉の端々から漏れていて、カフェの空気が自然と穏やかなものに包まれていく。
「あの若いカップルも結婚してくれていたらいいんだけど・・・。」
そう言ってカップに残ったコーヒーを飲みほした女性はカップについた口紅を指で拭い、袖のポケットからハンカチを取り出して軽く手を拭いた。
「僕もそう思うよ、そうあって欲しいね。」
男性もカップのコーヒーを飲み干し、ソーサーを少し奥に置いた。
「ごちそうさま。さぁ、帰ろうか。」
「えぇ。ごちそうさまでした。」
二人は会計をカウンターに置き、席から立ち上がる。
30年目の結婚記念日のディナーの帰りに、少し休憩する目的でこのカフェに足を運んだようだ。
「ありがとうございました。・・・真珠婚、おめでとうございます。・・海の中でゆっくりと時間をかけながら、年輪のように真珠層を重ねて誕生する真珠。この真珠のように、30年という夫婦の年輪を美しく重ね、いつまでも若々しく、健康長寿でお過ごしください。」
マスターの言葉を聞いた男性は、驚いた顔を見せた。
そして少し困ったように笑いながら、スーツのポケットに手を入れたのだ。
「いつ渡そうか悩んでたんだけど・・・今がその時みたいだ。」
そう言って男性はポケットから小さな箱を取り出した。
「いつも僕の隣で笑っててくれてありがとう。キミがいるから頑張れる。・・これからもよろしくね。」
男性は女性の手に小さな箱を乗せた。
女性は驚いた顔をしながらその箱の蓋をゆっくりと開けていく。
すると大粒の真珠が一つ、輝きを放ちながら入れられていたのだ。
「これ・・帯留め?」
「そうだよ。キミが和服が好きだから。・・・僕の隣でこれからもずっと健康で長生きしてね?」
「!!・・・あなたと一緒に、健康で長生きしたいわ。」
帯留めを受け取った女性は、すぐにその真珠をつけた。
想いが込められた真珠は夜の中でも輝いて見えそうだ。
二人は腕を絡め、視線を合わせたのち店から出て行く。
その後姿を見つめながら、マスターは頭を下げた。
「またのご来店、お待ちしております。」
辺りがすっかり暗くなった午後8時。
マスターが午後3時で一旦閉めたカフェを開けると同時に二人のお客が扉を開いた。
カランカラン・・・
「すみません、まだやってますか?」
そう言われ、マスターは優しく微笑んだ。
どうやら今日はこの二人が『夜部』のお客のようだ。
二人は男女で、年齢は50代後半ぐらい。
男性の方はスーツに身を包み、赤い和柄の桜模様ネクタイをしてる。
女性はその桜模様に合わせてか、小桜が散る着物を着ていた。
どうやら二人は夫婦のようだ。
「カウンターどうぞ。」
マスターに言われ、二人はカウンター席に腰を下ろした。
「ホット二つ。」
「かしこまりました。」
マスターは慣れた手つきでポットに水を入れ、火にかけていった。
ガスに温められてるポットをじっと見つめてると、男性のほうが口を開いた。
「・・・今日ね、結婚記念日なんですよ。」
「!・・それはおめでとうございます。」
「はは、ありがとうございます。・・・正確にはプロポーズ記念日なんですけどね。」
優しそうな雰囲気を漏らしてる男性は、ちらっと女性を見た。
女性も男性の視線に気がついたのか視線を男性に向け、お互いに微笑んでいる。
「30年前の今日にプロポーズしたんですけどね、せっかくだからと思って今日は30年前に行ったレストランで食事することにしたんです。そこでちょっと30年前のことを思い出してしまって・・・」
思い出した内容は楽しいものらしく、二人は視線を合わせたままにこにこ笑ってる。
マスターは湯が沸いたポットを手に取り、ドリッパーの中に注ぎ始めていた。
「30年前、私と妻が食事をしてる時に高校生か大学入ったばかりくらいのカップルが入って来たんです。ちょっと高級なレストランだったので、お金を貯めて記念日にでも来たのかなーって感じで。」
その若いカップルは緊張していたようで、会話という会話もできずにテーブルを囲っていた。
前菜やスープが運ばれてくるものの、無言で食べ進めていたそうだ。
「マナーとか気にしちゃうようなレストランだったので、緊張しまくったんだと思います。見てるこっちはかわいくて仕方なかったんですけど。」
まるで我が子を見てたかのように話す男性。
マスターはコーヒーをドリップし終わり、カップを二人の前に置いた。
「どうぞ。」
男性はミルクも砂糖も入れずにそのままコーヒーをすすり、女性はミルクを少し入れて冷ましてからカップに口をつけていた。
「あなた、ほら・・今日のムニエルがスズキだったのよね?」
女性の言葉に男性はコーヒーを吹き出しそうになりながら堪えていた。
「あぁ、そうだな。・・・30年前もスズキのムニエルだったんですよ。で、そのムニエルが運ばれてきたとき・・・」
ウェーターが若いカップルに『スズキのムニエル』を運んだとき、『何の魚か』を説明するために二人に向けて言ったそうだ。
「『スズキ』でございます。」と。
するとその若いカップルは何を思ったのか、
「あ、杉本です。」
「中山です。」
と、自分自身の苗字を名乗りだしてしまったのだとか。
「多分、初めてのレストランだったから知らなかったんだと思うんですけどね、もうかわいくてかわいくて。・・でも料理の紹介だったって気がついたら可哀そうだと思ったんですよ。」
恐らく、そのレストラン中に聞こえてしまっていた自己紹介。
いや、事故紹介。
男性はその若いカップルが恥をかかないようにと思って自分の苗字も名乗ったのだ。
「そしたら周りのテーブルにいた人たちも名乗り始めちゃって。もう何が何だかわからない状態になってしまったんですよ。」
クスクスと笑う男性につられてか、女性も笑い始めてしまった。
「あの後よね?あなたが私にプロポーズしてくれたの。」
「そうそう。僕に付き合って名乗ってくれたキミがとてもかわいくて・・・こんな時間をキミとずっと過ごしたくてプロポーズしたんだよ。」
二人は視線を合わせながら、同時にカップに口をつけた。
仲がいいことが行動や言葉の端々から漏れていて、カフェの空気が自然と穏やかなものに包まれていく。
「あの若いカップルも結婚してくれていたらいいんだけど・・・。」
そう言ってカップに残ったコーヒーを飲みほした女性はカップについた口紅を指で拭い、袖のポケットからハンカチを取り出して軽く手を拭いた。
「僕もそう思うよ、そうあって欲しいね。」
男性もカップのコーヒーを飲み干し、ソーサーを少し奥に置いた。
「ごちそうさま。さぁ、帰ろうか。」
「えぇ。ごちそうさまでした。」
二人は会計をカウンターに置き、席から立ち上がる。
30年目の結婚記念日のディナーの帰りに、少し休憩する目的でこのカフェに足を運んだようだ。
「ありがとうございました。・・・真珠婚、おめでとうございます。・・海の中でゆっくりと時間をかけながら、年輪のように真珠層を重ねて誕生する真珠。この真珠のように、30年という夫婦の年輪を美しく重ね、いつまでも若々しく、健康長寿でお過ごしください。」
マスターの言葉を聞いた男性は、驚いた顔を見せた。
そして少し困ったように笑いながら、スーツのポケットに手を入れたのだ。
「いつ渡そうか悩んでたんだけど・・・今がその時みたいだ。」
そう言って男性はポケットから小さな箱を取り出した。
「いつも僕の隣で笑っててくれてありがとう。キミがいるから頑張れる。・・これからもよろしくね。」
男性は女性の手に小さな箱を乗せた。
女性は驚いた顔をしながらその箱の蓋をゆっくりと開けていく。
すると大粒の真珠が一つ、輝きを放ちながら入れられていたのだ。
「これ・・帯留め?」
「そうだよ。キミが和服が好きだから。・・・僕の隣でこれからもずっと健康で長生きしてね?」
「!!・・・あなたと一緒に、健康で長生きしたいわ。」
帯留めを受け取った女性は、すぐにその真珠をつけた。
想いが込められた真珠は夜の中でも輝いて見えそうだ。
二人は腕を絡め、視線を合わせたのち店から出て行く。
その後姿を見つめながら、マスターは頭を下げた。
「またのご来店、お待ちしております。」
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