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「!!」


いつもなら人の気配くらい気がつくはずなのに全然気がつかなかったことに私は驚いた。


(いつからいてたんだろう・・・。)


同じデザインの黒っぽいロングマントを羽織ってる4人は腰に剣を携えていた。

ブーツのような靴に手には皮の手袋。

上下紺色で揃えられたスーツのような服装はまるで『制服』のようだ。


(所々にある煌びやかな装飾・・・結構な地位にいそうな感じがする・・・。)


服のボタンや胸元にあるチェーンタイプのラペルピンが『国の権力』を表してるように見えた。


「キミに危害を加えるつもりはないよ?いくつか聞きたいことがあるだけなんだ。」


手をひらひらと振って、害がないことを証明するようなしぐさをしながら一人の男の人がゆっくり近づいてきた。


(この人たち・・・さっきの人たちだ・・・。)


雰囲気がガラッと変わっていて気付くのが遅れたけど、声に覚えがあった。

薄めの青から深い青までの瞳を持った4人は、さっき『私』を探していた人たちだ。


「・・・何ですか?」


怪訝な顔でそう聞いたとき、家の方からガタンっ!!と何かが倒れる大きな音が聞こえてきた。

おばぁちゃん以外の人がいない家からの音は、おばぁちゃんの異変を知らせるものだ。


「!?・・・おばぁちゃん!?」


私は驚いた拍子に持っていたピッチャーを床に落とし、そのまま家に向かって走った。

近くにいた人達の存在を一瞬で忘れ、ハマルおばぁちゃんのことだけを考えて家に飛び入る。


「おばぁちゃんっ・・!!」


家の中に入ると、ベッドの側にあった小さな棚が倒れてるのが目に入った。

ベッドの上でおばぁちゃんが横向きになり、苦しそうに胸を押さえてる。


「はぁっ・・!はぁっ・・!ごほっごほっ・・!!」

「大丈夫!?」


私は駆け寄り、おばぁちゃんの背中を擦った。

不安に押しつぶされそうな感覚に襲われ、ぼろぼろと涙がこぼれてくる。


「どうしたら・・・どうしたらいいの・・・!?」


何もできない自分が情けなく、背中を擦り続ける。

苦しんでるハマルおばぁちゃんを置いて助けを求めに行くこともできず、苦しむ姿を見てることしかできないのだ。


「おばぁちゃん・・・!おばぁちゃんっ・・!」


ただ涙を流しながら呼び続けてると、私の肩がぽんぽんっと叩かれた。


「え・・?」


振り返るとそこにはさっきいた男の人が立っていて、ポケットから小さな小瓶を取り出してる。


「・・・ハマル様はもう寿命なんだよ。苦しまないように、これを飲ませてあげて。」

「寿命・・・・?」

「俺の計算が正しかったらハマル様の歳はもう340歳だ。もう限界をとっくに超えてる。」


そう言われ、私はおばぁちゃんを見た。


「嘘・・・だって・・270歳って言ってたのに・・・」

「それは、キミと一緒にいるためについた嘘だったんじゃないかな?」

「え?」

「少しでも長く一緒にいれるように・・寿命を延ばせるように嘘をついていたんじゃないかな。」

「・・・。」


私の歳から考えたら、ハマルおばぁちゃんは私と出会ったときにはもう寿命と言われる歳を超えていた。

私を拾ったから・・・長生きできるようにと気持ちを引き締めて、今日この日までがんばってくれたのかもしれないのだ。


「だから・・悪くなってからが早かったの・・・?」


ぼろぼろと涙をこぼしながら聞くと、小瓶を持っていた男の人がその蓋を開けた。


「一滴だけ、口に入れてあげて?そうしたら最期のその時まで、呼吸が楽になるから・・・。」


そう言われて私はその小瓶を見つめた。


「でも・・これを飲ませたらおばぁちゃんは死んじゃうんでしょ・・・?死んじゃうなんて嫌っ・・!嫌だよぉっ・・!!」


止まることを知らないかのように流れ出る涙。

もうどうしたらいいのかわからない私はただ泣くことしかできなかった。


「・・・これ、ハマル様の手首にかけてみろ。」


一際深い青色をした瞳の人が、ポケットからブレスレットのようなものを取り出した。

チェーンの先に、丸い懐中時計のようなものがついてる。


「・・・?」

「お前っ・・!これ持ってきてたのか・・!?」

「国宝に近いものだぞ・・!?」

「はぁー・・・始末書ものじゃんかー・・・。」


他の3人は呆れたようにその深い青色の瞳の人を見てる。

そして小瓶を持っていた人がそのブレスレットを取り、私の手に握らせてきた。


「このチェーンの部分を手首にかけて、中をみてごらん?」

「・・・。」


何かを飲ませるより全然マシだと思い、私は言われた通りおばぁちゃんの手首にチェーンをくぐらせた。

そして懐中時計のようなものを手のひらに乗せ、じっと見る。


「これ・・何をさしてるんですか?」


『懐中時計のようなもの』は、時計のように文字盤があった。

0から59までの数字があり、右回りに数が減っていくカウントダウン時計のようだ。

一番上が0でその右隣りが59。

次に58、57と数が減っていき、一番下が30。

まさに時計の逆回りで『分刻み』そのものだけど、一つ時計とは違う部分があった。

それは『針』が一つしかないところだ。

長針のようなものが一本だけある。


「これは『残された時間』を表す時計なんだ。」

「『残された時間』・・?」

「60日以上寿命が残ってる者は『0』をさしてる。30日しか寿命が残ってなかったら30のところをさす仕組みになってる。体にある魔力を使ってその人の寿命を調べれる道具なんだよ。」


そう言われ、私はもう一度時計を見た。

60日以上寿命が残ってることを示す『0』に向かって針が伸びてるように見える。


「60・・・?」

「いや、よく見てごらん?」


じっと目を凝らして見ると、針は『0』ではなく、その左隣にある『1』をさしていたのだ。


「---っ!!」

「『1』を切ってる。もう命の灯は消えかかってるんだよ・・・。」


その言葉を聞いて、私はおばぁちゃんの手首からブレスレットを外した。

自分の右手首にチェーンを通し、時計を見る。


「・・・『0』だ・・。」

「苦しませたくないだろう?・・・ほら。」


小瓶を手渡され、私はその人を見た。

薄い青色をした瞳は、どこか寂しそうに、悲しそうに揺れていて、他の3人も同じような表情をしていた。


(ほんとに・・・ほんとにもうダメなんだ・・・。)


振り返るとそこには眉間にしわを寄せ、胸を押さえて必死に息をしてるおばぁちゃんの姿がある。


(おばぁちゃん・・・ごめん・・。)


私は覚悟を決め、小瓶をおばぁちゃんの口元に近づけた。

ゆっくり傾けて液体を一滴、唇に乗せる。


(もしこれが原因で死んじゃったら私も死ぬ。ちゃんと責任取るから・・・。)


そう思いながら液体が伝うのを見ていた。

ゆっくりとハマルおばぁちゃんの口に入っていく液体を見届けると、急におばぁちゃんの呼吸が落ち着き始めたのだ。


「ステラ・・・?」

「!!・・・おばぁちゃんっ!!」


息苦しさが無くなったおばぁちゃんはベッドから起き上がった。

そしていつもの笑顔を私に向けてくれ、頬をそっと撫でてくれたのだ。


「ステラ・・・お前さんの名前、教えてくれるかい?」

「え・・?名前・・?」

「そう。ここに来る前の・・・名前だよ。」


にこにこと笑ってくれるおばぁちゃんに、私は『治った』と思った。

寿命なことを忘れ、ただ喜びながら笑顔をおばぁちゃんに向けた。


「紗菜・・・紗菜だよ。」

「サナ・・・一緒に暮らしてくれてありがとう。お前さんがいてくれて・・・このハマルはすごく幸せだったよ・・・。」

「え?おばぁちゃん・・・?」


ハマルおばぁちゃんは私の体をぎゅっと抱きしめた。

そしてそのまま、私の後ろにいる男の人たちに向かって話し始めた。


「この子をよろしく頼めるかい・・?」


そう聞かれた4人は片膝をつき、手を膝の上に置いた。

背筋を伸ばし、ハマルおばぁちゃんをじっと見ていて・・・まるで『忠義心』を表してるようだ。


「名にかけてお守りいたします。」

「名にかけてお守りいたします。」

「名にかけてお守りいたします。」

「名にかけてお守りいたします。」


声を揃えてそう言った4人は、すごく真剣な顔をしていた。

そしてそれを見たハマルおばぁちゃんは満足そうに笑い、私の頭をぽんぽんっと撫でた。


「ステラ・・このハマル、ずっと・・ずーっとお前さんのことを見守ってるから・・幸せに暮らすんだよ?」

「え?私、おばぁちゃんとずっと一緒だよね・・?」

「・・・。」

「おばぁちゃん・・?・・おばぁちゃん!?」

「ごめんよ・・・。もう時間だ・・。」


おばぁちゃんがそう言ったとき、おばぁちゃんの体が透けて見えた。

しっかりあったはずのおばぁちゃんの体が、ゆっくり砂になっていく。


「!!・・・やだっ!!待って・・っ!!」


細かい砂になっていくおばぁちゃんの体は徐々に空に上がり始める。

掴むことができなくなり、私は砂になってしまったおばぁちゃんが天に向かって行くのを泣きながら見ることしかできなかった。


「うわぁぁぁ・・・っ!!」


ベッドにある布団を握りしめ、私は意識が無くなるまで泣き続けた。




ーーーーー



(どうしようか・・・。)


ハマルが天に旅立ったあと、騎士としてこの場にいた『トゥレイス』は悩んでいた。

泣き続けてる女の子をどうしたらいいのかわからないのだ。


(ピストニアに連れて行くのが一番いいんだが・・・まだ悲しみは乗り越えれないだろう。)


事務的に言いくるめて連れていくことはできるだろうけど、それは彼女にとっていいことではない。

落ち着くまではそっとしておくのが一番よさそうだ。


「おいトゥレイス、どうする?」


こそっと耳打ちするように聞いたのは『タウ』だ。

彼女に『命のとき』が見える時計を手渡した者だ。


「しばらくこのままのほうがいいと思う。」


彼女に聞こえないようにこそっと話すと、残りの2人も会話に加わってきた。


「このままって・・・放っておくのか?」

「危険じゃない?」


二人は『アダーラ』と『ミンカル』。

トゥレイスとタウの補佐だ。


「お前らは一旦国に帰って、10日後に戻ってきてくれ。それまで俺が見張ってる。」


森での護衛は獣から襲われないようにすることだ。


「一人で充分だ。お前らは王に報告を。『ハマル様の死去を確認』と伝えてくれ。」


『賢者』と呼ばれし人物の死去は記録に残さなければならない。

百男十年も姿を現さなかったハマル様が、まさか森で暮らしてるなんて誰も思いもしなかったのだ。


(それも女の子を育ててたなんて・・・契りを交わした相手がいたのか?)


そんなことを考えてると、タウがミンカルとアダーラの肩をぽんっと叩いた。


「報告もそうだが、準備しないといけないことが山ほどあるぞ。」

「えぇぇぇ・・・?」

「トゥレイス、任せるからな?」

「あぁ、そっちは頼んだ。」

「任せろ。」


4人は一旦家の外に出た。

トゥレイスを除いた3人が風魔法を使って空にふわっと浮かんでいく。


「じゃあ10日後に。」

「あぁ。」



ーーーーー







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