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オープン。
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「とりあえず・・・5か月分くらいのレシピがあればいけそう・・?」
作り終わった私はテーブルにプレートを並べて眺めていた。
オムライスのプレートにから揚げのプレート、煮込みハンバーグや生姜焼き、グラタンを作って盛り付けも終わらせた。
「原価の調整はサラダとスープでするとして、あとはデザートもいるよね・・・。ミニサイズのパンナコッタかガトーショコラをつけようか・・。」
そんなことを考えながら見つめるプレートだったけど、何か物足りないような気がして仕方なかった。
でも、メインはあるし、サラダにスープ、デザートがついてれば立派なランチのハズ。
一体何が足りないのかわからないでいたのだ。
「うーん・・?」
首をかしげながら悩んでる時、電話がかかってきた。
相手は・・・龍にぃだ。
「?・・・もしもし?」
『ちとせか?俺、貴龍。』
「うん、どうしたの?」
『店、まだオープンしてないんだろ?』
「うん。」
『屋号教えろ。オープンに合わせて花を送ってやるから。』
その龍にぃの言葉に私は驚いた。
驚いたというより、忘れていたことが思い出されて驚いたのだ。
「あっ・・!!」
『?・・・まだ決まってないのか?』
「う・・うん。」
『なんだ。じゃあ決まったら教えろよ?じゃな。』
そう言って切られた電話。
屋号のことをすっかり忘れていた私は頭の中が若干パニックだった。
「そうだ・・屋号・・開業届出しに行ったら書かなきゃいけないのに・・・。」
そう思っても屋号は急に考えつくようなものでもない。
時間をかければいい屋号が浮かぶかと言われたらそうでもないのだけど・・・
「うーん・・みんなが読めるほうがいいから・・・とりあえずはひらがながいいかな。」
自分の中で譲れるものと譲れないものに分けながら、私はメモに書いていった。
テーブルに並べてあるプレートたちをじっと見つめながらペンをくるくる回してる。
「えー・・原価の計算にデザートのこと、それに屋号・・・もう考えることがいっぱいだよー・・・。」
そんなことを考えながらふと見つめたオムライス。
チキンライスの上にかぶせてある卵がなぜか『ひよこ』に見えてきた。
斜めから見てるからおかしな形に見えてるようだ。
「・・・ふふ。ひよこのオムライスとかあったらかわいいんだけどなぁ。」
そのとき、ふと思い出したことがあった。
たしか、パンケーキの型として大きなひよこ型の型があったことを。
「え・・もしかしてできる・・?」
持っていたペンをテーブルに置き、私はキッチンに戻った。
私の荷物として持ってきた『型入れ』からひよこの形の型を探す。
「確かひよこのグッズにハマって買いまくった一部なんだよね・・。」
黄色くて愛らしい姿のひよこが好きな私は鞄にもひよこのチャームをつけてある。
これは陽平さんに助けてもらった日に買ったものだ。
「あ、あったあった!」
見つけたひよこの型をきれいに洗い、冷蔵庫から卵を取り出した。
そしてフライパンを二つ並べ、火にかける。
「片方のフライパンで半熟スクランブルエッグ作って、もう片方のフライパンに型を置いておいて流し込んで焼けば・・・」
手順を想像しながら私は卵を溶き、フライパンに流し込んだ。
ジューっといい音を聞きながらさっとかき混ぜ、軽く火が通ったところで隣のフライパンにあるひよこの型に流し入れた。
そして形を整えるように弱火で焼いていき、皿をかぶせてひっくり返した。
「!!・・・できた!」
少し焼きすぎたのか、火が通りすぎた部分があるものの、ひよこの形になっていた。
焼きのりを取ってきてはさみで切り、目を作って置いていく。
するとかわいいひよこが出来上がってくれたのだ。
「!!・・・いい!」
このひよこのオムライスが気にいった私は、クッキーの型を取り出した。
ひよこの形をしている型をたくさん取りだして並べていく。
「デザート系はクッキーをつけて・・・どこかには必ずひよこが入るようにしてみよう。」
そう決めた私はまた試作品を作り始めた。
作った料理たちは仕事から帰ってきた陽平さんと一緒に食べたり、涼子さんたちに食べに来てもらったりして消費していく。
原価や時間を計算しながら何度も何度も作っていき、夏前にメニューを完成させることができた。
そして開業手続きを済ませて・・・プレオープンとして私はこの家の前の持ち主であるおばあちゃんを招待した。
ーーーーー
「今日は呼んでくれてありがとう。」
招待した日、おばあちゃんは約束の時間通りに来てくれた。
私は白いブラウスに黒いエプロンスカートのシンプルな制服を身に纏い、おばあちゃんにご挨拶をした。
「いらっしゃいませ。お客さま第一号です。」
「まぁ・・!ふふ。」
「こちらにどうぞ。」
おばあちゃんを案内した席は大きな窓の側だ。
向かい合わせの二人掛けの席は、少し厚くて大きめのテーブルを置いてある。
フリーマーケットで見つけた一枚板で、少し歪な形をしてるのだ。
椅子に使った木も同じような感じで『キレイな形』の物でない。
テーブル席は二席用意し、カウンター席と合わせて全部で三組しか座れないように作った。
「あの物置がこんなにおしゃれなカフェになるなんて・・・すごいわねぇ・・・。」
「ありがとうございます。・・・当店、ランチメニューは一つだけとなっております。ドリンクはこちらからお選びくださいませ。」
そう言ってポケットから小さなカードケースを取り出した。
そこにドリンクメニューを書いてあるのだ。
「楽しみねー・・。じゃあホットコーヒーお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
私はキッチンに回り、急いでランチを作り始めた。
サラダは小鉢にもう盛り付けて合って、冷蔵庫から出すだけ。
スープは保温機に入ってるから、器に注ぐだけでできる。
問題はメインをちゃんと作れるかどうかだ。
「大丈夫、何度も練習したし・・・。」
そう言い聞かせながら、私は『ひよこのオムライス』を作っていった。
ーーーーー
「お待たせいたしました。本日のランチプレートとホットコーヒーでございます。」
そう言っておばあちゃんの前にプレートを差し出すと、おばあちゃんは嬉しそうに笑ってオムライスを見つめた。
「あらあらあら・・・すごくかわいいひよこさんがいらっしゃること。」
「はい。店名が『ひよこ』なので料理の中にひよこを取り入れてます。」
『何か足りない気がする』と思っていたものは『アクセント』だった。
ひよこのクッキーを作って並べたとき、ふと思いついたのだ。
これがアクセントになり、店名に結び付けたらいいんじゃないかと。
「かわいらしくていいわね。じゃあ・・・いただきます。」
「どうぞ。」
私の前でオムライスを口に運んだおばあちゃん。
一口食べた後、驚いた顔をして私を見た。
「すっごくおいしい・・!おいしいわ・・!」
「ふふ、ありがとうございますっ。」
「しっかり宣伝させてもらうわね?」
「!!・・ありがとうございますっ。」
オムライスを食べながら、おばあちゃんはこの家の思い出を話してくれた。
梁を使ってブランコを作ってもらったことや、廊下で鬼ごっこをしたこと。
広いキッチンではご飯ができるのを待ちきれずにつまみ食いをして怒られたことなんかも・・・。
「いい思い出ばかりじゃないはずなのに、思い返すのは楽しかったことや笑い合ったことばかり。きっと幸せだったんだと思うわ。」
「そうですね、素敵な思い出話を私たちもこの家で作っていきたいと思います。」
「ふふ。・・・お幸せにね。」
こうして2時間ほどのプレオープンを終わらせた私は、翌月の一日にグランドオープンをした。
陽平さんのアイデアを借りて、駐車場は3台。
歩いてくるお客さまがいらっしゃった場合は、『使用中』の看板を駐車場に置き、満席であることの証明に代えることに。
最初はお客さんが来ることはないと思っていたのだけど・・・
おばあちゃんがとんでもなく宣伝してくれたのか、初日からお客さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ。」
「ランチ2つー。」
「かしこまりました。」
「こっちはランチ3つお願いしますー。」
「少々お待ちくださいませ。」
平静を装いながら、内心パニック状態の私。
一人でするのは無理があったのかもしれないと思いながらキッチンで料理を作ってると、陽平さんが仕事から帰ってきた。
「ちとせ、手伝う。」
「!!・・・ありがとうっ・・!冷蔵庫からサラダ出してくれる?」
「オーケー。あとドリンク入れとく。」
「助かります・・!」
初日から陽平さんが手伝ってくれ、無事閉店までたどり着くことができた。
閉店後に改善点を考えながら洗い物をしてると、陽平さんが布巾を持ってキッチンに入ってきた。
「仕事が終わったあとは俺も手伝うよ。ただ、手伝えない日もあるから・・・」
今日みたいに毎日陽平さんが手伝ってくれたら作業効率はぐっと上がる。
でも24時間勤務の陽平さんは仕事でいない時のほうが多いのだ。
「ありがとう。・・・ちょっと無理そうだったら駐車場を一つ潰しておこうかなって思ってる。もう一席減らせば大丈夫だと思うから・・・。」
「それもいいかもな。まさか初日からあんなに来るとは思ってなかったし・・・。」
「だね・・・。」
結局3回転はしたお客さん。
売り上げとしてはうれしいけど、ばたばたすぎで何が何だかわからない状態だ。
「あ、ちとせのクッキー好評だったみたいだけど気がついた?」
「え?」
「デザートにつけてるクッキー。あれ『もっと食べたい』って人多かったよ?」
「そうなの?気づかなかった・・・。」
「持ち帰りで作ってもいいかもな。」
陽平さんの言葉に、私は洗い物の手を止めて保存庫を開いた。
今朝焼いたクッキーがまだ30枚ほど残ってる。
「10枚ずつくらい包んで置いてみようか・・・。」
ラッピングバッグを取り出してクッキーを詰めていく。
そしてそれをレジ横に置いて、メモスタンドに金額を書いた。
「ちょっと様子見かな?」
そう思って置いたのに、次の日は来てくれたお客さんたちがみんなクッキーを買って行ってしまった。
思っても見ないところでの需要に驚きながらも、いろいろ試行錯誤していく。
「挽いたコーヒー豆は売れなかったんだよねー・・紅茶は珍しい種類でもないし・・・。」
そんなことを繰り返しながら毎日を過ごしていたある日、一組のカップルがお店にやってきた。
「いらっしゃいませ、お二人でしょうか。」
「はい。」
「こちらどうぞー。」
お人形のようにかわいい女の子と、少し年が離れてそうな男の人だ。
恋人同士のようで、デートの途中で来てくれたように見える。
「ご注文は『今月のランチ』でよろしいですか?」
そう聞いて私はポケットからドリンクメニューを取り出して見せた。
「えっと・・・?」
「あ、当店、フードのメニューは一種類しかございません。『今月のランチ』のみです。お飲み物だけ選んでいただくことになるのですが、お飲み物のみのご注文も賜ります。いかがいたしましょうか。」
「なるほど・・・。」
店の仕組みが整い始め、だいぶスムーズに動けるようになってきていた私は手際よく説明をした。
すると男の人が女の子にメニューを見せたのだ。
「一華、なに飲む?」
「えっと・・・ストレートのアイスティーお願いします。」
「俺はホットコーヒーお願いします。・・・あ、ランチ二つも。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
そう言って私はキッチンに戻った。
慣れてきた手つきでオムライスを作っていく。
卵を溶いてフライパンに流し込んだ後、冷蔵庫からサラダを取り出してスープを器に入れていく。
チキンライスを作ってひよこ型に作ったオムレツを乗せて完成させ、私はランチプレートを二つ持って行った。
「お待たせいたしました、今月のランチでございます。」
「あ、ありがとうございま・・・す!?」
テーブルに置いたプレートを見た二人は、驚いた顔をしてプレートを見つめていた。
女の子のほうはなんだか嬉しそうな顔をしてるようにも見える。
「あ、店名が『ひよこ』だから・・・?」
そう呟いた男の人。
「ふふ、そうなんです。すぐにお飲み物お持ちしますね。」
そう言って私がドリンクの準備をしに行くと、なんだか楽しそうな会話が聞こえてきた。
「ははっ、気に入った?」
「はいっ・・!」
「食べようか。」
「わ・・!キレイ・・・!」
「すごいな。」
「美味い・・・!」
「おいしいっ・・!」
嬉しそうな声を聞きながら、出来上がったドリンクを持っていった。
「お飲み物、お待たせしました。・・・幸せそうに笑ってる恋人同士さんを見ると私も幸せになりますー。」
そう言ってドリンクを置くと、二人が急にむせ始めた。
作り終わった私はテーブルにプレートを並べて眺めていた。
オムライスのプレートにから揚げのプレート、煮込みハンバーグや生姜焼き、グラタンを作って盛り付けも終わらせた。
「原価の調整はサラダとスープでするとして、あとはデザートもいるよね・・・。ミニサイズのパンナコッタかガトーショコラをつけようか・・。」
そんなことを考えながら見つめるプレートだったけど、何か物足りないような気がして仕方なかった。
でも、メインはあるし、サラダにスープ、デザートがついてれば立派なランチのハズ。
一体何が足りないのかわからないでいたのだ。
「うーん・・?」
首をかしげながら悩んでる時、電話がかかってきた。
相手は・・・龍にぃだ。
「?・・・もしもし?」
『ちとせか?俺、貴龍。』
「うん、どうしたの?」
『店、まだオープンしてないんだろ?』
「うん。」
『屋号教えろ。オープンに合わせて花を送ってやるから。』
その龍にぃの言葉に私は驚いた。
驚いたというより、忘れていたことが思い出されて驚いたのだ。
「あっ・・!!」
『?・・・まだ決まってないのか?』
「う・・うん。」
『なんだ。じゃあ決まったら教えろよ?じゃな。』
そう言って切られた電話。
屋号のことをすっかり忘れていた私は頭の中が若干パニックだった。
「そうだ・・屋号・・開業届出しに行ったら書かなきゃいけないのに・・・。」
そう思っても屋号は急に考えつくようなものでもない。
時間をかければいい屋号が浮かぶかと言われたらそうでもないのだけど・・・
「うーん・・みんなが読めるほうがいいから・・・とりあえずはひらがながいいかな。」
自分の中で譲れるものと譲れないものに分けながら、私はメモに書いていった。
テーブルに並べてあるプレートたちをじっと見つめながらペンをくるくる回してる。
「えー・・原価の計算にデザートのこと、それに屋号・・・もう考えることがいっぱいだよー・・・。」
そんなことを考えながらふと見つめたオムライス。
チキンライスの上にかぶせてある卵がなぜか『ひよこ』に見えてきた。
斜めから見てるからおかしな形に見えてるようだ。
「・・・ふふ。ひよこのオムライスとかあったらかわいいんだけどなぁ。」
そのとき、ふと思い出したことがあった。
たしか、パンケーキの型として大きなひよこ型の型があったことを。
「え・・もしかしてできる・・?」
持っていたペンをテーブルに置き、私はキッチンに戻った。
私の荷物として持ってきた『型入れ』からひよこの形の型を探す。
「確かひよこのグッズにハマって買いまくった一部なんだよね・・。」
黄色くて愛らしい姿のひよこが好きな私は鞄にもひよこのチャームをつけてある。
これは陽平さんに助けてもらった日に買ったものだ。
「あ、あったあった!」
見つけたひよこの型をきれいに洗い、冷蔵庫から卵を取り出した。
そしてフライパンを二つ並べ、火にかける。
「片方のフライパンで半熟スクランブルエッグ作って、もう片方のフライパンに型を置いておいて流し込んで焼けば・・・」
手順を想像しながら私は卵を溶き、フライパンに流し込んだ。
ジューっといい音を聞きながらさっとかき混ぜ、軽く火が通ったところで隣のフライパンにあるひよこの型に流し入れた。
そして形を整えるように弱火で焼いていき、皿をかぶせてひっくり返した。
「!!・・・できた!」
少し焼きすぎたのか、火が通りすぎた部分があるものの、ひよこの形になっていた。
焼きのりを取ってきてはさみで切り、目を作って置いていく。
するとかわいいひよこが出来上がってくれたのだ。
「!!・・・いい!」
このひよこのオムライスが気にいった私は、クッキーの型を取り出した。
ひよこの形をしている型をたくさん取りだして並べていく。
「デザート系はクッキーをつけて・・・どこかには必ずひよこが入るようにしてみよう。」
そう決めた私はまた試作品を作り始めた。
作った料理たちは仕事から帰ってきた陽平さんと一緒に食べたり、涼子さんたちに食べに来てもらったりして消費していく。
原価や時間を計算しながら何度も何度も作っていき、夏前にメニューを完成させることができた。
そして開業手続きを済ませて・・・プレオープンとして私はこの家の前の持ち主であるおばあちゃんを招待した。
ーーーーー
「今日は呼んでくれてありがとう。」
招待した日、おばあちゃんは約束の時間通りに来てくれた。
私は白いブラウスに黒いエプロンスカートのシンプルな制服を身に纏い、おばあちゃんにご挨拶をした。
「いらっしゃいませ。お客さま第一号です。」
「まぁ・・!ふふ。」
「こちらにどうぞ。」
おばあちゃんを案内した席は大きな窓の側だ。
向かい合わせの二人掛けの席は、少し厚くて大きめのテーブルを置いてある。
フリーマーケットで見つけた一枚板で、少し歪な形をしてるのだ。
椅子に使った木も同じような感じで『キレイな形』の物でない。
テーブル席は二席用意し、カウンター席と合わせて全部で三組しか座れないように作った。
「あの物置がこんなにおしゃれなカフェになるなんて・・・すごいわねぇ・・・。」
「ありがとうございます。・・・当店、ランチメニューは一つだけとなっております。ドリンクはこちらからお選びくださいませ。」
そう言ってポケットから小さなカードケースを取り出した。
そこにドリンクメニューを書いてあるのだ。
「楽しみねー・・。じゃあホットコーヒーお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
私はキッチンに回り、急いでランチを作り始めた。
サラダは小鉢にもう盛り付けて合って、冷蔵庫から出すだけ。
スープは保温機に入ってるから、器に注ぐだけでできる。
問題はメインをちゃんと作れるかどうかだ。
「大丈夫、何度も練習したし・・・。」
そう言い聞かせながら、私は『ひよこのオムライス』を作っていった。
ーーーーー
「お待たせいたしました。本日のランチプレートとホットコーヒーでございます。」
そう言っておばあちゃんの前にプレートを差し出すと、おばあちゃんは嬉しそうに笑ってオムライスを見つめた。
「あらあらあら・・・すごくかわいいひよこさんがいらっしゃること。」
「はい。店名が『ひよこ』なので料理の中にひよこを取り入れてます。」
『何か足りない気がする』と思っていたものは『アクセント』だった。
ひよこのクッキーを作って並べたとき、ふと思いついたのだ。
これがアクセントになり、店名に結び付けたらいいんじゃないかと。
「かわいらしくていいわね。じゃあ・・・いただきます。」
「どうぞ。」
私の前でオムライスを口に運んだおばあちゃん。
一口食べた後、驚いた顔をして私を見た。
「すっごくおいしい・・!おいしいわ・・!」
「ふふ、ありがとうございますっ。」
「しっかり宣伝させてもらうわね?」
「!!・・ありがとうございますっ。」
オムライスを食べながら、おばあちゃんはこの家の思い出を話してくれた。
梁を使ってブランコを作ってもらったことや、廊下で鬼ごっこをしたこと。
広いキッチンではご飯ができるのを待ちきれずにつまみ食いをして怒られたことなんかも・・・。
「いい思い出ばかりじゃないはずなのに、思い返すのは楽しかったことや笑い合ったことばかり。きっと幸せだったんだと思うわ。」
「そうですね、素敵な思い出話を私たちもこの家で作っていきたいと思います。」
「ふふ。・・・お幸せにね。」
こうして2時間ほどのプレオープンを終わらせた私は、翌月の一日にグランドオープンをした。
陽平さんのアイデアを借りて、駐車場は3台。
歩いてくるお客さまがいらっしゃった場合は、『使用中』の看板を駐車場に置き、満席であることの証明に代えることに。
最初はお客さんが来ることはないと思っていたのだけど・・・
おばあちゃんがとんでもなく宣伝してくれたのか、初日からお客さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ。」
「ランチ2つー。」
「かしこまりました。」
「こっちはランチ3つお願いしますー。」
「少々お待ちくださいませ。」
平静を装いながら、内心パニック状態の私。
一人でするのは無理があったのかもしれないと思いながらキッチンで料理を作ってると、陽平さんが仕事から帰ってきた。
「ちとせ、手伝う。」
「!!・・・ありがとうっ・・!冷蔵庫からサラダ出してくれる?」
「オーケー。あとドリンク入れとく。」
「助かります・・!」
初日から陽平さんが手伝ってくれ、無事閉店までたどり着くことができた。
閉店後に改善点を考えながら洗い物をしてると、陽平さんが布巾を持ってキッチンに入ってきた。
「仕事が終わったあとは俺も手伝うよ。ただ、手伝えない日もあるから・・・」
今日みたいに毎日陽平さんが手伝ってくれたら作業効率はぐっと上がる。
でも24時間勤務の陽平さんは仕事でいない時のほうが多いのだ。
「ありがとう。・・・ちょっと無理そうだったら駐車場を一つ潰しておこうかなって思ってる。もう一席減らせば大丈夫だと思うから・・・。」
「それもいいかもな。まさか初日からあんなに来るとは思ってなかったし・・・。」
「だね・・・。」
結局3回転はしたお客さん。
売り上げとしてはうれしいけど、ばたばたすぎで何が何だかわからない状態だ。
「あ、ちとせのクッキー好評だったみたいだけど気がついた?」
「え?」
「デザートにつけてるクッキー。あれ『もっと食べたい』って人多かったよ?」
「そうなの?気づかなかった・・・。」
「持ち帰りで作ってもいいかもな。」
陽平さんの言葉に、私は洗い物の手を止めて保存庫を開いた。
今朝焼いたクッキーがまだ30枚ほど残ってる。
「10枚ずつくらい包んで置いてみようか・・・。」
ラッピングバッグを取り出してクッキーを詰めていく。
そしてそれをレジ横に置いて、メモスタンドに金額を書いた。
「ちょっと様子見かな?」
そう思って置いたのに、次の日は来てくれたお客さんたちがみんなクッキーを買って行ってしまった。
思っても見ないところでの需要に驚きながらも、いろいろ試行錯誤していく。
「挽いたコーヒー豆は売れなかったんだよねー・・紅茶は珍しい種類でもないし・・・。」
そんなことを繰り返しながら毎日を過ごしていたある日、一組のカップルがお店にやってきた。
「いらっしゃいませ、お二人でしょうか。」
「はい。」
「こちらどうぞー。」
お人形のようにかわいい女の子と、少し年が離れてそうな男の人だ。
恋人同士のようで、デートの途中で来てくれたように見える。
「ご注文は『今月のランチ』でよろしいですか?」
そう聞いて私はポケットからドリンクメニューを取り出して見せた。
「えっと・・・?」
「あ、当店、フードのメニューは一種類しかございません。『今月のランチ』のみです。お飲み物だけ選んでいただくことになるのですが、お飲み物のみのご注文も賜ります。いかがいたしましょうか。」
「なるほど・・・。」
店の仕組みが整い始め、だいぶスムーズに動けるようになってきていた私は手際よく説明をした。
すると男の人が女の子にメニューを見せたのだ。
「一華、なに飲む?」
「えっと・・・ストレートのアイスティーお願いします。」
「俺はホットコーヒーお願いします。・・・あ、ランチ二つも。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
そう言って私はキッチンに戻った。
慣れてきた手つきでオムライスを作っていく。
卵を溶いてフライパンに流し込んだ後、冷蔵庫からサラダを取り出してスープを器に入れていく。
チキンライスを作ってひよこ型に作ったオムレツを乗せて完成させ、私はランチプレートを二つ持って行った。
「お待たせいたしました、今月のランチでございます。」
「あ、ありがとうございま・・・す!?」
テーブルに置いたプレートを見た二人は、驚いた顔をしてプレートを見つめていた。
女の子のほうはなんだか嬉しそうな顔をしてるようにも見える。
「あ、店名が『ひよこ』だから・・・?」
そう呟いた男の人。
「ふふ、そうなんです。すぐにお飲み物お持ちしますね。」
そう言って私がドリンクの準備をしに行くと、なんだか楽しそうな会話が聞こえてきた。
「ははっ、気に入った?」
「はいっ・・!」
「食べようか。」
「わ・・!キレイ・・・!」
「すごいな。」
「美味い・・・!」
「おいしいっ・・!」
嬉しそうな声を聞きながら、出来上がったドリンクを持っていった。
「お飲み物、お待たせしました。・・・幸せそうに笑ってる恋人同士さんを見ると私も幸せになりますー。」
そう言ってドリンクを置くと、二人が急にむせ始めた。
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