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思いがけない話。
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「お母さん、呼んだ?」
扉を開けたちとせは、部屋の中に入っていった。
「失礼します。」
頭を下げると優し気な声が聞こえてきた。
広い机にたくさんの書類を乗せて、ペンを走らせてる。
「あら、ちとせ。昨日泊まったんだって?」
「うん、陽平さん・・・付き合ってる人が連れてきてくれて・・・」
そう言ってちとせは視線を俺に移した。
扉を閉めた俺は、ちとせのお母さんに向かって深く頭を下げる。
「初めまして、高森陽平と申します。ちとせさんとお付き合させていただいてます。」
下げた頭を上げると、ちとせのお母さんは手を口にあてていた。
落ち着いた色の着物に、きちっと結わえられた髪の毛。
優しそうな顔立ちの中に、どこか安心できるような雰囲気を醸し出していた。
そしてなんだか・・・喜んでるように見える。
「まぁっ・・!この人がちとせの彼氏!?」
「お世話になります。」
「素敵な人じゃない・・・!」
ちとせのお母さんは立ち上がり、俺のすぐ目の前まで来てくれた。
そして俺の体を隅々まで見てる。
「消防士さんなのよね?」
「はい、そうです。」
「すごく逞しい体してるのねー・・・。」
じっと腕を見つめるお母さん。
その姿を見てか、ちとせが大きな声を出した。
「もうっ・・!お母さんっ・・!」
「あぁ、ごめんごめん。」
そう言ってちとせのお母さんは机のほうに戻っていった。
そして引き出しから一つの封筒を出して、それを机の上に置いた。
「ちとせ、あなた開業の話はどこまで進んでるの?」
突然の話に、ちとせは俺と目を合わせた。
俺がゆっくり頷くと、視線をお母さんに戻して話し始めた。
「えっと・・・今は不動産を巡ってるところで、物件探しをしてる・・・。」
「事業資金は?どれくらい用意できてるの?」
「それは・・・」
「いくら?」
ちとせは一瞬口をつぐんだあと、小さな声で答えた。
「・・・200万円。」
その数字を聞いて、俺は驚いた。
「200万!?よく貯めれたな・・・。」
「欲しいものとかは殆どないし、あまり贅沢もしないほうだから・・・。」
一人暮らしで貯金するにはかなり頑張らないとこの金額は無理だ。
企業の正社員でもないちとせがここまで貯めるのはきっと大変だっただろう。
「全然足りないのはわかってるわよね?足りない分は銀行から融資?」
「まだ銀行は回ってないけど、融資はしてもらう方向で動くつもり・・・」
カフェを経営するとなると、思ってる以上にお金がかかる。
固定費もあれば消耗品もある。
準備するだけでも相当な金額が飛んでいきそうだ。
「一体いくら必要だと思ってるの?」
「え?5000万くらいあればいけると思ってたんだけど、龍にぃが『甘い』って言ってたから・・・」
そう言うちとせに、お母さんは驚いたような声を上げた。
「5000万!?一体どんな経営しようと思ってるのよ・・・」
「え?一からお店立てて、それから・・・」
「更地から建てる気だったの!?そりゃ億くらいかかるわよ!?」
「え、でも・・・」
どうやらちとせの頭の中の計画では、何もない土地で一から建物を設計して建てるカフェを想像していたらしい。
もともと飲食店だった場所を改装するとかいうことは考えてなさそうだ。
「はぁー・・・ちとせ、よく聞きなさい?」
ため息をつきながらお母さんは封筒をちとせに差し出した。
「まぁ、ちとせが思ってるやり方のほうが理想には近いと思う。でもね?それじゃいくらお金があっても足りないでしょう?」
「・・・うん。」
「空き店舗を改装するっていう手もあるのよ?ちょっと理想とは離れるかもしれないけど、立地、坪数、価格がすべて理想通りに行くなんてことはないの。そうすれば価格を抑えられるはず。」
「!!」
その考えに至らなかったのか、ちとせは驚いた顔でお母さんを見ていた。
そしてすぐに何か考え込むようなしぐさをして、空を仰いだりしてる。
「計算とか調べたりするのは帰ってからにしなさい?本当の話はここからよ。」
「え?」
お母さんは差し出した封筒を開け、その中身をちとせに見せた。
そこには・・・『棗旅館』から『ちとせ』に融資すると書いた書類があったのだ。
「え!?」
「ちょっと多く・・・そうね、2000万くらい出してあげる。利子はいらないからそのうち返してくれたらいいわ。」
「え!?・・・え!?」
「これだけあれば軌道に乗せるくらいはできるはずよ?更地から作るかどうかはもう一度よく考えなさい。いいわね?」
「は・・はい・・・。」
「よし、じゃあ・・・」
ちとせのお母さんは俺に向き直り、深く頭を下げた。
「・・・ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします。」
その言葉に、俺も姿勢を正して頭を下げた。
「一生大切にしたいと思ってます。次にこちらにお伺いするときは・・・将来のお話をさせていただきに参ります。どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言うとちとせのお母さんとちとせは驚いたような顔をしていた。
お母さんはすぐにくすくすと笑いだしたけど、ちとせは顔を赤くしてしまってる。
そんな姿もかわいくて、ずっと守っていきたいと思ってしまう。
「ふふふ。・・・楽しみにしてるわね?」
「はい。」
俺とちとせはそのままお母さんの部屋を後にした。
チェックアウトを済ませるために帳場に向けて足を進める。
「しかし驚いたな、ちとせが更地からカフェを作ろうとしてたなんて・・・」
「うーん・・・私も驚きだった。他の建物もあるなんて。」
まだ若いからか、選択肢をたくさん知らなかったちとせ。
新しい選択肢が増えて、これからたくさん悩みそうだ。
「え。不動産屋さんでカフェになりそうな空き店舗を紹介してもらったらいいの?」
「まぁそうだな。別に飲食店にこだわらなくてもいいんじゃない?普通の家でもお店はできるんだし。」
「そっか・・・。」
ぶつぶつ言いながら俯き加減に歩いていくちとせ。
将来のことに悩むのはいいことだけど・・・それは帰ってからにしてほしいところだ。
「ちとせ?」
「うん?」
「今日と明日は旅行に集中しような?集中してくれないと・・・俺、拗ねるよ?」
「!!」
ぼそっと耳元で囁くように言うと、ちとせは耳を押さえて俺を見た。
「ははっ。じゃあ行こうか。」
帳場でチェックアウトの記帳を済ませ、俺たちは旅館を後にしようと外に出た。
空は青く、木は風に揺れて鳥のさえずる声が聞こえてくる。
吸い込む空気はどこか澄んでいて、今日一日元気に過ごせそうだ。
「次はどこに行くの?」
嬉しそうに俺を覗き込みながら聞いてきたちとせ。
それに答えようとしたとき、ちとせの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちとせっ・・・!!」
その声に目線をやると、凛之助が駆け寄ってきたのだ。
「え、凛之助?どうしたの?」
片手に箒を持ちながら駆け寄ってきた凛之助は、息を整えてから俺を見た。
そしてちとせに視線を移して・・・大きな声で言った。
「俺・・俺・・・っ!ずっと昔からお前のこと・・・!」
そこまで言ったあと、凛之助は黙ってしまった。
口をパクパクさせて、言いたげだけど言えないようだ。
「?・・・どうしたの?凛之助。」
「いや・・っ、俺・・お前が・・・」
「?」
何度も『想い』を伝えようとする凛之助に対して、何を言われるのかわかってないちとせ。
凛之助はそんなちとせの表情に気が付いたのか、諦めたかのように息を一つ吐いた。
「はぁー・・・なんでもない。」
「そうなの?」
「次はいつ戻ってくるのか・・聞きたかっただけだ。じゃな。」
そう言って凛之助は踵を返して戻っていった。
凛之助の後姿を見つめながら、ちとせは首をかしげてる。
「一体なんだったんだろう・・・。」
じっと凛之助の背中を見つめるちとせの肩を抱きくと、ちとせは見上げながら俺を見た。
凛之助が何を言いたかったのかが本当にわからないような表情をしてる。
「まぁ・・そのうちいい思い出話になると思うよ。」
「え・・陽平さんはわかるの?」
「さぁ?」
「えー・・・。」
「ほら、行こうか。」
そう言った時、ちょうど俺の車がエントランスに入ってきた。
帳場でチェックアウトを済ませてから用意してくれたようだ。
「高森さま、またのご来館、心よりお待ちしております。」
いつの間にか俺たちの後ろにいた貴龍さんが頭を下げながらそう言ってくれた。
「ありがとうございます。また・・・ちとせと一緒に来させてもらいたいと思ってます。」
「是非。」
荷物を後部座席に乗せてもらい、俺たちは車に乗り込んだ。
ちとせは窓の向こうにいる貴龍さんに手を振り、俺も頭を下げる。
すると旅館の前にはいつの間にか人が集まっていて、10人ほどの仲居さんと番頭が見送ってくれたのだ。
「お気をつけてー!」
「いってらっしゃいませー!」
手を振りながら見送ってくれる仲居さんと番頭たち。
その中にはちとせのことをよく知ってる人もいるようで、見送りの言葉とは違う言葉も聞こえてくる。
「また帰ってきてねー!ちとせちゃーん!」
「待ってるからー!」
その言葉に応えるため、ちとせは車の窓を開けた。
「うんっ・・!みんなまたね!ありがとうっ・・!」
頃合いを見て車を走りださせるとちとせは手を振り始めた。
身をひねって後ろを向き、みんなに見えるように手を振ったのだ。
そして車から旅館の姿が見えなくなるまで振り続けてから・・・前を向いた。
「ふー・・・へへっ、なんだかちょっと寂しくなっちゃうね。」
「まぁ、実家だから寂しくなるのは仕方ないと思うよ?」
「うん・・・。でも大丈夫っ、また来ればいいんだしっ。」
「そうだな。そんなしょっちゅうは連れてきてあげれないかもしれないけど、ちとせ一人で帰ってもいいんだし?」
「そうだね。」
そんな話をしながら、俺は次の目的地である『湖畔』に向けて車を走らせ始めた。
ーーーーー
一方そのころ、旅館の物置の裏で凛之助が一人落ち込んでいた。
自分の気持ちをちとせに伝えたかったのだ。
「くそ・・・。」
今更伝えたところで何も変わらないことはわかっていた。
それでも、自分がどんな気持ちで何年もちとせのことを見てきたかを・・・伝えたかったのだ。
「あいつの笑った顔がかわいいのは・・・俺だけが知っていたかったのに・・・。」
でも、笑顔で話しかけてきてくれるちとせに素直になれず、いつも喧嘩腰のような態度を取ってしまっていたのは事実だ。
それが裏目にでたのかどうかはわからないけど・・・何もしなかった自分が悪いのだ。
「・・・好きだったよ、ちとせ。あいつを選んだこと、後悔するくらいイイ男になってやる。」
言えなかった言葉を空に吐き、凛之助は気持ちを新たに仕事に戻っていった。
扉を開けたちとせは、部屋の中に入っていった。
「失礼します。」
頭を下げると優し気な声が聞こえてきた。
広い机にたくさんの書類を乗せて、ペンを走らせてる。
「あら、ちとせ。昨日泊まったんだって?」
「うん、陽平さん・・・付き合ってる人が連れてきてくれて・・・」
そう言ってちとせは視線を俺に移した。
扉を閉めた俺は、ちとせのお母さんに向かって深く頭を下げる。
「初めまして、高森陽平と申します。ちとせさんとお付き合させていただいてます。」
下げた頭を上げると、ちとせのお母さんは手を口にあてていた。
落ち着いた色の着物に、きちっと結わえられた髪の毛。
優しそうな顔立ちの中に、どこか安心できるような雰囲気を醸し出していた。
そしてなんだか・・・喜んでるように見える。
「まぁっ・・!この人がちとせの彼氏!?」
「お世話になります。」
「素敵な人じゃない・・・!」
ちとせのお母さんは立ち上がり、俺のすぐ目の前まで来てくれた。
そして俺の体を隅々まで見てる。
「消防士さんなのよね?」
「はい、そうです。」
「すごく逞しい体してるのねー・・・。」
じっと腕を見つめるお母さん。
その姿を見てか、ちとせが大きな声を出した。
「もうっ・・!お母さんっ・・!」
「あぁ、ごめんごめん。」
そう言ってちとせのお母さんは机のほうに戻っていった。
そして引き出しから一つの封筒を出して、それを机の上に置いた。
「ちとせ、あなた開業の話はどこまで進んでるの?」
突然の話に、ちとせは俺と目を合わせた。
俺がゆっくり頷くと、視線をお母さんに戻して話し始めた。
「えっと・・・今は不動産を巡ってるところで、物件探しをしてる・・・。」
「事業資金は?どれくらい用意できてるの?」
「それは・・・」
「いくら?」
ちとせは一瞬口をつぐんだあと、小さな声で答えた。
「・・・200万円。」
その数字を聞いて、俺は驚いた。
「200万!?よく貯めれたな・・・。」
「欲しいものとかは殆どないし、あまり贅沢もしないほうだから・・・。」
一人暮らしで貯金するにはかなり頑張らないとこの金額は無理だ。
企業の正社員でもないちとせがここまで貯めるのはきっと大変だっただろう。
「全然足りないのはわかってるわよね?足りない分は銀行から融資?」
「まだ銀行は回ってないけど、融資はしてもらう方向で動くつもり・・・」
カフェを経営するとなると、思ってる以上にお金がかかる。
固定費もあれば消耗品もある。
準備するだけでも相当な金額が飛んでいきそうだ。
「一体いくら必要だと思ってるの?」
「え?5000万くらいあればいけると思ってたんだけど、龍にぃが『甘い』って言ってたから・・・」
そう言うちとせに、お母さんは驚いたような声を上げた。
「5000万!?一体どんな経営しようと思ってるのよ・・・」
「え?一からお店立てて、それから・・・」
「更地から建てる気だったの!?そりゃ億くらいかかるわよ!?」
「え、でも・・・」
どうやらちとせの頭の中の計画では、何もない土地で一から建物を設計して建てるカフェを想像していたらしい。
もともと飲食店だった場所を改装するとかいうことは考えてなさそうだ。
「はぁー・・・ちとせ、よく聞きなさい?」
ため息をつきながらお母さんは封筒をちとせに差し出した。
「まぁ、ちとせが思ってるやり方のほうが理想には近いと思う。でもね?それじゃいくらお金があっても足りないでしょう?」
「・・・うん。」
「空き店舗を改装するっていう手もあるのよ?ちょっと理想とは離れるかもしれないけど、立地、坪数、価格がすべて理想通りに行くなんてことはないの。そうすれば価格を抑えられるはず。」
「!!」
その考えに至らなかったのか、ちとせは驚いた顔でお母さんを見ていた。
そしてすぐに何か考え込むようなしぐさをして、空を仰いだりしてる。
「計算とか調べたりするのは帰ってからにしなさい?本当の話はここからよ。」
「え?」
お母さんは差し出した封筒を開け、その中身をちとせに見せた。
そこには・・・『棗旅館』から『ちとせ』に融資すると書いた書類があったのだ。
「え!?」
「ちょっと多く・・・そうね、2000万くらい出してあげる。利子はいらないからそのうち返してくれたらいいわ。」
「え!?・・・え!?」
「これだけあれば軌道に乗せるくらいはできるはずよ?更地から作るかどうかはもう一度よく考えなさい。いいわね?」
「は・・はい・・・。」
「よし、じゃあ・・・」
ちとせのお母さんは俺に向き直り、深く頭を下げた。
「・・・ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします。」
その言葉に、俺も姿勢を正して頭を下げた。
「一生大切にしたいと思ってます。次にこちらにお伺いするときは・・・将来のお話をさせていただきに参ります。どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言うとちとせのお母さんとちとせは驚いたような顔をしていた。
お母さんはすぐにくすくすと笑いだしたけど、ちとせは顔を赤くしてしまってる。
そんな姿もかわいくて、ずっと守っていきたいと思ってしまう。
「ふふふ。・・・楽しみにしてるわね?」
「はい。」
俺とちとせはそのままお母さんの部屋を後にした。
チェックアウトを済ませるために帳場に向けて足を進める。
「しかし驚いたな、ちとせが更地からカフェを作ろうとしてたなんて・・・」
「うーん・・・私も驚きだった。他の建物もあるなんて。」
まだ若いからか、選択肢をたくさん知らなかったちとせ。
新しい選択肢が増えて、これからたくさん悩みそうだ。
「え。不動産屋さんでカフェになりそうな空き店舗を紹介してもらったらいいの?」
「まぁそうだな。別に飲食店にこだわらなくてもいいんじゃない?普通の家でもお店はできるんだし。」
「そっか・・・。」
ぶつぶつ言いながら俯き加減に歩いていくちとせ。
将来のことに悩むのはいいことだけど・・・それは帰ってからにしてほしいところだ。
「ちとせ?」
「うん?」
「今日と明日は旅行に集中しような?集中してくれないと・・・俺、拗ねるよ?」
「!!」
ぼそっと耳元で囁くように言うと、ちとせは耳を押さえて俺を見た。
「ははっ。じゃあ行こうか。」
帳場でチェックアウトの記帳を済ませ、俺たちは旅館を後にしようと外に出た。
空は青く、木は風に揺れて鳥のさえずる声が聞こえてくる。
吸い込む空気はどこか澄んでいて、今日一日元気に過ごせそうだ。
「次はどこに行くの?」
嬉しそうに俺を覗き込みながら聞いてきたちとせ。
それに答えようとしたとき、ちとせの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちとせっ・・・!!」
その声に目線をやると、凛之助が駆け寄ってきたのだ。
「え、凛之助?どうしたの?」
片手に箒を持ちながら駆け寄ってきた凛之助は、息を整えてから俺を見た。
そしてちとせに視線を移して・・・大きな声で言った。
「俺・・俺・・・っ!ずっと昔からお前のこと・・・!」
そこまで言ったあと、凛之助は黙ってしまった。
口をパクパクさせて、言いたげだけど言えないようだ。
「?・・・どうしたの?凛之助。」
「いや・・っ、俺・・お前が・・・」
「?」
何度も『想い』を伝えようとする凛之助に対して、何を言われるのかわかってないちとせ。
凛之助はそんなちとせの表情に気が付いたのか、諦めたかのように息を一つ吐いた。
「はぁー・・・なんでもない。」
「そうなの?」
「次はいつ戻ってくるのか・・聞きたかっただけだ。じゃな。」
そう言って凛之助は踵を返して戻っていった。
凛之助の後姿を見つめながら、ちとせは首をかしげてる。
「一体なんだったんだろう・・・。」
じっと凛之助の背中を見つめるちとせの肩を抱きくと、ちとせは見上げながら俺を見た。
凛之助が何を言いたかったのかが本当にわからないような表情をしてる。
「まぁ・・そのうちいい思い出話になると思うよ。」
「え・・陽平さんはわかるの?」
「さぁ?」
「えー・・・。」
「ほら、行こうか。」
そう言った時、ちょうど俺の車がエントランスに入ってきた。
帳場でチェックアウトを済ませてから用意してくれたようだ。
「高森さま、またのご来館、心よりお待ちしております。」
いつの間にか俺たちの後ろにいた貴龍さんが頭を下げながらそう言ってくれた。
「ありがとうございます。また・・・ちとせと一緒に来させてもらいたいと思ってます。」
「是非。」
荷物を後部座席に乗せてもらい、俺たちは車に乗り込んだ。
ちとせは窓の向こうにいる貴龍さんに手を振り、俺も頭を下げる。
すると旅館の前にはいつの間にか人が集まっていて、10人ほどの仲居さんと番頭が見送ってくれたのだ。
「お気をつけてー!」
「いってらっしゃいませー!」
手を振りながら見送ってくれる仲居さんと番頭たち。
その中にはちとせのことをよく知ってる人もいるようで、見送りの言葉とは違う言葉も聞こえてくる。
「また帰ってきてねー!ちとせちゃーん!」
「待ってるからー!」
その言葉に応えるため、ちとせは車の窓を開けた。
「うんっ・・!みんなまたね!ありがとうっ・・!」
頃合いを見て車を走りださせるとちとせは手を振り始めた。
身をひねって後ろを向き、みんなに見えるように手を振ったのだ。
そして車から旅館の姿が見えなくなるまで振り続けてから・・・前を向いた。
「ふー・・・へへっ、なんだかちょっと寂しくなっちゃうね。」
「まぁ、実家だから寂しくなるのは仕方ないと思うよ?」
「うん・・・。でも大丈夫っ、また来ればいいんだしっ。」
「そうだな。そんなしょっちゅうは連れてきてあげれないかもしれないけど、ちとせ一人で帰ってもいいんだし?」
「そうだね。」
そんな話をしながら、俺は次の目的地である『湖畔』に向けて車を走らせ始めた。
ーーーーー
一方そのころ、旅館の物置の裏で凛之助が一人落ち込んでいた。
自分の気持ちをちとせに伝えたかったのだ。
「くそ・・・。」
今更伝えたところで何も変わらないことはわかっていた。
それでも、自分がどんな気持ちで何年もちとせのことを見てきたかを・・・伝えたかったのだ。
「あいつの笑った顔がかわいいのは・・・俺だけが知っていたかったのに・・・。」
でも、笑顔で話しかけてきてくれるちとせに素直になれず、いつも喧嘩腰のような態度を取ってしまっていたのは事実だ。
それが裏目にでたのかどうかはわからないけど・・・何もしなかった自分が悪いのだ。
「・・・好きだったよ、ちとせ。あいつを選んだこと、後悔するくらいイイ男になってやる。」
言えなかった言葉を空に吐き、凛之助は気持ちを新たに仕事に戻っていった。
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