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正体。

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扉の向こうにいたのは旅館に来た時に出会った男だった。

背中を壁につけて膝を立てて座り込み、その膝に自分の顔を埋めてる。


「・・・いつからちとせと付き合ってんだよ。」


ふてくされたように言うそいつは、確かちとせと同い年だったはず。

テレビでの発言から考えても、ちとせと結婚することを考えていたんだろう。


「1年くらい前からだけど?」

「ほんとにちとせのこと好きなのかよ・・・。」

「好きじゃなきゃ一緒にいないし、大事になんてしないだろ・・・。」

「俺のほうがちとせのこと・・・」


ぶつぶつと欲しいものが手に入らなかった子供のように言い続けるこの男の話を聞いてると、貴龍さんが走ってくるのが見えた。

慌ただしく走ってくる視線はこの男に向いてる。


「凛之助!!」


名前を呼ばれたこの男は視線を上げた。


「?・・・貴龍さん、どうしたんスか?」


傷心に浸ってる凛之助の腕を掴もうと、貴龍さんが手を伸ばした。

でもその手は少し悩んだかのように腕に触れる前に止まり、貴龍さんは凛之助の前に屈んだ。


「はぁー・・・諦めろ凛之助。お前が敵う相手じゃない。」

「!!・・・でもいつか別れるかもしれないっスよ!?そうなったら・・・」

「そうなることなんてないんだ。ちとせと一緒にここに来た時点で・・・わかるだろ?」

「・・・。」


この旅館に泊まることは、はちとせの実家に挨拶ができればいいなと思って計画したものだった。

事前にアポを取ってないから会えるとは限らないけど・・・ちとせの実家のことも知りたかったし、『俺』という存在も知ってもらいたかったのだ。


「でも公務員なんスよね!?なら俺のほうが将来的に給料も・・・」


俺の仕事のことを誰かから聞いたのか、凛之助は貴龍さんにすがるように言った。

でもそんな凛之助の言葉を遮るようにして・・・貴龍さんが口を開いたのだ。


「公務員は公務員だけど・・・高森さんは消防士さんなんだよ。さっきの騒ぎ、お前も知ってるだろ?高森さんが瞬時に助けてくれて・・・事なきを得たんだ。」

「え?」

「それに・・・ちとせはあの事故のときに心に傷を負ってる。ちゃんとちとせのことを守ってくれる人がいい。」

「!!・・・俺だって・・!!」

「お前はちとせと口喧嘩みたいなことしかしないだろ?昔のことをフラッシュバックしたとき、お前はちゃんとちとせを守れるのか?ちとせの性格を考えてみろ、あいつは不安になっても絶対言わないぞ?」

「・・・。」

「それにお前はちとせに告白しなかった。その時点で同じ土俵に立つ資格はないんだ。」

「!!」


その言葉を聞いて、凛之助はまた膝に顔を埋めた。

貴龍さんは視線を俺に移し、腰を上げた。


「・・・さっき高森さんのことを調べされてもらいました。レスキューの全国大会で・・・すごい成績を収められてるんですね。」

「いや、あれは俺一人の手柄ではないんで・・。チームワークが良くないと救える命も救えなくなるんで・・。」

「そのチームの一員であることもすごいんですよ。・・・ちとせをよろしくお願いします。あいつ、なんでもかんでも自分一人でしようとするとこあるんで・・・助けてやってください。」


そう言って頭を下げてくれた貴龍さん。

俺も姿勢を正して頭を下げた。


「・・・一生大切に守っていきます。毎日笑って過ごせるように・・・。」


俺の言葉に、貴龍さんは初めて笑顔を見せてくれた。

営業用とは違う、本当の笑顔だ。


「あ、ちとせに伝言をお願いしていいですか?」

「?・・・はい、もちろん・・。」

「『帰る前に女将の部屋に』・・・と、お願いします。」

「わかりました。」


貴龍さんは凛之助の腕を掴んで立ち上がらせ、肩をバンっと叩いた。


「いってぇ・・!!」

「しっかりしろ!まだ仕事残ってるだろ!」

「わかってますって・・・。」

「じゃあ高森さん、失礼します。」


そう言って二人は仕事に戻っていったのだった。


(ちょっと酷だったか・・?)


豪華な料理を食べてる時から感じていた人の気配。

動かないところからきっと俺たちの話を聞きたい人なんじゃないかと考えていた。


(貴龍さんだったら入って来そうな感じしたから他の人だと思ったけど・・・まさかあの子だったとは・・。)


思いがけず嫉妬心が強かった俺は、『ちとせが俺に夢中』なことを見せつけるためにわざと甘い声を漏らさせた。

その効果は抜群だったようで、沈みまくった凛之助がいたのだ。


(ちとせが俺から離れることはないと思うけど・・・諦めてくれたほうがいいし。)


そんなことを考えながら俺は部屋に戻った。

すぅすぅと寝息を立ててるちとせの隣に寝転び、その小さな体を抱き寄せる。


「好きだよ、ちとせ。」


このままずっと腕の中にいてくれたらいいのにと思いながら、俺も目を閉じていった。



ーーーーー



ーーーーー



翌朝。

目が覚めたちとせの頭を撫でながら、俺は昨日貴龍さんから預かった伝言をちとせに伝えていた。


「え?お母さんのとこ?」

「うん、なんか貴龍さんが言ってた。朝ごはん食べたら出ようと思うからさ、支度して先にいこうか。」

「そうだね。」


ごろごろと猫のように俺に体を摺り寄せてくるちとせ。

そのかわいさに、俺のモノが膨らんでいくのがわかった。

自然と腰をちとせに擦り付ける。


「!!・・・陽平さんっ・・大きくなってる・・・っ。」

「うん。ちとせが好きすぎて・・・。でもすぐ収めるからちょっと抱きしめさせて・・。」


そう言ってちとせの体を抱きしめると、ちとせは申し訳なさそうに俺を見てきた。


「昨日・・ごめんね?ちゃんとできなくて・・・」

「うん?」

「いつもより早く寝ちゃって・・・ごめん。」


体力があまりないちとせは、イくと寝てしまうことが多い。

最初と比べたらだいぶ起きてられるようになってきたけど、昨日は疲れもあったと思う。


「全然?ちゃんと上手にイけてたよ?」

「~~~~っ。」

「でもちとせのかわいい声がいっぱい聞けなかったし・・・今日の夜は聞かせてもらっても・・いい?」


そう聞くとちとせは一瞬で顔を赤くした。

恥ずかしさと期待と、嬉しさが混ざってるみたいな顔をしてる。


「ぐずぐずに甘やかすから・・だから俺のことどれだけ好きか教えてくれる?ナカで・・・教えて?」


ちとせの唇に優しく自分の唇を重ねると、ちとせがぐっと唇を押し付けてきた。

しばらくの時間そのままでずっと唇を重ねて・・・ちとせが口を開いた。


「いっぱいキス・・してくれる・・?」

「---っ。」


かわいく聞いてくるちとせに下半身が過剰に反応してしまいそうになったのをぐっと堪えた。


「もちろんするけど・・・それはちとせが満足するまで?それとも・・・俺が満足するまで?」

「!?」

「気持ちよさで狂ってるちとせも見たいなー・・・。」

「!?!?」

「ははっ。」


驚いてるちとせの頭を撫で、俺は体を起こした。


「ほら、そろそろ用意しないと。」

「う・・うん・・・。」


布団から起き上がったちとせは、シーツや枕カバーを外し始めた。

敷布団は敷布団で端に折り畳み、外したカバーたちをその隣に置いていく。

掛け布団もその隣に置いて・・・重ねて積むような畳みかたをしなかったのだ。


「なんか・・・豪快な畳み方・・・?」


不思議に思いながらそう聞くと、ちとせはくすくす笑い始めた。


「ふふっ、うちはシーツやカバーは全部洗濯するから外して回収するんだよ?あとは干して、新しいカバーつけるの。」

「へぇー、なるほど・・・。」

「他所は知らないからできるだけそのままの状態にするのが一番いいかな?変に畳むと後が大変だろうし・・。」

「そっか。」


仕事がしやすいようにと思ってすることも、迷惑になることもある。

うちも救急隊がたまに漏らしてることがあったことを思い出した。


「・・・救急隊なんだけどさ、自宅で倒れた人のところに出動した時、家族が気を使って靴を揃えてくれると気があるんだよ。」

「?・・・え、だめなの?」

「担架に人を乗せて玄関からでるからさ、脱いだ時に出やすいように靴を置いてあるから揃えなおされると時間がかかっちゃうんだよ。だから放置のほうがありがたい。」

「へぇー!」


救急車を呼ぶ時点で靴を揃えなおす余裕がない人が殆どだけど、たまーに、ごくたまーにあることだった。


「じゃあ私が救急車呼んだときは触らないようにするね。」

「・・・呼ばなくていいようにしような。」

「!!・・・へへっ、そうだねっ。」


そんな話をしながら俺たちは準備を済ませた。

ちとせは洗面室に服を持って行って着替え、俺はその間に着替えをする。

運ばれてきた朝食を済ませて少ない荷物をまとめて忘れ物がないかチェックして・・・俺たちは部屋を出た。

そのままちとせの案内で女将さん・・・ちとせのお母さんがいる部屋に向かう。


「俺、エントランスか車にいたほうがいいんじゃない?親子で話があるんだろうし・・・。」


一緒に歩きながら聞くと、ちとせは首を横に振った。


「ううん、陽平さんのこと、お母さんにも紹介しときたいし・・・一緒に行こ?」

「ちとせがいいならいいんだけど・・・。」


長い廊下を歩いていき、帳場を過ぎてさらに奥まで歩いていく。

途中すれ違う従業員たちはみんなちとせを知ってるらしくて挨拶を交わしていた。

そして明らかに客が通るような造りの廊下じゃないところに足を踏み入れたとき、ちとせが一つの部屋を指さした。


「そこなの。」


そう言って引き戸の取っ手に手をかけたちとせは、ゆっくり開いた。



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