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嫉妬。

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「私事で申し訳ないのですが・・・少しお話をお聞きしてもよろしいでしょうか。」


濃紺の作務衣の人が俺をじっと見ながら聞いてきた。

聞きたいことは大体想像がつく。


「どうぞ。・・・話し方も変えていただいて大丈夫です。」


そう言うと濃紺の作務衣の人はさっきとは違う口調で話し始めた。


「お言葉に甘えさせていただきます。・・・俺は『夏目 貴龍』です。ちとせの従兄弟にあたります。」

「ちとせから聞いてます。よろしくお願いします。」

「いつからちとせと付き合ってるんですか?」

「去年の夏くらいからですね。」

「ちとせがやろうとしてることも知ってるんですか?」

「起業のことなら知ってますけど・・・。」


最初にちとせとバーベキューした時から知ってる内容だ。

俺にできることは限られてるけど、できるかぎり応援はしてあげたい。


「高森さんのご職業をお聞きしても?」

「・・・公務員ですが。」

「へぇー・・公務員ですか・・・。」


上から下まで俺をじろじろ見てる貴龍さん。

その態度を見てちとせが怒り始めた。


「もうっ・・!龍にぃっ・・!」

「何怒ってんだよ、ちとせ。」

「陽平さんを変な目で見ないでよっ。」

「変な目でなんて見てねーよ。お前が彼氏なんて連れてきたの初めてだから珍しいだけだ。」

「早く仕事に戻りなよっ、じゃないと私が働くよ!?」

「それはダメだな。まぁ、お前のことはみんなに伝えておくよ。」


そうちとせに言ったあと、貴龍さんは俺を見た。


「ごゆっくりどうぞ。」


貴龍さんは俺に一礼して、そのまま部屋から出ていった。

ちとせは自分の胸に手をあてて軽く息を漏らし、申し訳なさそうに俺を見てる。


「ほんとごめん・・・。」

「いや、大丈夫。貴龍さんがちとせのことを大事に想ってるってわかるから・・。」


ちとせを大事に想ってるからこそ、得体の知れない俺のことが気になるようだった。

特に細かいことを聞かず、一番必要な『俺の職業』と『ちとせの夢を知ってるかどうか』が気になったんだろう。


「まだ夕暮れまで時間あるし、ちょっと旅館の周りを散策しない?陽平さんに見てもらいたいものいっぱいあるー。」


そう言って窓の外を指さすちとせ。

俺はちとせの手を取った。


「ちとせの好きな場所、いっぱい教えて?」

「ふふっ、もちろんっ。」


ちとせと一緒にスリッパを履きに行くと、ちとせは玄関のようなところにある棚から何かを取り出した。


「これ、この部屋の鍵なの。ご案内したときにここにあることを説明するんだけど・・・私がいるから私が全部説明するね?」


そういってちとせはこの旅館での過ごし方を教えてくれた。

部屋を出るときは鍵をして、帳場と呼ばれるフロントに預けれることや露天の風呂はいつでも入れること。

旅館周りの散策プランなんかは従業員の誰に聞いても教えてくれることや、季節に合った料理が部屋で食べれることなんかも・・・。


「じゃあちとせのおススメの散策を教えてもらおうかな?」


ちとせが部屋のカギをかけたあと俺が聞くと、ちとせはすごく悩んだ顔を見せた。


「全部がおススメ過ぎて悩んじゃう・・・」

「ははっ、じゃあちょっとずつ教えてもらおうかな。また今度来た時に別の場所を教えて?」

「!!」


ちとせは俺の言葉に嬉しいような恥ずかしいような表情を見せた。

今まで見たことない表情はかわいくて・・・俺はちとせを抱きしめようと手を広げた。

その時・・・


「・・・ちとせ!?」


ちとせの名前を呼ぶ男が現れたのだ。

紺色の作務衣を着ていて若そうな・・・男だ。


(あいつ・・・。)


テレビで見た男だった。

ちとせと一緒にこの旅館を・・・とか言ってた奴だ。


「凛之助!?」

「いつ帰ってきたんだよ、ちとせ!・・・って・・男・・?」


そいつは俺の存在に気が付いたらしく、視線を俺に移した。

そして俺を『敵』と認識したのか・・・表情が変わった。


「今日は『お客』で来てるの。」

「お客・・・?」

「陽平さん・連れてきてくれたんだよ?」


そう言ってちとせは俺の腕に自分の腕を絡めた。


「そいつ・・ちとせの・・・・?」

「ふふ、私の大事な人なの。」

「!!」

「紹介するね?高森陽平さん。今、私が住んでるところの・・・・」


俺を紹介し始めたちとせだったけど、その男はちとせの言葉を遮るようにして大きな声を出した。


「ごめんちとせ!俺、仕事あるから戻るわ!!」

「え?あ、そうだよね。ごめん・・・。」

「じ・・じゃあ・・・!」


踵を返して走っていってしまったその男の姿が見えなくなるまで見送ると、ちとせは笑顔で俺を見た。


「じゃあ行こっか。」

「そだな。」


ちとせは鍵を帳場に預け、俺たちは旅館の外に出た。

外にはいくつか看板が置かれていて、『小川』『緑』『どんぐり』『野鳥』と書かれてる。


「時期的にどんぐりは無いから、小川がいいかなぁ。」

「ちとせに任せるよ。どこ行っても初めてだからさ。」

「じゃあ小川!冷たいと思うけど、きれいなんだよ?」

「オーケー、行こう。」


俺たちは小川に行ける道を進み始めた。

背の高い木や、低い木がたくさんある中で整備された道を進んでいく。

色とりどりの花も咲いていて、野山とは思えない景色だ。


「ここも管理してるの?」


緩やかに下り坂になってるこの道は、地面は土だった。

手すりは木でできていて、自然を壊さないような造りになってる。

安全面を考えたら管理がすごく大変そうだった。


「してるよ?専門で雇ってはいないけど、番頭たちが手入れとか修理とか?してるー。」

「すごいな、これだけデカい山の管理するなんて・・・」

「まぁ、従業員の数は多いからねぇ・・・。」


ちとせの話によると番頭と呼ばれる職種の従業員が一番多いらしく、なんでも屋的な立ち位置なのだとか。

基本的には接客を主として、館内の清掃や設備管理、調理補助、送迎バスの運転なんかもするらしい。

その中の仕事の一つとして、この広大な山の管理もあるらしいのだ。


「そりゃ人数いるよな・・・」

「ふふ、お部屋は仲居がいるからあまり関わらないけど、空いたお部屋の掃除とかも手伝ってくれるんだよ?」

「体力いる仕事だな・・・」

「なんでも屋さんだからねぇ。」


ちとせの実家の仕事内容を聞きながら歩いていくと、水の音が聞こえ始めてきた。

ちゃぷちゃぷと川が流れる音だ。


「お、見えてきた。」


木々の間に見え始めた川は、足を進めるうちにその姿が見えてきた。

さほど幅があるわけではない川はきれいな水が流れていて、河原に石がたくさんあった。

大きい石に小さい石がある河原の真ん中あたりに、土でできた道もある。

歩きやすいように造られてるようだ。


「この川はね、雨で増水するたびに道を作ってるんだよ?」

「え!?毎回!?」

「よっぽどの大雨じゃないと全部が流れたりしないんだけど・・・近くに観光とかできるとこないし、この辺を散策できるようにって先々代が造りだして・・・」


代々受け継がれてきた『もてなし』の心。

それがレベルアップしていったらしく、もう旅館の周りが観光できるようになってしまってるらしい。

今の女将・・・つまりちとせのお母さんはそれを継いで、しっかり管理をしてるとのことだった。


(経営ってめっちゃ大変だな・・・。)


そんな経営をちとせもやろうとしてることにふと気が付いた。

規模は違うかもしれないけど、『経営』ということには変わりないのだ。


(俺もがんばらないと・・・。)


流れる水面を見ながらそんなことを考えてると、ちとせが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「?・・・なに考えてるのー?」

「いや?きれいな川だなと思って。」


そう答えるとちとせは嬉しそうな顔を見せた。


「でしょ?小さい頃は夏になるとここでよく遊んでたんだー。魚とかもいてーーーーー」


ちとせの小さい頃の話を聞きながら、河原の整備された道を歩き始める。

小さい鳥が水浴びをしていたり、流れてくる木葉を眺めながらゆっくり流れる時間を楽しみ、俺たちは旅館へ戻っていった。




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