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旅行。
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ーーーーー
ーーーーー
ちとせと旅行の約束をして2か月の時間が流れた。
やっと休みの都合がつき、この5月の末にちとせと二泊三日の旅行にいけることになったのだ。
「朝8時に仕事が終わるから、そのまま荷物持ってちとせを迎えに行って・・・と。」
一泊ずつ別の宿を押さえてある今回の旅行は、俺の覚悟を形にしてちとせに見てもらいたくて計画したものだ。
きっとちとせは応えてくれるだろうけど・・・ちとせだけじゃダメなものもある。
「無事にできればいいけど・・・。」
そんなことを考えてるうちに日は流れていき、旅行当日の朝、俺はちとせを迎えに行った。
「ちょっと遅くなってごめん。」
アパートの前で待ってくれていたちとせが車に乗り込んだと同時に言うと、ちとせは手をひらひら振って笑っていた。
「ううん?全然大丈夫。・・・それより陽平さん、眠くないの?勤務明けでしょ?」
「ちゃんと仮眠とってるから大丈夫。それに昨日の夜は出動なかったし。」
見回りに事務仕事、それに車両点検だけで終わった昨夜。
十分すぎるほどの仮眠も取らせてもらえたくらいだった。
「ほんと?私、免許は持ってないから代わりに運転はできないけど・・・ちょこちょこ休憩はしようね?」
そう言ってちとせは足元に荷物をまとめ、シートベルトをした。
「大丈夫。宿に着くまでにいくつか寄るとこピックアップしてあるから。」
宿までの道のりはそんなに遠くない。
でも夕方に到着するように計算して・・・いくつか観光できるところを見つけておいたのだ。
「へへっ、楽しみっ。」
「よし、行こうか。」
「うんっ。」
嬉しそうに笑うちとせを連れ、車を走りださせた。
ーーーーー
「わぁー・・・きれいー・・・。」
朝出発した俺たちは小さなフラワーパークに寄ったあと昼ご飯を済ませ、海沿いの道を車で走っていた。
助手席側から見える広がった景色に、ちとせが見惚れてる。
「もうちょっと先のとこのビーチで貝殻が結構拾えるらしくてさ、そこに寄ってから宿に行こうかと思ってる。」
「!!・・・貝殻!」
「シーグラスとかも好きって言ってただろ?」
みんなで行った夏の海のときにちとせが言ってたことだ。
あの時は貝殻を探したりできなかったから・・リベンジだ。
「好き!覚えててくれたの!?」
「もちろん。ちとせのことだからな。」
しばらく進んだあとに見えてきたビーチの駐車場。
そこに車を止めて俺たちは海岸に降りた。
打ち寄せてくる波を眺めながら手を繋いで二人で歩き始める。
「ふふっ・・・あっ、あった!」
地面を見ながら歩くちとせはすぐに貝殻を見つけた。
「お、こっちはシーグラス発見ー。」
「え!どこどこ!?」
「ここ。ほらこっちもあるよ?」
「!!・・・ほんとだ!」
二人して地面を見ながら歩きながら貝殻とシーグラスを拾っていく。
でも、一歩歩けばすぐに見つかる貝殻たちはすぐにちとせの手をいっぱいにしてしまう。
「よ・・陽平さん、ちょっと持っててくれない?ハンカチに包みたい・・・。」
「いいよ?ほら・・・。」
ちとせの手に溢れるほど乗っていた貝殻たちは、俺の手の半分ほどしかなかった。
リュックからハンカチを取り出したちとせは、ハンカチの両端をしばって袋のような形を作ってる。
「よし・・!はいっ、ここに入れて?」
「ん。」
割れないようにハンカチに乗せると、ちとせはまた貝殻を探して歩き始めた。
この貝殻たちを何に使うのかはわからないけど、大きいものや小さいもの、それにいろんな色のシーグラスをハンカチに入れていった。
「それ、何か作るの?」
大きめのシーグラスを拾ってちとせのハンカチの入れるとちとせは笑顔で俺を見た。
「なーんにも決まってないー。」
「へ?」
「んー・・・帰ってからちょっときれいにして・・・悩んでみるかな?」
そう言いながらハンカチにある貝殻たちを指でつんつんと押しながら中身を確認していた。
結構な量になった貝殻たちは、俺の手からも溢れるくらいありそうだ。
「これくらいで結んどかないとこぼれちゃうねぇ・・・。」
ちとせは大きめの石の上で結んでいたハンカチの両端を解き、包み始めた。
こぼれないようにハンカチの端を寄せて結んでる。
「へへっ、一緒に歩こ?」
貝殻の入ったハンカチを片手で持ち、もう片方の手で俺の手を握ってきたちとせ。
その手を握り返し、ぐぃっと腕を引っ張り寄せた。
「ふぁっ・・!?」
「ちとせ、教えてほしいことあるんだけど・・・いい?」
「?・・・うん?」
腕にちとせを閉じ込めながら、俺は聞き始めた。
「ちとせは・・・俺と一緒にいて幸せ感じてくれてることって・・・ある?」
ちとせの表情を見てるだけで答えはわかってるようなものだけど、ちゃんと言葉にして聞いてみたかったことだ。
「へ?」
「俺、ちとせと一緒にいて・・すごく幸せ感じてる。ちとせも同じだったら嬉しいんだけど・・・。」
そう聞くとちとせは俺にもたれかかってきた。
「・・幸せだよ?なんか・・ずっとこのまま何か月も何年も一緒にいる気がしてる。」
「ちとせ・・・。」
「そんな気がしてるのは・・・私だけ・・?」
「!!」
少し拗ねたような話し方をしたちとせ。
聞くまでもないことを聞いてしまったようで・・・申し訳なく思った。
「・・・俺もだよ。ずっと好きだからな、ちとせ。」
「ふふっ、私のほうが好きですよー。」
「俺のほうが好きだって。」
「いやいや、私だよ。・・・ふふ。」
笑いながら『自分のほうが好きだ』というちとせ。
俺のほうが好きだってことをわからせるために、ちとせの耳元で呟いた。
「・・・今度証明してやる。」
「!!・・・え、どうやって?」
「え?うーん・・・いろいろ?」
「えー?・・・ふふ。」
「まぁ、考えとくから・・・そろそろ行こうか。」
宿の時間もあることから、俺たちは駐車場に向かって歩き始めた。
ちとせは途中で気になったものを拾いながら歩いて行って、駐車場でハンカチにまとめていた。
それを車の後部座席の足元に置いたようだ。
「ホテルまでどれくらいかかるの?」
シートベルトをしながら聞いてきたちとせ。
俺はナビを使わずに車を走らせ始めた。
「あれ?知ってるとこなの?ホテル・・・。」
心配しながら聞いてきたちとせに、俺は前を見ながら答えた。
「んー・・・多分わかると思う。」
「?・・・そうなの?」
「うん。しばらく走ったら看板が出てくると思うから・・・」
そう言うとちとせは辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「しばらくってどれくらい?」
「たぶん・・・2時間くらい?」
「へっ・・?え、そんなに遠いのにわかるの?」
「大まかな場所は知ってるから大丈夫だよ。近くなったら言うから看板探してくれる?」
「?・・・うん、わかった。」
それから宿に着くまでの2時間、俺たちは他愛ない話をした。
航太たちのことや、仕事のこと、昔話なんかをするとちとせはくすくす笑ってくれ、車の窓に映る景色を見ては指をさしていろいろ喋ってくれる。
雄大な景色が映ると感嘆のため息をもらし、建物ばかりの景色になるとお店なんかを見て『ご飯屋さんかな?』『雑貨屋さんかな?』と忙しそうだ。
「お店の準備はどう?順調?」
「うーん・・・やっぱ物件選びと融資が問題で・・・不動産屋さんとか銀行とか結構巡ったりしてる。」
「あー・・急いで決めるものでもないだろうし、納得いくまでがんばれとしか言えないな・・・。」
「あははっ、そうだね。一人で経営するシミュレーションみたいなのしながらゆっくり考えようと思ってる。」
「そうだな。」
そんな話をしてると、ちとせが急に窓の外をじっと見始めた。
きょろきょろと辺りを見回して、驚いた顔をしてる。
「どうかした?」
「ここ・・・え!?待って・・!陽平さん、泊まるホテルってなんて名前・・!?」
そう聞かれ、俺は笑いながら答えた。
「棗旅館だよ?」
「!?!?」
「ははっ、やっとわかった?まぁわからないように走ったつもりだけど・・・。」
見覚えのある景色で気が付いたのか、ちとせは驚きすぎてパニックになってそうだった。
「え!?・・うち!?」
「そうだよ?」
「予約取れたの!?」
「休日じゃないから取れた。・・・俺の名前だけで予約してあるから、ちとせが来るとは思ってないと思うよ?」
身内が来るとなれば変に気を使ってしまうこともあるだろうから、ちとせのことは伝えてない。
聞かれることもなかったから言う必要もなかったのだ。
「私、旅館側に泊まったことないんだけど・・・オッケーなのかな・・・。」
「いやいや、オッケーもなにももう支払い終わってるし、二人分・・・。」
俺は予約した時にクレジットカードで支払いを済ませていた。
旅館の都合でちとせの分だけキャンセルなんてできないハズだ。
「まぁ、ダメだったら全部キャンセルにしてどこか他のとこ泊まってもいいけど・・・大丈夫だと思うよ?」
『客』として行く以上、いくらなんでも『ダメ』と言われることはないだろう。
比較的空いてる平日を選んだのも、配慮したつもりだった。
「ほらちとせ、この辺の思い出でも話して?いっぱい聞きたい。」
「う・・うん・・・。」
ちとせは不安そうな顔をしつつも、昔話をしてくれた。
ただ、もう旅館の近くだったからそんなにたくさん聞くことはできなくて・・俺たちは旅館の敷地に入った。
「ちとせ、棗旅館ってバレーサービスあるんだろ?予約した時に『車のままエントランスまでお越しください』って言われたんだけど・・。」
ホテルではよくある『バレーサービス』。
エントランスで車を降りるとホテルのスタッフが車庫まで持って行ってくれるサービスだ。
チェックアウトするとまたエントランスまで用意してくれる。
「あ、うん。ちょっと離れたところにお客さま用の駐車場があるから・・・」
「それでか。じゃあエントランスに止めるよ?」
「う・・うん・・・。」
どきどきしてそうなちとせを横目に見ながら、俺はエントランスに車を寄せた。
すると旅館の中から数人の人がでてきて、頭を下げて出迎えてくれたのだ。
全員『和』な服装の人たちだ。
一列に等間隔で並び、全員同じ角度で頭を下げてる。
同じ位置に手があり、きれいな姿勢はまさに・・・
「高級旅館・・・。」
そう呟きながら車を止めると、ドアマンを担ってる人が助手席を運転席を開けてくれた。
「ようこそお越しくださいました。お荷物、お預かりさせていただきます。」
「ありがとうございます。後ろに積んでるのでお願いします。」
そう伝えたとき、助手席側からちとせの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「・・・ちとせ!?」
ちとせの名前を呼んだのは濃紺の作務衣を着た人だ。
(あの人テレビで見た・・・。)
あの日、署で見ていたテレビに映っていた人だ。
ちとせの話では確か・・・棗旅館の経営を握ってる人だ。
「龍にぃ・・・久しぶり・・・。」
気まずそうに手を小さく振るちとせ。
濃紺の作務衣の人はちとせを見たあと俺を見た。
そしてまたちとせを見て・・・軽くため息をついた。
「はぁ・・・。ようこそいらっしゃいました。中でご記帳願います。」
瞬時に理解してくれたのか、濃紺の作務衣の人は俺とちとせを中に案内してくれた。
用意されていたスリッパに履き替え、俺はチェックインとなる記帳をする。
その間ちとせは濃紺の作務衣の人に状況を説明していた。
「龍にぃ、ごめん・・・。」
「謝る必要は無い。お前は客なんだから。」
「う・・・。」
「ところで・・・高森さまはちとせとどういうご関係でしょうか。」
見るからに接客用の笑顔で聞かれた俺は、真剣に答えた。
「・・・将来を考えてる関係です。」
「そうですか。・・・ではお部屋にご案内させていただきます。」
紺色の作務衣の人が荷物を持ってくれ、俺たちは濃紺の作務衣の人についていった。
木でできた長い廊下は床に和紙灯篭が点々と置かれていて、まさに『和』な感じが溢れていた。
生け花が飾られ、すれ違う仲居さんはみんな立ち止まって頭を下げてくれてる。
窓から入る自然光も角度を計算されてるようで、眩しくもなく、暗くもない。
「すごいな・・・。」
「時間に合わせて旅館の中のライトは明るさの強さが違うの。自然のものは最大限に取り入れたいからすこし暗めに調節してあるんだよ?」
「へぇー・・・面白い。」
まるで別世界に足を踏み入れたような光景に見惚れながら足を進めると、濃紺の作務衣の人が足を止めた。
「こちらが高森さまのお部屋でございます。」
そう言って木でできた引き戸を開けた。
「!!・・・すごい。」
入ってすぐのところでスリッパを脱いで上がると、いぐさのいい匂いが鼻を抜けた。
開け放たれた襖の向こうに、重厚感のある座卓が見える。
対面になるように座椅子が二つあって、卓上には急須に湯飲み、茶筒と一口サイズの和菓子が置かれていた。
窓側には花が活けられていて、『和モダン』な感じが非日常を醸し出してる。
「雉乃間(きじのま)でございます。お部屋のご説明はちとせからお伺いくださいませ。お荷物は襖を挟んで奥のお部屋に入れさせていただきます。」
「奥?」
「寝室としてご利用いただける和室が向こうの襖の奥にございます。座卓のあるこちらのお部屋はお食事やご歓談にご利用くださいませ。」
「なるほど。・・・ありがとうございます。」
そう言うと紺色の作務衣を着た人が荷物を奥の部屋に入れてくれた。
そしてその人は部屋から出ていって・・・濃紺の作務衣の人が残ったのだ。
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ちとせと旅行の約束をして2か月の時間が流れた。
やっと休みの都合がつき、この5月の末にちとせと二泊三日の旅行にいけることになったのだ。
「朝8時に仕事が終わるから、そのまま荷物持ってちとせを迎えに行って・・・と。」
一泊ずつ別の宿を押さえてある今回の旅行は、俺の覚悟を形にしてちとせに見てもらいたくて計画したものだ。
きっとちとせは応えてくれるだろうけど・・・ちとせだけじゃダメなものもある。
「無事にできればいいけど・・・。」
そんなことを考えてるうちに日は流れていき、旅行当日の朝、俺はちとせを迎えに行った。
「ちょっと遅くなってごめん。」
アパートの前で待ってくれていたちとせが車に乗り込んだと同時に言うと、ちとせは手をひらひら振って笑っていた。
「ううん?全然大丈夫。・・・それより陽平さん、眠くないの?勤務明けでしょ?」
「ちゃんと仮眠とってるから大丈夫。それに昨日の夜は出動なかったし。」
見回りに事務仕事、それに車両点検だけで終わった昨夜。
十分すぎるほどの仮眠も取らせてもらえたくらいだった。
「ほんと?私、免許は持ってないから代わりに運転はできないけど・・・ちょこちょこ休憩はしようね?」
そう言ってちとせは足元に荷物をまとめ、シートベルトをした。
「大丈夫。宿に着くまでにいくつか寄るとこピックアップしてあるから。」
宿までの道のりはそんなに遠くない。
でも夕方に到着するように計算して・・・いくつか観光できるところを見つけておいたのだ。
「へへっ、楽しみっ。」
「よし、行こうか。」
「うんっ。」
嬉しそうに笑うちとせを連れ、車を走りださせた。
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「わぁー・・・きれいー・・・。」
朝出発した俺たちは小さなフラワーパークに寄ったあと昼ご飯を済ませ、海沿いの道を車で走っていた。
助手席側から見える広がった景色に、ちとせが見惚れてる。
「もうちょっと先のとこのビーチで貝殻が結構拾えるらしくてさ、そこに寄ってから宿に行こうかと思ってる。」
「!!・・・貝殻!」
「シーグラスとかも好きって言ってただろ?」
みんなで行った夏の海のときにちとせが言ってたことだ。
あの時は貝殻を探したりできなかったから・・リベンジだ。
「好き!覚えててくれたの!?」
「もちろん。ちとせのことだからな。」
しばらく進んだあとに見えてきたビーチの駐車場。
そこに車を止めて俺たちは海岸に降りた。
打ち寄せてくる波を眺めながら手を繋いで二人で歩き始める。
「ふふっ・・・あっ、あった!」
地面を見ながら歩くちとせはすぐに貝殻を見つけた。
「お、こっちはシーグラス発見ー。」
「え!どこどこ!?」
「ここ。ほらこっちもあるよ?」
「!!・・・ほんとだ!」
二人して地面を見ながら歩きながら貝殻とシーグラスを拾っていく。
でも、一歩歩けばすぐに見つかる貝殻たちはすぐにちとせの手をいっぱいにしてしまう。
「よ・・陽平さん、ちょっと持っててくれない?ハンカチに包みたい・・・。」
「いいよ?ほら・・・。」
ちとせの手に溢れるほど乗っていた貝殻たちは、俺の手の半分ほどしかなかった。
リュックからハンカチを取り出したちとせは、ハンカチの両端をしばって袋のような形を作ってる。
「よし・・!はいっ、ここに入れて?」
「ん。」
割れないようにハンカチに乗せると、ちとせはまた貝殻を探して歩き始めた。
この貝殻たちを何に使うのかはわからないけど、大きいものや小さいもの、それにいろんな色のシーグラスをハンカチに入れていった。
「それ、何か作るの?」
大きめのシーグラスを拾ってちとせのハンカチの入れるとちとせは笑顔で俺を見た。
「なーんにも決まってないー。」
「へ?」
「んー・・・帰ってからちょっときれいにして・・・悩んでみるかな?」
そう言いながらハンカチにある貝殻たちを指でつんつんと押しながら中身を確認していた。
結構な量になった貝殻たちは、俺の手からも溢れるくらいありそうだ。
「これくらいで結んどかないとこぼれちゃうねぇ・・・。」
ちとせは大きめの石の上で結んでいたハンカチの両端を解き、包み始めた。
こぼれないようにハンカチの端を寄せて結んでる。
「へへっ、一緒に歩こ?」
貝殻の入ったハンカチを片手で持ち、もう片方の手で俺の手を握ってきたちとせ。
その手を握り返し、ぐぃっと腕を引っ張り寄せた。
「ふぁっ・・!?」
「ちとせ、教えてほしいことあるんだけど・・・いい?」
「?・・・うん?」
腕にちとせを閉じ込めながら、俺は聞き始めた。
「ちとせは・・・俺と一緒にいて幸せ感じてくれてることって・・・ある?」
ちとせの表情を見てるだけで答えはわかってるようなものだけど、ちゃんと言葉にして聞いてみたかったことだ。
「へ?」
「俺、ちとせと一緒にいて・・すごく幸せ感じてる。ちとせも同じだったら嬉しいんだけど・・・。」
そう聞くとちとせは俺にもたれかかってきた。
「・・幸せだよ?なんか・・ずっとこのまま何か月も何年も一緒にいる気がしてる。」
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「そんな気がしてるのは・・・私だけ・・?」
「!!」
少し拗ねたような話し方をしたちとせ。
聞くまでもないことを聞いてしまったようで・・・申し訳なく思った。
「・・・俺もだよ。ずっと好きだからな、ちとせ。」
「ふふっ、私のほうが好きですよー。」
「俺のほうが好きだって。」
「いやいや、私だよ。・・・ふふ。」
笑いながら『自分のほうが好きだ』というちとせ。
俺のほうが好きだってことをわからせるために、ちとせの耳元で呟いた。
「・・・今度証明してやる。」
「!!・・・え、どうやって?」
「え?うーん・・・いろいろ?」
「えー?・・・ふふ。」
「まぁ、考えとくから・・・そろそろ行こうか。」
宿の時間もあることから、俺たちは駐車場に向かって歩き始めた。
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それを車の後部座席の足元に置いたようだ。
「ホテルまでどれくらいかかるの?」
シートベルトをしながら聞いてきたちとせ。
俺はナビを使わずに車を走らせ始めた。
「あれ?知ってるとこなの?ホテル・・・。」
心配しながら聞いてきたちとせに、俺は前を見ながら答えた。
「んー・・・多分わかると思う。」
「?・・・そうなの?」
「うん。しばらく走ったら看板が出てくると思うから・・・」
そう言うとちとせは辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「しばらくってどれくらい?」
「たぶん・・・2時間くらい?」
「へっ・・?え、そんなに遠いのにわかるの?」
「大まかな場所は知ってるから大丈夫だよ。近くなったら言うから看板探してくれる?」
「?・・・うん、わかった。」
それから宿に着くまでの2時間、俺たちは他愛ない話をした。
航太たちのことや、仕事のこと、昔話なんかをするとちとせはくすくす笑ってくれ、車の窓に映る景色を見ては指をさしていろいろ喋ってくれる。
雄大な景色が映ると感嘆のため息をもらし、建物ばかりの景色になるとお店なんかを見て『ご飯屋さんかな?』『雑貨屋さんかな?』と忙しそうだ。
「お店の準備はどう?順調?」
「うーん・・・やっぱ物件選びと融資が問題で・・・不動産屋さんとか銀行とか結構巡ったりしてる。」
「あー・・急いで決めるものでもないだろうし、納得いくまでがんばれとしか言えないな・・・。」
「あははっ、そうだね。一人で経営するシミュレーションみたいなのしながらゆっくり考えようと思ってる。」
「そうだな。」
そんな話をしてると、ちとせが急に窓の外をじっと見始めた。
きょろきょろと辺りを見回して、驚いた顔をしてる。
「どうかした?」
「ここ・・・え!?待って・・!陽平さん、泊まるホテルってなんて名前・・!?」
そう聞かれ、俺は笑いながら答えた。
「棗旅館だよ?」
「!?!?」
「ははっ、やっとわかった?まぁわからないように走ったつもりだけど・・・。」
見覚えのある景色で気が付いたのか、ちとせは驚きすぎてパニックになってそうだった。
「え!?・・うち!?」
「そうだよ?」
「予約取れたの!?」
「休日じゃないから取れた。・・・俺の名前だけで予約してあるから、ちとせが来るとは思ってないと思うよ?」
身内が来るとなれば変に気を使ってしまうこともあるだろうから、ちとせのことは伝えてない。
聞かれることもなかったから言う必要もなかったのだ。
「私、旅館側に泊まったことないんだけど・・・オッケーなのかな・・・。」
「いやいや、オッケーもなにももう支払い終わってるし、二人分・・・。」
俺は予約した時にクレジットカードで支払いを済ませていた。
旅館の都合でちとせの分だけキャンセルなんてできないハズだ。
「まぁ、ダメだったら全部キャンセルにしてどこか他のとこ泊まってもいいけど・・・大丈夫だと思うよ?」
『客』として行く以上、いくらなんでも『ダメ』と言われることはないだろう。
比較的空いてる平日を選んだのも、配慮したつもりだった。
「ほらちとせ、この辺の思い出でも話して?いっぱい聞きたい。」
「う・・うん・・・。」
ちとせは不安そうな顔をしつつも、昔話をしてくれた。
ただ、もう旅館の近くだったからそんなにたくさん聞くことはできなくて・・俺たちは旅館の敷地に入った。
「ちとせ、棗旅館ってバレーサービスあるんだろ?予約した時に『車のままエントランスまでお越しください』って言われたんだけど・・。」
ホテルではよくある『バレーサービス』。
エントランスで車を降りるとホテルのスタッフが車庫まで持って行ってくれるサービスだ。
チェックアウトするとまたエントランスまで用意してくれる。
「あ、うん。ちょっと離れたところにお客さま用の駐車場があるから・・・」
「それでか。じゃあエントランスに止めるよ?」
「う・・うん・・・。」
どきどきしてそうなちとせを横目に見ながら、俺はエントランスに車を寄せた。
すると旅館の中から数人の人がでてきて、頭を下げて出迎えてくれたのだ。
全員『和』な服装の人たちだ。
一列に等間隔で並び、全員同じ角度で頭を下げてる。
同じ位置に手があり、きれいな姿勢はまさに・・・
「高級旅館・・・。」
そう呟きながら車を止めると、ドアマンを担ってる人が助手席を運転席を開けてくれた。
「ようこそお越しくださいました。お荷物、お預かりさせていただきます。」
「ありがとうございます。後ろに積んでるのでお願いします。」
そう伝えたとき、助手席側からちとせの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「・・・ちとせ!?」
ちとせの名前を呼んだのは濃紺の作務衣を着た人だ。
(あの人テレビで見た・・・。)
あの日、署で見ていたテレビに映っていた人だ。
ちとせの話では確か・・・棗旅館の経営を握ってる人だ。
「龍にぃ・・・久しぶり・・・。」
気まずそうに手を小さく振るちとせ。
濃紺の作務衣の人はちとせを見たあと俺を見た。
そしてまたちとせを見て・・・軽くため息をついた。
「はぁ・・・。ようこそいらっしゃいました。中でご記帳願います。」
瞬時に理解してくれたのか、濃紺の作務衣の人は俺とちとせを中に案内してくれた。
用意されていたスリッパに履き替え、俺はチェックインとなる記帳をする。
その間ちとせは濃紺の作務衣の人に状況を説明していた。
「龍にぃ、ごめん・・・。」
「謝る必要は無い。お前は客なんだから。」
「う・・・。」
「ところで・・・高森さまはちとせとどういうご関係でしょうか。」
見るからに接客用の笑顔で聞かれた俺は、真剣に答えた。
「・・・将来を考えてる関係です。」
「そうですか。・・・ではお部屋にご案内させていただきます。」
紺色の作務衣の人が荷物を持ってくれ、俺たちは濃紺の作務衣の人についていった。
木でできた長い廊下は床に和紙灯篭が点々と置かれていて、まさに『和』な感じが溢れていた。
生け花が飾られ、すれ違う仲居さんはみんな立ち止まって頭を下げてくれてる。
窓から入る自然光も角度を計算されてるようで、眩しくもなく、暗くもない。
「すごいな・・・。」
「時間に合わせて旅館の中のライトは明るさの強さが違うの。自然のものは最大限に取り入れたいからすこし暗めに調節してあるんだよ?」
「へぇー・・・面白い。」
まるで別世界に足を踏み入れたような光景に見惚れながら足を進めると、濃紺の作務衣の人が足を止めた。
「こちらが高森さまのお部屋でございます。」
そう言って木でできた引き戸を開けた。
「!!・・・すごい。」
入ってすぐのところでスリッパを脱いで上がると、いぐさのいい匂いが鼻を抜けた。
開け放たれた襖の向こうに、重厚感のある座卓が見える。
対面になるように座椅子が二つあって、卓上には急須に湯飲み、茶筒と一口サイズの和菓子が置かれていた。
窓側には花が活けられていて、『和モダン』な感じが非日常を醸し出してる。
「雉乃間(きじのま)でございます。お部屋のご説明はちとせからお伺いくださいませ。お荷物は襖を挟んで奥のお部屋に入れさせていただきます。」
「奥?」
「寝室としてご利用いただける和室が向こうの襖の奥にございます。座卓のあるこちらのお部屋はお食事やご歓談にご利用くださいませ。」
「なるほど。・・・ありがとうございます。」
そう言うと紺色の作務衣を着た人が荷物を奥の部屋に入れてくれた。
そしてその人は部屋から出ていって・・・濃紺の作務衣の人が残ったのだ。
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※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
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※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
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