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帰省2。

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「ふぅー・・・あとちょっとで着くー・・・。」


陽平さんの勤める消防署で防火管理の講習を受けた次の日、私は実家に足を運んでいた。

始発の電車に乗り、バスを乗り継いで・・・今は歩いてる真っ最中だ。


「山奥ってこのあたりが不便なんだよねぇ・・・。」


うちの旅館は最寄りのバス停から徒歩30分かかる。

平たんな道の30分ならまだいいけど、旅館までは上りの山道。

その30分は結構キツいものがある。


「はぁっ・・はぁっ・・迎えを呼べばよかった・・・。」


そんな後悔を抱きつつ歩いてると、後ろから一台のバンが上がってきた。

そのバンは私を追い抜き、すぐそこで止まった。

そして運転席の窓が開いて・・・知った顔がひょこっと現れた。


「ちとせ!?お前、帰ってきてたんか!?」

「!?・・・凛之助(りんのすけ)!?」


凛之助はうちの旅館の従業員だ。

私と同い年で、中学を卒業した時から働いてる。

私は手を挙げて凛之助に向かって叫んだ。


「お願い!乗せてぇぇ・・・。」

「いいけど・・・。」


私はバンのスライドドアを開け、後部座席に乗り込んだ。

この先の道を歩かなくていいって思うだけで一安心だ。


「女将さんたちは知ってんのか?」


くねくねと曲がってる山道を運転しながら凛之助が聞いてきた。

車の中にあるミラーで私を見てる。


「言ってある・・・っていうか、お母さんから呼ばれたんだからね?急に入院することになった人の代打なんだよ。」

「あ、京子さんの代わりか。」


凛之助の話では、その『京子さん』っていう人は旅館に来てまだ3か月の人だったらしい。

来てすぐに妊娠がわかったけど、出産ぎりぎりまで働いて、出産後もうちで働きたいという本人の申し出で継続雇用は決まっていた。

でも体調を崩して入院することになり、継続雇用も危うくなってるらしいのだ。


「まぁそうだよねぇ・・。」

「復帰するまで待てるんだけど、その間の人が見つかるかどうかが心配でさ。」

「あ、なんか来週に一人来るって聞いてるよ?私がその人に教えることになってて・・・」


私は母親から聞いた内容を凛之助に伝えた。

代わりの人が来るまでの間は私は代打をし、代わりの人が来た後は私が仕事内容を教えることになってることを。


「まぁ、クリスマスとか年末年始が忙しいからさ、それまでに使い物になるようにしてくれたらいいよ。」

「いやいやいや、私、仕事あるから2週間で帰るよ?そのあとはよろしくね?」

「はぁ!?」

「経験者って聞いてるし大丈夫じゃない?」


そんな話をしてるうちに、旅館が見えてきた。

懐かしい景色に、自然と笑みがこぼれる。


「・・・お前が帰ってくれば問題ねーんだよ。」


前を向きながら凛之助が何か言ったように聞こえた。


「え?なに?」

「なんでもねーよ。ほら、ついたべ。」


凛之助は旅館に入り、従業員用の駐車場に車を止めた。

スライド式のドアを開け、外に出る。


「んーっ・・!やっと着いたぁ・・!」

「お前、何時の電車で来たの?・・・ってか、今どこに住んでんだよ。」

「え?ここから200キロくらい離れたとこ?電車は5時の電車だよ。」

「は!?そんな遠いとこに住んでんの!?」

「そうだけど・・・凛之助には関係ないでしょ?ちょっと荷物運んでくるねー。」


私は持ってきた荷物を車から降ろし、自分の家のほうに向かって歩き出した。

紅葉してる山々が見渡しながら息を吸うと、澄んだ空気が体の中を巡る。


「いつか陽平さんも来てくれるといいな・・・。」


そんなことを思いながら旅館の端まで歩くと、小さい玄関戸が見えてきた。

ここが私の家の入口だ。


「・・・何も変わってない。」


色も形も変わってない引き戸タイプの玄関戸。

懐かしさを感じながら私は戸を開けた。


「ただいまーっと。」


この時間はお父さんとお母さんは仕事中だ。

誰もいない家に入り、私は靴を脱いだ。

そのまま荷物を持って、自分の部屋に向かう。


「きっと前のままにしてくれてると思うから・・・仕事着に着替えて本館に向かおう。」


家の一番奥にある私の部屋に入り、荷物をベッドに置いてからタンスを開けた。

この旅館の制服でもある二部式の着物を取り出す。


「上下に分かれてるから着やすいし、帯をつけたら着物に見えるのが便利なところだよねー。動きやすいし。」


私は服を脱ぎ、着物に袖を通した。

何度も結んだ帯の形は何年たっても忘れることはなく、手が自然と動いていく。


「よし。スマホだけ持って行こう。」


荷物を解くのはあとにして、とりあえずお母さんのもとに向かう。

家の中は旅館とつながっていて、長い廊下を歩いていく。


「あ!若女将!」

「若女将、お帰りなさいませ。」


廊下ですれ違う仲居や番頭たちが私をそう呼んできた。


「ただいま。でも私は若女将じゃないからね。」


そう伝えながら歩いていき、女将がいる部屋に入る。


「ただいま、お母さん。」


部屋に入ると母が書類仕事をしていた。

デスクに置かれた山のような書類の間から母の顔が見える。


「あら!ちとせじゃない!もう着いたの?」


母は椅子から立ち上がり、私に駆け寄ってきた。

そのまま抱きしめられ、左右に体を揺さぶられる。


「ちょ・・帯が崩れるから・・・。」

「あぁ、ごめんごめん。・・急に呼び出して悪かったねぇ。人手不足でさぁ・・・。」


ざっと内容を聞いていた私は、母にここでの仕事内容の確認をした。

聞いていた通り、新しい人が来るまでは普通に仕事をして、あとは教育係のようだ。


「ごめんね?でも1週間くらいで使えるようにしてくれる?」

「それは向こうのやる気と経験次第だけど・・・。」

「まぁ、基本さえ叩き込んでくれたらあとは慣れていくと思うし、よろしくね?」

「うん。」


そんな話をしたあと、私はさっき『若女将』と呼ばれたことを母に聞いてみることにした。


「ねぇ、さっき私のことを若女将って呼んでたんだけど・・・何か知ってる?」

「え?若女将?」

「うん。」

「何も言ってないけど・・・あぁ、そろそろ後継ぎとかいう話がでてるからそう呼んでるんじゃない?」

「え・・・私、継がないよ?ここ。」


高校に入った時に両親に『私が継ぐの?』と聞いたことがあった。

うちの旅館は代々親族に受け継がれてきた旅館で、だいぶ古い歴史がある。

その習わし通りに継がないといけないなら、その勉強をしないといけないのだ。

でも両親は・・・


『ちとせの人生はちとせのものだから、無理に継がせようとはしないよ。継ぎたいなら継げばいいし、他の仕事がしたいならその仕事をすればいい。ただ、決めたことはすぐに投げ出さずにやり遂げること。』


と、言ったのだ。


「私、あの時の言葉を信じてるんだけど・・・違うの?」


両親が約束を反故にするとは思えないけど、さっきの番頭たちの言葉から考えたら不安になってきた。

でも母は、ぽかんと口を開けたあと、くすくすと笑い始めたのだ。


「ふふ、継がなくていいわよ?やりたいこと、あるんでしょ?」

「ある・・けど・・・。」

「番頭たちが勝手に言ってるだけだから気にしないのよ?後継ぎはもう打診してる人がいるから大丈夫。」

「そうなの?」

「えぇ。ほら、ちょっと耳を貸してごらん?」


母は私の耳元でこそっと教えてくれた。


「・・・番頭頭の『貴龍(きりゅう)』くんよ。」

「!!」


『貴龍』は、この旅館で一番の古株従業員だ。

私が生まれたときから知ってる人で・・・いつも優しいお兄ちゃん的な存在の人。

そして母の姉の息子であって・・・私の従兄弟にあたる人なのだ。


「龍にぃって今、番頭頭なの!?」


番頭頭の職種は、ホテルで言うところのリーダー的な支配人だ。

旅館全部の仕事内容を把握していて、営業もできる。

私なんかよりよっぽど仕事ができる役職なのだ。


「失礼します女将、来月の予約なんですけど・・・」


噂をすれば影。

今、話していた龍にぃが部屋に入ってきた。


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