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トラウマ。

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ちとせside


涼子さんの誘いで、私たちは4人でお手洗いに向かった。

陽平さんとのことを根掘り葉掘り聞かれながら大きな水槽の部屋を出る。


「2か月前から付き合い始めたってことは、海のあとすぐ?」


歩きながら涼子さんが聞いてきた。


「そう・・ですね。海のあと北欧雑貨フェアに一緒に行くことになって・・・その時・・。」


自分の気持ちをちゃんと自覚したのもその時だった。

薄々気が付いてはいたけど・・・ベンチで写真を撮った時にドキドキしてしまってどうしようもなくなった。


(あの写真・・・読み込んではいるけど陽平さんには渡してないんだよね・・。)


データでスマホに入ってるあの日の写真は、とてもじゃないけど陽平さんに見せれるものじゃなかった。

私が照れすぎていて・・・『好きです』と言ってるのがまるわかりな写真だったのだ。


(封印したい・・・。)


でも陽平さんがかっこよすぎて消せれずにいた。

いつか『思い出』になる日がくるかと思って残すことにしたのだ。


「雑貨フェア!?そんなのあったの?」


少し後ろを歩いていた里美さんが、ひょこっと顔を出しながら聞いてきた。

里美さんも雑貨が好きで、よくお店を巡ってるのだとか。


「あったんですよー。ちょっと遠かったんですけど・・・」

「へぇー!じゃあ今度雑貨のお店の情報とか手に入れたら教えて?私も教えるから!」

「!!・・・はいっ!」


そんな話をしながらトイレを済ませ、私は手を洗うところでみんなが出てくるのを待った。

鏡を見ながら髪の毛を少し触り、整える。

そして少し時間が経ったとき、涼子さんがトイレから出てきた。


「ちとせちゃん、お待たせー。」

「まだ二人が出てきてないんで待っときましょうかー。」


そう言ったとき、バチン!!と大きな音が聞こえた。


「きゃあ!?」


驚いた次の瞬間、一瞬で辺りが真っ暗になったのだ。


「何?停電?」


落ち着いた涼子さんの声が聞こえたとき、辺りがぱっと明るくなった。

時間にして5秒もないくらいの停電だったのだ。


『水族館事務局よりお知らせします。先ほど、全館停電が発生しました。現在は復旧しております。なお、怪我人等発生した場合、至急近くのスタッフまでご連絡下さい。』


すぐに館内放送が流れ、トイレから美香ちゃんと里美さんが出てきた。


「びっくりしたねー。」

「すぐ点いてよかったわね。」


そう言いながら二人は手を洗ってる。

和やかな雰囲気で3人はお化粧を直したりし始めたけど、私は内心それどころじゃなかった。


(大丈夫・・5年前のことはもう終わってる・・・)


一瞬真っ暗になったことで、私はフラッシュバックを起こしていた。

ただ、運よく時間が短かったことが幸いして笑顔を作る余裕はまだあった。

体の中で、恐怖と理性が戦ってる真っ最中だ。


(迷惑はかけれない・・・。)


私は平静を取り繕いながら、みんなと一緒にトイレから出た。

すると出たところで陽平さんたちが待っていたのだ。


「さっき停電したけど大丈夫だった?」

「誰もケガとかしてない?」

「具合悪くない?」

「みんな無事?」


心配そうな表情で順番に聞かれ、涼子さんと里美さん、それに美香ちゃんが明るい笑顔で答える。


「大丈夫よ。」

「一瞬だったから平気ー。」

「誰もケガとかしてないよー。」


そうみんなが答えてる中、私も笑顔を作って口を開いた。


「大丈夫ー・・・。」


みんなの無事が確認できた彼氏たちは、各々手を繋いで先に進み始めた。

みんながら歩き始めたのを見て、最後に足を踏み出そうとしたとき、陽平さんがみんなに向かって叫んだ。


「悪い!先行っててくれ!」


みんなは振り返って手を振り、そのまま歩いて行ってしまった。

そして陽平さんは私の体をぐぃっと自分に引き寄せたのだ。


「ふぁっ・・!?」

「顔、真っ青になってる。どうした?どこかぶつけた?」


そう言われて私は自分の顔を手で押さえた。

体温が下がってる感覚がないことから、きっと不安になってしまってる部分が顔色にでてしまってるのだろう。


「あ・・・」

「歩ける?そこのベンチに座ろうか。」


私は陽平さんに支えられてそのベンチに腰を下ろした。

陽平さんは私の前に屈み、私の背中をさすってくれてる。


「ケガしてない?」

「してないです・・・。」

「じゃあ不安なことでも?」

「それは・・・・」


まだ陽平さんに話してなかった5年前のこと。

大雑把に話したことはあったけど、詳しくは言ってなかったのだ。

もう過去のことで忘れるものと思っていたけど、こうやってフラッシュバックしてしまったということは、これからも起こるかもしれない。

なら、伝えておかないと迷惑や心配をかけることになってしまう。


「・・・5年前に土砂崩れに巻き込まれたって言ったの覚えてる?」


5月くらいに河原でしたバーベキューの時に話したことだ。


「あぁ、覚えてるよ?その時にはもうちとせのことが好きだったから・・・話の内容は覚えてる。確か大雨が続いて家の裏山が崩れたんだよな?」

「うん。あの時・・・」


私が5年前のことを思い出して話そうとしたとき、急に手が震え始めた。

両の手が目に見えて揺れ震えてるのを見て、自分が思ってた以上に怖い体験だったことを自覚してしまったのだ。


「---ーっ。」

「無理して言わなくていいから・・・。」


陽平さんは私の体をそっと抱きしめて背中をさすってくれていた。

伝えたいのに言葉にできない悔しさから、目に涙が溜まりそうだ。


「航太たちと合流できそう?無理だったらこのまま帰ってもいいし、落ち着くまでこのままでもいいし・・・。」

「もうちょっと・・・このまま・・・」

「うん、大丈夫。ずっといるから。」


陽平さんの優しさに甘えて、抱きしめてもらいながら深呼吸を繰り返した。

不安な気持ちを落ち着かせようとしてることは陽平さんもすぐにわかったようで、合わせるようにして背中をさすってくれてる。

1分、2分と時間が過ぎていくにつれて気分もマシになっていき、私はいつもの笑顔ができるまで戻っていった。


「陽平さん?」

「うん?」

「もう大丈夫・・・。」


そう言うと陽平さんは抱きしめてくれていた腕を緩めた。

私の顔をじっと見て、頬に手をあててくれてる。


「うん、大丈夫そうだ。」

「へへ・・・ありがとう。言いたいのに言えなくて・・・ごめん。」


次にまた不安に襲われたら、今度は震えだけで治まるかわからない。

もしも倒れたら水族館にも迷惑がかかってしまうことになる。


「・・・ちとせがよければ・・・このあと俺の家に来る?」

「陽平さんの家・・?」

「そう。ここよりは落ち着いて話せれるかもしれないし・・・。無理に話さなくてもいいし?」

「・・・。」


『無理に話さなくていい』と言ってくれてるけど、この話は早いほうがいい気がしていた。

心配してくれてる陽平さんに申し訳ないから・・・。


「話したい・・。」

「わかった。・・・解散したあとは俺の家に行くってことにして・・・このあとどうする?航太たちと合流する?」

「うん。心配かけてたら申し訳ないし・・・。」


私の言葉に陽平さんは気まずそうな顔をした。

そしてポケットからスマホを取り出して私に見せてくれた。


「・・・心配はめちゃくちゃしてると思うよ?ほら。」


見せてくれたスマホの画面にはメッセージ受信の通知が50件と書いてあったのだ。


「へっ・・!?」

「いや・・ずっとポケットの中でスマホが震えてるなと思ってたんだけど・・・。」


陽平さんは私に見えるようにしてそのメッセージを開いた。


「・・・やっぱりあいつらもちとせの顔色が悪かったの気づいてたみたい。」

「え?」

「落ち着いたら水族館のカフェに来いって書いてある。」


グループトークの画面なのか、瀬川さんたちのメッセージがずらっと並んでいた。

『今、ラッコのエリアにいる』とか『落ち着いたら追いかけてこい』とか『こっちは気にするな』とか書いてあるのだ。


「わぁ・・・。」

「最後のメッセージは・・・10分前だな。カフェに行けそう?」

「行くー、行きますー。本当に申し訳ないです・・・。」


私は気持ちを切り替えてベンチから立ち上がった。

すると陽平さんが支えるようにして肩を抱いてくれたのだ。


「歩けそう?」

「うん、大丈夫。陽平さんがそばにいてくれたから・・・安心できた。ありがとう。」

「ちとせに何かあったら俺が真っ先に駆け付けるから、不安がらずに待ってろよ?」

「ふふっ、待ってる。」


私たちは瀬川さんたちが待ってくれてるカフェに足を向けた。

急ぎ気味に歩きながら水槽たちを横目で見ていき、陽平さんは『災害に巻き込まれた時の心得』的なことを喋ってくれていた。

閉じ込められたら音を出して人が残されてることを知らせることや、火災が起きたときは身を低くして煙を吸わないようにすること、それに非常用の持ち出し品のことなんかも・・・。


「ウォーターボトルにいろいろ入れれるんだよ。」

「ウォーターボトル?500mlの?」

「そ。100均に折ったお札くらいの大きさの圧縮タオルが売ってるからそれを詰めたりして玄関に置いとくか、鞄に入れとくだけでも違ってくる。」


陽平さんの話では、500mlのクリアボトルの中に圧縮タオル、ミニライト、常備薬に絆創膏、少しの現金や連絡先を書いたメモなんかを入れておくと、災害時に役に立つことがあるらしい。

その話を聞いて、連絡先なんかは全部スマホに入ってるから使えなくなったら誰にも連絡できなくなってしまうことに気が付いた。


「確かに親のケータイ番号とかちょっと覚えてない・・・」

「書いておけばどこからでも連絡できるし、最悪電話をしてもらうこともできるから・・・よかったら覚えておいて?」


大きな手で私の頭をぽんぽんっと優しく撫でた陽平さんの表情はとても優しいものだった。

いろいろ教えてくれるのは私の為。

大事にしてもらってるのが身に染みてよくわかる。


「・・・うん。教えてくれてありがとう。」


そんな話をしてるうちに私たちは瀬川さんたちが待ってるカフェにたどり着いた。

中に入ると6人が手を振りながら呼んでくれた。


「陽平ーっ、こっちーっ。」

「悪い、待たせた。」


通路を挟んで女性と男性に分かれて座っていた6人。

私は涼子さんたちのほうに呼ばれて腰を下ろした。


「ちとせちゃんー・・ごめんね?気づかなくて・・・。」

「え?」


よしよしと頭を撫でられながら、涼子さんたちはトイレから出たあとのことを教えてくれた。

歩きながら私の様子がおかしかったことを瀬川さんと宮下さん、それに佐々木さんが涼子さんたちに話してくれていたらしいのだ。


「あ、いやほんとに大丈夫ですから・・・逆に迷惑をかけてしまって・・・すみません。」


そう言って頭を下げると3人は体を近づけてきて・・・私をぎゅっと抱きしめた。


「ふぇっ・・?」

「いいんだよ、迷惑くらい。」

「そうだよっ?友達なんだしっ。」

「なんでも言って?私たち、あの子たちの彼女でもあるけど看護師でもあるんだからね?」


最後の里美さんの言葉に、私は思わず叫んでしまった。


「えぇぇっ!?・・・看護師!?」

「あれ?言ってなかった?」

「ありゃ・・・。」

「美香は違うからねっ!?」


初めて知った涼子さんと里美さんの職業。

美香ちゃんは大学生だったと思うけど、二人の看護師って職業があまりにも似合っていて開いた口が塞がらない。


「すごい・・・。」


二人を交互に見ながら口をぽかんと開けてると、二人は私の頭をよしよしと撫で始めた。


「ふふ、かわいいなぁ、ちとせちゃん。」

「陽平くん、こんなかわいい彼女、心配になっちゃうねぇ。付き合い始めたばっかりだしー。」

「?・・・心配?」


意味が分からずに陽平さんを見ると、陽平さんは困ったように笑っていた。

瀬川さんたちも笑っていて・・・なんだかよくわからない。


「ま、あとで陽平に聞けばいいよ。」

「そうそう、この後まだデートするでしょ?」


「?・・・じゃああとで・・聞いてみます。」



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