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彼女の不安。

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「・・・へ!?」

「あ、差し入れとかダメな感じですか?この前のバーベキューのお礼と、今日のお礼にと思ったんですけど・・。」

「いや・・差し入れの断りはしてないけど・・・」

「じゃあ今度、持って行きますー。」


思いがけず夏目さんが署に差し入れを持って来てくれる約束をしてくれた時、航太と航太の彼女が海から上がってきた。


「陽平ーっ、代わるーっ!」

「ちとせちゃーん!鞄見ててくれてありがとー!」


がっつり泳いできたのか二人とも髪の毛までびしょ濡れだった。

息も若干上がっていて、二人は倒れこむようにしてパラソルの下に滑り込んできた。


「はぁっ・・はぁっ・・・」

「どんだけ本気で泳いできたんだよ・・・。」

「えへへ・・・・つかれたぁ・・・。」


場所を代わるために立ち上がった時、ちょうど夏目さんのコーヒーが空になっているのが見えた。


「あ、俺、捨ててくるよ。」


そう言って手を差し出すと、彼女はカップのてっぺんを右手で軽く押さえ、左手で底を支えて俺に差し出して来た。


「お願いしますっ。」


受け取りやすい差し出し方に、俺はカップの胴体を掴んだ。

まるで喫茶店の仕事のような持ち方に、笑いが混みあがる。


「ははっ。」

「?」

「なんでもないよ。ちょっと待ってて。」


俺は受け取ったカップを捨てに行き、夏目さんと一緒にまた海に入った。

司たちと合流してビーチボールなんかで遊び、楽しい時間を過ごしていく。

そんな時間がしばらく経った時・・・


「・・・なんか雲行きが怪しくね?」


海の中でビーチボールを手に持った迅が空を見上げながら言った。

つられて空を見上げると、海の向こうのほうに黒くなりつつある入道雲が目に入ったのだ。


「あー・・・一雨来そうだな。」


もくもくと空高く上がってる入道雲。

真っ白な状態だったらまだ雨が降るまで時間はありそうだったけど、地上に近い部分がもう黒くなってしまっていた。


「みんな、そろそろ上がろうか。」


司の言葉に、俺たちはゆっくり女の子たちの側に向かった。

司も迅も自分の彼女の側にくっついて、浜辺に向かうよう誘導を始める。

そんな姿を見ながら俺も夏目さんの側に泳ぎ寄った。


「あそこに入道雲ができてるの見える?」


胸のあたりまで海に浸かっていた夏目さんは、ゆっくり向きを変えて沖の空に浮かぶ入道雲を見た。


「あ、あれですか?」

「そう。もうじきゲリラ豪雨が来る。雷が落ちると危ないから上がろう。ゆっくりでいいから浜辺に向かうよ。」

「はいっ。」


夏目さんは手を前に伸ばして、ケンケンをするようにして浜辺に向かい始めた。

足元を取られても大丈夫なように、すぐ後ろをついていく。


「あの・・ゲリラ豪雨ってすぐ止みますよね?」


ぴょこぴょこ進みながら聞いてきた彼女。

俺はもう一度入道雲を見た。


「たぶん1時間もあれば治まるとは思うけど・・・ちょっとわからないなぁ・・。」


天気を専門にしてる予報士でさえ、ぴったりとあてることはできないのが自然だ。

どれぐらいの量がどれくらいの時間降るかなんて予想はできない。


「そうですよねー・・・。」


少し困ったような表情を見せた彼女に口を開こうとしたとき、航太が俺たちに向かって叫んだ。


「おーい!あっちにもやばい雲あるぞー!」


そう言って指差す方を見ると、ちょうど真反対になるように黒い雲が見えた。

あの雲と入道雲が出会うと・・・危なそうだ。


「これは急ぎ気味に解散したほうがよさそうだな・・・。」


雲を見つめながら司がそう呟いた。


ーーーーー



ちとせside


宮下さんの言葉に解散することになった私たちは、荷物を持って更衣室に向かった。

涼子さんや里美さんに囲まれるようにして、急ぎ足で歩いて行く。


「あの子たちの言うことは大体当たるのよ。だから今日は解散したほうがいいわね。」


司さんの彼女である涼子さんが私の肩を抱きながら言った。

反対の隣にいる里美さんも、何度も頷きながら私を見てる。


「ちとせちゃんは電車なんでしょ?よかったら司の車に乗ってく?」

「いえっ・・・!電車で帰れるので大丈夫ですー・・・。」

「止まったりしない?大丈夫?」

「たぶん・・大丈夫です・・。」


確かに冠水騒ぎになると電車が止まってしまうことがある。

そうなってしまうと止まってしまった駅からバスかタクシーで帰らないといけなくなるのだ。


(タクシーは厳しいな。乗りたい人も多いだろうからきっと長蛇の列だし、それに高くつく・・・。)


カフェ開業のために少しでもお金を貯めておきたい私にとって、電車で家まで帰るのが何時も事だ。

ほぼ時間通りに来る電車は早く帰れるのも利点の一つでもある。


(急がないと・・・。)


私はさっき高森さんが言った言葉を思い出していた。

『雷が落ちたら危ない』と言っていた言葉を。


(雷は無理・・・。)


雷の音が苦手な私は、一刻も早くこの場を離れたくなっていたのだ。

不安になり始めた気持ちは元に戻るはずもなく、ドキドキと不安感を増していく。

急ぎ足で涼子さんたちと更衣室についた私達は、着替えをするために個室に入った。

まだみんな海で泳いでるからか混んではなく、ほぼ貸し切り状態。

個室についていた水道を使ってある程度の砂を洗い流し、身体も軽く洗っていった。

着て来た服をまた着て、脱いだ水着やタオルを鞄にしまおうとしたとき、更衣室の真上くらいで雷がくすぶる音が微かに聞こえ始めた。


「ーーーっ!・・早くしないと・・・!」


ゴロゴロと聞こえた雷の音に心臓がうるさくなっていく気配がする。

そう思った時、個室の扉の向こうで涼子さんたちの声が聞こえて来た。


「ちとせちゃーん!私たち着替え終わったから男どものほう手伝いにいくねー?着替え終わったら来れるーっ?」

「あ・・!はーい!大丈夫ですーっ!行きますーっ!」

「ゆっくりで大丈夫だからねーっ。」


遠くなっていく足音に、私は焦りながら荷物をまとめていった。

濡れた髪の毛を拭くためにゴムを外し、乾いたタオルでゴシゴシ拭いていく。

くくり直すことは諦め、無造作に髪を流し整えて個室を出た。


「私も片づけのお手伝いしないと・・・!」


荷物を持って急ぎ足でさっきの場所に向かうと、涼子さんたちの姿は無く、高森さんが一人立っていた。


「高森さんっ・・!あのっ・・お片付けは・・・・」


そう言って辺りを見回すけど私たちの荷物を置いてあった場所はきれいさっぱり片付けられていた。

高森さんの手にはパラソルが2本抱えられている。


「あぁ、終わったんだよ。今、迅たちがライフセーバーの人たちに天気が変わりそうなことを伝えに行ってる。」

「そうなんですか・・・。すみません、お手伝いが遅れて・・・」







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