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二人で居残り。

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断ろうと思ったとき、航太の彼女が口を開いた。


「ちとせちゃんも一緒に行こっ?」


航太の彼女の誘いに、夏目さんは驚きながら自分自身を指差した。


「わたし!?」

「うんっ!今日みたいにみんなで遊ぼうよ!」


航太の彼女の言葉に、夏目さんは俺や航太、迅たちを見回した。


「えぇぇ・・私はちょっと・・・」


今日、初対面のメンバーで海かプールに行こうと言われたら躊躇するのが普通だ。

ましてや周りは恋人同士。

一緒に遊ぶには気まずいときが必ず来てしまう。


「まぁ、まだ先の話だし?今日すぐに返事はくれなくて大丈夫だよ。日にちが決まりそうになったら美香から連絡してもらってその時に返事・・・ってのでどうかな?」


航太の案に、夏目さんは少し悩みながらも首を縦に振った。


「わ・・かりました。ありがとうございます。」


頭を軽く下げた夏目さんはそのあと、バーベキューの後片付けを手伝ってくれた。

航太たちが殆ど終わらせてくれていたけど、ゴミをまとめてくれたり、使った道具たちを寄せてくれたりと、まるで『仕事』のような動きを見せて行く。


(あ、そうか。喫茶店も飲食業か・・・。)


『プライベート』から『仕事』に切り替わったような彼女はテキパキと動いてくれた。

それにつられてか他の女の子たちも動いてくれ、片づけは思いのほか早く終わったのだった。


「よーし!お疲れ!女の子たち、手伝ってくれてありがとね。」


手をパンパンっと叩いて航太が腰に手をあてた。

みんなで片付けた河原は来た時と同じ状態が広がってる。


「さて、これにて解散しようかと思うけど・・・いいかな?」


迅が自分の彼女の肩を抱きながら言った。

彼女は迅を見上げてる。


「迅?今日は『非番』だっけ?」

「いや?今日は『休み』。このあとどっか行くだろ?」

「もちろん。」


そんな会話を聞いた他のやつらも、同じくしてこのあとの話をしてる。

そんな姿を見ながら、俺は自分の腕時計で今の時間を確認した。


(14時過ぎか。)


今からデートするなら、一緒にいれる時間はそんなに長くはない。

俺たちの仕事上、徹夜明けで出勤するわけにはいかないから自然と解散する時間が決まってくるのだ。


(まぁ、どっかに泊ってくるっていう手もあるけど。)


俺は『彼女持ち』のみんながこのまま出れるように、両手を広げて言った。


「あとの片づけは俺がやっとくからこのまま解散な。」


この後バーベキューのコンロや、出たゴミを署に持って行って片づけは完了だ。

その作業を俺一人が担えば、他のみんなはこのまま出かけることができる。


「え?いやいや、俺たちも片付けるし。彼女たちはちょっとここで待っててくれる?」


そう言って司がバーベキューコンロに手をかけた。

でもその手を俺が掴み、コンロから離させる。


「これを運ぶだけだからいいって。俺、今日は予定ないし。」

「いや、でも・・・」

「いいから行ってこいよ。」


司と押し問答を繰り返しながら荷物から遠ざけようとしてると、夏目さんが俺たちの間に入って来た。


「あの、私が手伝います。それならみなさんデートに行けますよね・・?」


手をおずおずと挙げる夏目さんは、司に迅、それに航太を順に見た。

3人はお互いに見合い、諦めたように笑う。


「ははっ、じゃあ・・・頼んだ。」

「今度メシ奢る。」

「じゃあ俺は・・・トレーニングに付き合うよ。」


「おぅ、じゃあまたな。」


そう言って手を振ると、航太たちは自分の彼女と一緒に帰っていった。

その姿を見送り、俺はバーベキューのコンロに手をかけた。


「夏目さんも帰って大丈夫だよ?俺一人で全然イケるから。」


夏目さんは俺を見たあと、近くにあったゴミ袋を手に持った。


「二人ですれば早いですよ?どこに運ぶのか分からないのでついて行きますねー。」


そう笑顔で言った彼女を見て、俺も笑顔がこぼれた。

手伝うと言ってくれた彼女の気持ちを無下にしないために、重労働にならない範囲でお願いしようと思ったのだ。


「ははっ、ありがとう。署に運ぶけど、足元に気をつけてね。」

「はーい。」


彼女は片手に持てるだけゴミ袋を持ってくれた。

空いてる手には持てるだけのものを持ってくれてる姿を見て、俺もバーベキューコンロの上に乗せれるだけ乗せて見る。

すると一回で全部運べそうな感じになってきたのだ。

でも・・・


「そんなにたくさん持って大丈夫?無理はしなくていいよ?」


一度で運ぶことができれば楽だけど、無理をしてまで運ぶ必要はない。

好意で残ってくれた彼女にはできるだけ負担はかけたくなかった。


「いつも仕事でこれくらい持ってるので大丈夫ですよー。一回で全部持って行っちゃいましょうかー。」


細かいものまで全部の指と腕を使って持ってしまう彼女。

『器用だな』と思いながら、俺も全部持てるように準備していく。

小さなゴミはポケットに入れ、荷物は上手く重ね直して俺は結構な量をバーベキューコンロの上に置いた。


「よし。これで全部だな。じゃあゆっくりでいいからついてきてくれる?」

「はいっ。」


俺はバーベキューコンロに手をかけ、持ち上げた。

思いのほか軽い荷物に、ゆっくり歩き始めると彼女が心配そうに聞いてきた。


「あの・・重くないですか?私、まだ持てますけど・・・。」

「いや全然大丈夫だよ?むしろ軽いくらい。」

「えぇ!?」

「いつも仕事で8キロくらいの服を着てるんだけどさ、今日はTシャツだけだから軽く感じてるだけかもしれないな。」


活動装備を足したら20キロくらいになるときもあるけど、8キロの重さが無いだけでだいぶ軽いものだ。

そんなことを考えてる時、夏目さんの顔が目に入った。

驚きながら俺を見てる。


「・・・8キロ!?」

「まぁ、長靴とヘルメットと服と?それだけで結構な重さになるんだよ。」


そう説明すると彼女は何かをぼそっと呟くように言った。


「そんな重たい服で私は助けてもらったんだ・・・。」

「え?『助けてもらった』?」


聞こえていた俺は思わず聞き返してしまっていた。

足を止めて彼女を見ると、彼女はきれいな姿勢で俺に頭を下げた。


「・・・5年前、高森さんと同じ消防士さんに助けていただいたことがあるんです。あの時は本当にありがとうございました。」


彼女の声から、5年前の現場が結構大きいものだったのではないかと推測できた。

『助けてもらった』ということは、結構辛い目に遭ったのではないかということも・・。


「それが仕事だからね。・・・でもお礼を言われると嬉しいし、モチベあがるから・・・こちらこそありがとう。」


そう言って俺は足を進めた。

後ろをついて来る彼女に、事の詳細を訪ねてみる。


「5年前って・・・この辺に越してくる前?」

「はい、ここからだと・・・200キロくらい離れた場所に住んでたんですけど、土砂崩れに巻き込まれて・・・。」

「土砂崩れか・・。」


彼女は事の詳細を大まかに話してくれた。

連日降り続いた雨の影響で家の裏の山が崩れてきたらしく、家から出れなくなってしまったらしい。


「完全に崩れてしまった家の壁を開けてくれた時、動く気力も残ってなくて・・・運んでもらったんです。」


申し訳なさそうに言う彼女に、俺は当前のことを話した。


「不安だっただろうし、衰弱もしてただろうから歩けなくて当たり前なんだよ。安全な場所まで任せてくれたらいい。」

「そう・・なんですけど・・・」

「何か気になることでも?」


そう聞くと彼女は顔を少し赤くしながら答えた。


「・・・重かったと思うんで・・ちょっと・・・。」

「へ?」


恥ずかしそうに言う姿に驚きながらも、俺はその姿がおかしくて思わず笑ってしまった。


「ははっ・・!」

「!!・・・笑われた・・。」

「いや・・俺たちはそんなの気にしてないから大丈夫だよ。・・・ははっ。」

「!!・・・めっちゃ笑ってるじゃないですかー・・・。」

「ごめんごめん。」


笑いながら足を進め、署の裏手にバーベキューコンロとゴミたちを置いた。


「よし、ここまで運んでくれてありがとう。助かったよ。」

「いえ、こちらこそ急にお邪魔してすみませんでした。楽しかったです。よかったらまたコーヒー飲みに来てくださいね。」

「通う通う。休みの日に行かせてもらうよ。」


そう言って、俺たちは解散した。

ゆっくり歩きながら署を出て行く彼女を横目に見ながら、俺は最後の片づけを始めた。


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