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演奏会で。
しおりを挟むかえで「慶さん、ごめんね?慌てて服買ってもらっちゃって・・・。」
かざねさんの演奏を聞くためにはフォーマルなドレスが必要だった。
楽なワンピースしか持ってなかった私は、慶さんと一緒に慌てて買いに行ったのだ。
慶「俺もスーツが必要だったし・・・まさかこんなとこでスーツを着るとは思わなかったけど(笑)」
かえで「ふふ。かっこいいよ?」
慶「かえではかわいいよ?」
指定された席に座り、演奏が始まるのを待つ。
小さめな花束を膝に置いて、舞台にあるピアノを眺めてると、私の隣に座った人が声をかけてきた。
千秋「あれ?来たのか?」
声をかけてくれたのは緑地公園で私を診てくれた先生だ。
かざねさんの旦那さん・・・。
かえで「あっ・・・!」
慶「?・・・かえで、知り合い?」
かえで「う・・うん・・さっき出会ったかざねさんの・・旦那さん・・。」
そう紹介すると、先生は身を前に乗り出して慶さんに挨拶をした。
千秋「初めまして、南条です。」
慶「初めまして、神楽です。今日は誘っていただいてありがとうございます。」
千秋「いえ、強引で申し訳ない。・・・その花、かざねに?」
先生が私の膝の上にある花を見て言った。
かえで「はいっ。連絡先が知りたくて・・・カードに書いておいたんですけど・・気づいてもらえますかね。」
千秋「あー・・・10日後とかに気づくかもな(笑)ちゃんと俺が伝えるよ。そのまま渡してやってくれ。絶対喜ぶから。」
かえで「はいっ。」
慶「・・・。」
膝の上にある花。
色とりどりになるように作ってもらって、きゅっと絞ってもらった。
だから少し小さめに見えるけど・・・ボリュームがある。
かえで「早く渡したいなー・・・。」
そんなことを思ってると、先生が私にこそっと話しかけてきた。
千秋「・・・言ったのか?さっきのこと。」
かえで「!!・・・言ってません。帰って病院に行ってからのほうがいいかなと思って・・。」
千秋「ふーん・・まぁ、結婚してんだから言った方がいいと思うけど。」
かえで「・・・でも、子供の話とかはしたことなくて・・・『いらない』って言われたら・・・ショックなんで・・。」
膝にある花を見つめる。
大きくて黄色い花びらを指でちょいちょいと触ってると、先生は席から立ちあがった。
千秋「始まるまであと10分。俺、トイレ行ってくる。」
かえで「え?・・あ・・行ってらっしゃい・・?」
スタスタと歩いて行ってしまった先生。
かえで「鳴ることはないけど切っておこうかな。」
そう思って私はケータイを取り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
慶side・・・
かえでと・・・かざねさん?の旦那であるこの男が内緒話のようなことをしてた。
慶(既婚者でも・・・焼く自分がいる・・・。)
何の話か気になって仕方ないけど、聞こえないものはしょうがない。
帰ってから聞き出すとしよう。
千秋「始まるまであと10分。俺、トイレ行ってくる。」
かえで「え?・・あ・・行ってらっしゃい・・?」
席から立ち上がったその男。
俺はその男が歩いて行く姿をじーっと見ていた。
そのとき、その男は振り返って・・・・ちょいちょいと俺を手招きして呼んだ。
慶「!!」
かえで「鳴ることはないけど切っておこうかな。」
鞄からケータイを取り出したかえで。
俺も席を立った。
かえで「?」
慶「かえで、俺、ケータイ落としたかもしれないから見てくる。ここで待ってて。」
かえで「う・・うん、わかった。」
かえでを置いて、俺はあの男を追いかけた。
会場を出てすぐのところで壁にもたれていたその男。
近寄って・・声をかける。
慶「・・・なんの御用で?」
千秋「夕方さ、あの子、お腹抱えて苦しんでたんだよ。」
慶「え!?」
千秋「あ、俺、医者なんだけどさ、ちょっと診て・・・もしかしたら妊娠してるんじゃないかと思って・・。」
慶「・・・妊娠!?」
千秋「『子供の話はしたことが無いから言うのが怖い』って言ってたけど・・・『妊娠』は一人じゃできない。お前も覚悟があってやったことだろ?」
慶「それは・・・。」
千秋「なんだ?覚悟が無かったのか?」
慶「!!・・・違いますよ。逆ですよ。」
千秋「逆?」
俺も一緒に壁にもたれかかった。
足を軽く重ねて、ポケットに手を突っ込む。
慶「さっさと子供ができれば・・・かえでが俺から離れていけなくなる。だから一日でも早く孕ませたかった。」
千秋「え・・・。」
慶「初めて抱いたときからゴムはつけてない。」
千秋「・・・確信犯かよ・・。」
慶「そういうこと。」
その男は後ろ手に頭をがしがしと掻いた。
千秋「じゃあさっさと安心させてやれ。ほんとに妊娠してたら精神状態はいいほうがいい。」
慶「そうですね・・・。かえでを診ていただいてありがとうございました。このお礼は後日。」
千秋「いいって。病院じゃないからちゃんとは診れてない。それに・・・」
慶「『それに』?」
千秋「かざねの友達だからな。それに・・・」
慶「また『それに』?」
千秋「『神楽グループ』からのお礼なんてこえーよ。」
慶「・・・知ってたんですか。」
千秋「医者も情報が必要なんでね。ま、この国じゃお前んとこのルールは通用しないけど。・・・っと、そろそろ始まるな。」
慶「ありがとうございました。」
俺は頭を下げ、かえでのところに戻った。
時間を少しずらして、あの男も戻ってきた。
かえで「あった?ケータイ。」
慶「うん。フロントで預かってくれてたみたい。」
かえで「よかったねー・・・あ、始まるみたい・・・。」
薄暗くなった会場。
逆に明るくなった舞台に、かえでの友達であろう女の子が現れた。
優雅な曲を・・・ピアノで奏でていく。
かえで「きれいー・・・。」
うっとりしながら聞いてるかえで。
生演奏は・・・やっぱりいい。
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーー
かえでside・・・
パチパチと割れんばかりの拍手が鳴り、演奏は終わった。
私は花束を持って舞台に駆けていく。
かえで「かざねさんっ!これ・・・!」
舞台の下から手を伸ばした。
かざねさんは私に気がついてその花束を受け取ってくれた。
かざね「来てくれたの!?ありがとうっ!」
かえで「すっごく素敵でした!」
かざね「えへへ・・・あっ、ちょっと待ってて?」
かえで「?・・・はい。」
かざね「席に戻ってて?」
かえで「はい。」
言われた通り私は席に戻った。
座ると慶さんが私に聞いてきた。
慶「なに話したの?」
かえで「なんか・・『待ってて』って言われて・・・。」
そう慶さんに言うと、先生が口を開いた。
千秋「あー・・・驚くなよ?たぶんあいつ、今、機嫌がマックスにいいから・・。」
慶「?」
かえで「?」
何が何なのかわからずに舞台を見てると、かざねさんはピアノの端に私が渡した花束を置いた。
椅子に座って・・・私が渡した花束をそっと撫でて・・鍵盤に手を置いて・・・弾き始めた。
♪~・・・
かえで「この曲・・・」
慶「・・・モーツァルト?」
千秋「続くぞ。」
かえで「え?」
慶「え?」
先生が言った瞬間曲が変わり、違う曲が弾かれ始めた。
かえで「これって・・・」
慶「洋楽の有名なやつ・・・確か『バースデー』。」
邦楽や洋楽、クラシックが混じりに混じった曲と次から次へと重ねていくかざねさん。
その圧倒的な技術に、ただ唖然と見ることしかできなかった。
かえで「すごい・・・。」
千秋「あいつのピアニスト人生はさ・・・俺が一度奪ったんだ。」
かえで「そうなんですか?」
千秋「うん。病気して・・・・リハビリを死ぬほど頑張って・・・また弾けるようになった。家ん中じゃ耳についた曲をメドレーで2時間くらい弾いてる時があるくらい。だから・・・きっとキミに関わる曲を重ねてると思うよ。」
この話をしてるだけで、もう5曲は弾いてる。
分かる曲名だけでも・・・『赤ちゃん』や『夢』『生まれる』『愛』関係のワードが頭に浮かんだ。
かえで「かざねさんは・・・あのこと知ってるんですか?」
千秋「もちろん。大事な友達だからな。ついでに旦那にも言っといたからあとで話しろよ?」
かえで「!?・・・すみません。」
千秋「ちょっと変わってるけど・・・帰国してからも仲良くしてくれると嬉しい。」
かえで「・・・もちろん。」
♪~・・♬♫・・・
20分は続いたアンコール。
全て私の為に弾いてくれたのかと思うと、涙が溢れてきた。
もし・・・このお腹に赤ちゃんがいたなら・・・こんな素敵なことをできる人になって欲しい・・・
そう思った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
慶「・・・聞きに来てよかったな。」
演奏会が終わって、私と慶さんはホテルを出た。
もう暗くなってしまってる道を二人で手を繋いで歩く。
かえで「うん・・・すっごく素敵だった。」
思い返す演奏。
頭の中で繰り返し再生されてるかのように、ずっと鳴り響いてる。
慶「さっきさ・・・聞いたんだけど・・・・」
かえで「・・・・。」
慶「かえでの調子が悪いのって・・・」
かえで「・・・それは、帰ってから病院に行ってみようと思うの。あと4日は・・・ここにいるんだし。」
慶「・・・わかった。でも念のために無理はさせないからな?わかった?」
かえで「はい・・・。」
ホテルに帰って・・ゆっくりして・・・慶さんは私を抱きしめながら眠った。
背中側からお腹を優しく抱きしめて・・・眠ってる。
かえで(子供・・・欲しかったのかな。)
『いらない』とか『堕ろす』とかの言葉は聞いてない。
妊娠が確定しないとわからないけど・・・
私のお腹にある慶さんの優しい手は・・・『赤ちゃんを待ってる』感じがして仕方なかった。
かえで(もしできてたら・・・喜んで欲しいな。)
そう思いながら、私は眠りについた。
応援ありがとうございます!
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