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91最終話。
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翌日。
お昼に兄の病院を訪れた私は、いつも通り空いてる診察室で兄と話をしていた。
もう出国する準備が整ってることや、向こうでの暮らしのことを。
「日本食が恋しくなったらいつでも帰って来いよ?」
「ふふっ、じゃあいつものレストランでご飯奢ってね?」
「あぁ。任せろ。」
そんな他愛もない話を1時間ほど続け、私は椅子から立ち上がった。
いつまでもだらだらと話を続けるわけにいかないのだ。
「じゃあ・・・そろそろ行くね。」
そう言うと兄は少し寂しそうに笑った。
「・・・あぁ、身体に気をつけてな。」
「うん、ありがとう。」
踵を返してドアから出ようとしたとき、急に吐き気が襲ってきた。
「うっ・・!」
「!?・・・ハル!?大丈夫か!?」
実際、胃の中の物が出てくるような感じはなかったけど、気分だけ吐き気に襲われたのだった。
「だ・・大丈夫・・・。」
「ちょっとこっち。横になれ。」
「大丈夫だってば・・・。」
「いいから。」
兄に言われ、私は診察室にあるベッドに横にならされた。
兄は熱を計ったり脈に血圧、それに触診をし始める。
「ちょ・・ほんとに大丈夫だから・・・。」
「言葉も通じない国で病院にかかるのは大変だからな、ここで原因がわかるならわかってた方がいい。」
「・・・。」
確かにその通りだった。
この2カ月、オランダ語を猛勉強したけど日本語ほど十分ではない。
専門的な言葉になると更にわからないことだらけだ。
「最近変わったことないか?腹下してるとか、頭痛とか。」
「うーん・・・ないけど・・・」
「ほんとか?よく思い出せ。」
そう言われ、私は昨日のことを思い出した。
一瞬だけだけど下腹部が痛かったことを。
「あー・・お腹痛かった。でもちょっとだけだよ?食べ過ぎかなーって言ってたんだけど・・。」
「食べ過ぎ?下腹部?・・・この辺か?」
兄は私の下腹部をそっと撫でた。
その場所がちょうど昨日痛かった場所だ。
「あ、そこそこ。」
「!!・・・お前、前の生理いつだ?」
「・・・・え?」
そう聞かれ、私は指を折って数えた。
(えーと・・・今月がまだで、先月が・・・あれ?飛んだ?なら前の月は・・・・)
遡ってはみるけど結構来てないことに私は気がついた。
そしてそれが意味することも・・・。
「すぐに尿検査してこい。あと産婦人科に連絡しとくから診察も受けて来い。」
「う・・うん・・・。」
どきどきしながら下腹部を触る。
もしかしたらここに・・・赤ちゃんがいるかもしれないからだ。
「そこのトイレの中に検査の用意が全部あるから。終わったら上の階に行け。俺も行く。」
そう言って兄は診察室の裏から出て行ってしまった。
それを見送り、私は言われたトイレに向かう。
(もし・・赤ちゃんができてたら・・私は向こうで産むの・・?)
途端に不安にかられた言語の壁。
日常会話はなんとか覚えたけど、『産む』ということは日本でだってそう簡単なことではない。
定期的に病院に通い、異常がないか調べてもらわないといけないからだ。
言葉の通じるこの国なら、その不安も『聞く』ということで多少は解消されるだろう。
でも言葉が通じない外国だったら・・・難しくなることは容易に想像できた。
(どうしよう・・・。)
そんな不安を抱えながら尿検査を済ませ、私は兄に言われた産婦人科のあるところへ向かった。
そこではもう兄が手続きしてくれていたのか、一人の看護師さんが私を待っていてくれてた。
「秋篠ハルさん?」
「そう・・ですけど?」
「お待ちしてました。こちらの診察室にどうぞ。」
そう言われ、中に入る。
するとそこに兄と、女性の医師がいたのだ。
「こんにちは、秋篠ハルさん。」
兄よりもかなり年上に見える女医さんは、優しい笑顔で私の名前を呼んでくれた。
「こ・・こんにちは・・・。」
「お兄さんから『妊娠してるかどうかの検査を』と言われてるんだけど合ってますか?」
「はい・・・合ってます・・。」
「じゃあ尿検査の結果から報告させていただきますね。」
女医さんはパソコンを開き、何かを見ていた。
そして私の方に向き直り、笑顔で言った。
「おめでとうございます。妊娠されてますよ。」
その言葉に、私は嬉しさと不安が同時に押し寄せて来た。
涼さんとの赤ちゃんが授かったことはこの上なく嬉しいけど、私は来週この国を出る。
産むとすればオランダで産むことになるのだ。
「?・・・嬉しくないの?」
女医さんに聞かれ、私は思ってることをそのまま聞いた。
海外での出産になることを。
でも私の想像とは違って、女医さんは笑顔で言ったのだ。
「あら、オランダで産むの?素敵ね。」
「え・・?」
『素敵』の意味がわからずにいると、女医さんは1冊のパンフレットのようなものを取り出した。
「これ見て?」
そう言って見せてくれたのはオランダの資料だ。
そこには『オランダの子供は世界で一番幸せだ』と書かれてる。
「世界で一番・・幸せ・・?」
「そう。オランダは日本みたいにエリート教育思考はあまりないの。子供はのびのびと育てることにする家が多くてね、殆どの子供が『幸せ』って答える国なのよ?」
その言葉に私は驚いた。
確かに子育てに関しては軽く涼さんから聞いていたけど、殆どの子供が『幸せ』って答えれるなんてすごいことだからだ。
日本でその問いに『幸せだ』と答えれる数はきっとオランダより少ないだろう。
「だから、素敵よ?不安な気持ちもわかるけど・・・とりあえず写真撮って見ようか。」
「写真・・?」
「そう。こっちの検査室に入ってくれる?」
そう言われ、私は隣にある検査室に足を踏み入れた。
そこには一人掛けの椅子があり、足を乗せる台みたいなものがついてる。
「下着を脱いで座ってね?」
「は・・はい・・・。」
言われるがままに下着を脱ぎ、椅子に座る。
すると椅子が電子音を立てて上昇し始め、台に乗せた足が自動で開かれた。
「!?!?」
「こういうものだから気にしないで?はい、力抜いてー?」
言われるがままに従うと、私のナカに何かが入ってくる感触がした。
「ひぅっ・・!?」
「あ、力入れないでねー?痛いだけだからー。ほら『はー』って言ってごらん?」
「はー・・はー・・はー・・・」
「そうそう、上手。」
ものの数十秒でナカに入れられてた物は抜かれ、椅子は下降していった。
「下着つけてくれて大丈夫よー、履けたら隣の診察室に来てね。」
「はい・・・。」
びっくりな体験をした私はゆっくり下着をつけ、半分よろけながら診察室に戻った。
椅子に座ると女医さんが笑顔で何かを差し出して来た。
「はい、もうだいぶ形がハッキリしてるから実感沸くんじゃない?」
そう言われて差し出されたものを受け取ると、そこに小さな人形のようなものが映っていた。
袋のような物の中に、頭と身体と手のようなものが見える。
「2センチちょっとくらいかな?ママのお腹の中で一生懸命生きてるよ?」
その言葉に私は自分のお腹をそっと撫でた。
ここに・・・この写真の赤ちゃんが入ってるのだ。
「すごい・・・。」
「ふふ。・・・オランダに行くんでしょ?紹介状書いてあげるから一番大きい病院に行きなさい?この病院で名前が有名な人、全員分サイン入れとくからねっ。」
心強い言葉をもらい、私は涙が溢れた。
知らない場所で産んで育てるのには不安しかないけど、ここにいる人たちが応援してくれてる。
その気持ちを糧に、この子を大切に守りたいと思ったのだ。
「よかったな、ハル。旦那も喜ぶだろ。」
「うん、そうだね。」
きっと涼さんはこのことを喜んでくれる。
そう思ったけど・・・私はこのことをすぐに伝えるつもりはなかった。
伝えたい瞬間が・・・私にはあったのだ。
「お兄ちゃん、先生、ありがとうございました。向こうでもちゃんとやっていけそうです。」
そう伝えると、二人は笑顔で手を振ってくれた。
私はここの病院の先生方の名前が書かれた紹介状とカルテをもらい、病院をあとにした。
ーーーーー
ーーーーー
そして・・・出国当日。
「忘れ物ない?家の鍵、閉めるよ?」
大きなスーツケースを持った私たちは、家を出た。
この家はこのままにしておいて、いつか帰ってきたときのために置いておくことに決まったのだ。
「忘れ物はないと思うけど・・・まぁ、あっても取りに帰れないしねぇ・・。」
「まぁ、あったら買うか。よし、タクシーに乗り込もう。」
オフィスビルの前に来てもらっていたタクシーに乗り込み、私たちは住み慣れた場所を離れた。
見慣れた景色を通り過ぎて行き、どんどん空港が近くなってくる。
「しばらく帰ってくる気はないけど・・・ハルは不安?」
心配するように聞いてくれる涼さんに、私は笑顔で返す。
「涼さんがいるから大丈夫だよ。」
「俺もハルがいるから大丈夫。」
二人でおでこをくっつけ、微笑んだ。
そんなことをしてる間にタクシーは空港に到着し、荷物をカウンターに預けにいく。
「じゃあ・・・行こうか。」
そう言って私の手を握ろうとする涼さんの手をかわし、笑顔を向ける。
「ハル・・?」
「涼さん・・・住み慣れた日本を出てオランダに行くけど・・・私たちをどうぞよろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げた。
すると涼さんは私の言葉が気になったようで・・・
「私・・『たち』?」
私は頭を上げ、下腹部をそっと押さえた。
そして微笑みながら涼さんを見ると、涼さんはものすごく驚いた顔を見せたのだ。
「え・・?・・・え!?」
「ふふ、よろしくね?パパ。」
「!!」
涼さんは私をぎゅっと抱きしめた。
いつもならもっと力いっぱい抱きしめてくれるのに、今日はなんだか少し力が弱いみたいに感じる。
それはきっと、お腹の子を気遣ってるからだろう。
「ふふっ。」
「やった・・!やった!!」
喜んでくれる涼さんと一緒に出国ゲートに向かう。
これから先、きっと苦労することがあるだろう。
それでも私はこの人と一緒だったら乗り越えられると思った。
私のことを心から愛し、尊重してくれる人だから・・・。
「さぁ、出発だ。」
私は今日から、愛する人と新しい生活を始める。
「いってきます!」
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
機内にて。
「ねぇ、涼さん?」
「なに?」
「飛行機乗ってからずっとエコー写真見てるけど・・飽きない?」
「全然飽きないよ?」
「もう3時間は見てるよ?」
「うん、飽きない。・・・女の子かなー、男の子かなー・・どっちでもハルに似てたらかわいいだろうなぁー・・。」
「いや、まだわかんないと思うけど・・・」
「ここにこの子がいるのかー・・・パパだよー?」
(うーん・・子煩悩なタイプだろうとは思ってたけど・・・かなり子煩悩だったみたい・・・。)
「この写真、向こう着いたら引きのばして壁紙にしようか!」
「!!・・・それはやめとこうよ・・。」
「そう?すっごくかわいいのになー・・。」
「・・・。」
ーーーーーーーーーーおわり。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
しばらくお話を書けない状態が続いてた時に、なんとか脱出したい思いでかき上げたお話です。
他アカウントを作って投稿してたのですがすずなり。のほうに持ってきました。
登場人物の名前がかぶり始めてますが、気にしないでいただけたら幸いです。
捻りだす思いで書いたので、誤字脱字あると思います。
そして表現不足はものすごくあると思うのですが、日々・・・日々精進してまいりますのでご容赦くださいませ。
この作品を読んでくださった全てのみなさまに、毎日小さな幸せが降り注ぎますように。
そしてまたお会いできる日を楽しみに。すずなり。
お昼に兄の病院を訪れた私は、いつも通り空いてる診察室で兄と話をしていた。
もう出国する準備が整ってることや、向こうでの暮らしのことを。
「日本食が恋しくなったらいつでも帰って来いよ?」
「ふふっ、じゃあいつものレストランでご飯奢ってね?」
「あぁ。任せろ。」
そんな他愛もない話を1時間ほど続け、私は椅子から立ち上がった。
いつまでもだらだらと話を続けるわけにいかないのだ。
「じゃあ・・・そろそろ行くね。」
そう言うと兄は少し寂しそうに笑った。
「・・・あぁ、身体に気をつけてな。」
「うん、ありがとう。」
踵を返してドアから出ようとしたとき、急に吐き気が襲ってきた。
「うっ・・!」
「!?・・・ハル!?大丈夫か!?」
実際、胃の中の物が出てくるような感じはなかったけど、気分だけ吐き気に襲われたのだった。
「だ・・大丈夫・・・。」
「ちょっとこっち。横になれ。」
「大丈夫だってば・・・。」
「いいから。」
兄に言われ、私は診察室にあるベッドに横にならされた。
兄は熱を計ったり脈に血圧、それに触診をし始める。
「ちょ・・ほんとに大丈夫だから・・・。」
「言葉も通じない国で病院にかかるのは大変だからな、ここで原因がわかるならわかってた方がいい。」
「・・・。」
確かにその通りだった。
この2カ月、オランダ語を猛勉強したけど日本語ほど十分ではない。
専門的な言葉になると更にわからないことだらけだ。
「最近変わったことないか?腹下してるとか、頭痛とか。」
「うーん・・・ないけど・・・」
「ほんとか?よく思い出せ。」
そう言われ、私は昨日のことを思い出した。
一瞬だけだけど下腹部が痛かったことを。
「あー・・お腹痛かった。でもちょっとだけだよ?食べ過ぎかなーって言ってたんだけど・・。」
「食べ過ぎ?下腹部?・・・この辺か?」
兄は私の下腹部をそっと撫でた。
その場所がちょうど昨日痛かった場所だ。
「あ、そこそこ。」
「!!・・・お前、前の生理いつだ?」
「・・・・え?」
そう聞かれ、私は指を折って数えた。
(えーと・・・今月がまだで、先月が・・・あれ?飛んだ?なら前の月は・・・・)
遡ってはみるけど結構来てないことに私は気がついた。
そしてそれが意味することも・・・。
「すぐに尿検査してこい。あと産婦人科に連絡しとくから診察も受けて来い。」
「う・・うん・・・。」
どきどきしながら下腹部を触る。
もしかしたらここに・・・赤ちゃんがいるかもしれないからだ。
「そこのトイレの中に検査の用意が全部あるから。終わったら上の階に行け。俺も行く。」
そう言って兄は診察室の裏から出て行ってしまった。
それを見送り、私は言われたトイレに向かう。
(もし・・赤ちゃんができてたら・・私は向こうで産むの・・?)
途端に不安にかられた言語の壁。
日常会話はなんとか覚えたけど、『産む』ということは日本でだってそう簡単なことではない。
定期的に病院に通い、異常がないか調べてもらわないといけないからだ。
言葉の通じるこの国なら、その不安も『聞く』ということで多少は解消されるだろう。
でも言葉が通じない外国だったら・・・難しくなることは容易に想像できた。
(どうしよう・・・。)
そんな不安を抱えながら尿検査を済ませ、私は兄に言われた産婦人科のあるところへ向かった。
そこではもう兄が手続きしてくれていたのか、一人の看護師さんが私を待っていてくれてた。
「秋篠ハルさん?」
「そう・・ですけど?」
「お待ちしてました。こちらの診察室にどうぞ。」
そう言われ、中に入る。
するとそこに兄と、女性の医師がいたのだ。
「こんにちは、秋篠ハルさん。」
兄よりもかなり年上に見える女医さんは、優しい笑顔で私の名前を呼んでくれた。
「こ・・こんにちは・・・。」
「お兄さんから『妊娠してるかどうかの検査を』と言われてるんだけど合ってますか?」
「はい・・・合ってます・・。」
「じゃあ尿検査の結果から報告させていただきますね。」
女医さんはパソコンを開き、何かを見ていた。
そして私の方に向き直り、笑顔で言った。
「おめでとうございます。妊娠されてますよ。」
その言葉に、私は嬉しさと不安が同時に押し寄せて来た。
涼さんとの赤ちゃんが授かったことはこの上なく嬉しいけど、私は来週この国を出る。
産むとすればオランダで産むことになるのだ。
「?・・・嬉しくないの?」
女医さんに聞かれ、私は思ってることをそのまま聞いた。
海外での出産になることを。
でも私の想像とは違って、女医さんは笑顔で言ったのだ。
「あら、オランダで産むの?素敵ね。」
「え・・?」
『素敵』の意味がわからずにいると、女医さんは1冊のパンフレットのようなものを取り出した。
「これ見て?」
そう言って見せてくれたのはオランダの資料だ。
そこには『オランダの子供は世界で一番幸せだ』と書かれてる。
「世界で一番・・幸せ・・?」
「そう。オランダは日本みたいにエリート教育思考はあまりないの。子供はのびのびと育てることにする家が多くてね、殆どの子供が『幸せ』って答える国なのよ?」
その言葉に私は驚いた。
確かに子育てに関しては軽く涼さんから聞いていたけど、殆どの子供が『幸せ』って答えれるなんてすごいことだからだ。
日本でその問いに『幸せだ』と答えれる数はきっとオランダより少ないだろう。
「だから、素敵よ?不安な気持ちもわかるけど・・・とりあえず写真撮って見ようか。」
「写真・・?」
「そう。こっちの検査室に入ってくれる?」
そう言われ、私は隣にある検査室に足を踏み入れた。
そこには一人掛けの椅子があり、足を乗せる台みたいなものがついてる。
「下着を脱いで座ってね?」
「は・・はい・・・。」
言われるがままに下着を脱ぎ、椅子に座る。
すると椅子が電子音を立てて上昇し始め、台に乗せた足が自動で開かれた。
「!?!?」
「こういうものだから気にしないで?はい、力抜いてー?」
言われるがままに従うと、私のナカに何かが入ってくる感触がした。
「ひぅっ・・!?」
「あ、力入れないでねー?痛いだけだからー。ほら『はー』って言ってごらん?」
「はー・・はー・・はー・・・」
「そうそう、上手。」
ものの数十秒でナカに入れられてた物は抜かれ、椅子は下降していった。
「下着つけてくれて大丈夫よー、履けたら隣の診察室に来てね。」
「はい・・・。」
びっくりな体験をした私はゆっくり下着をつけ、半分よろけながら診察室に戻った。
椅子に座ると女医さんが笑顔で何かを差し出して来た。
「はい、もうだいぶ形がハッキリしてるから実感沸くんじゃない?」
そう言われて差し出されたものを受け取ると、そこに小さな人形のようなものが映っていた。
袋のような物の中に、頭と身体と手のようなものが見える。
「2センチちょっとくらいかな?ママのお腹の中で一生懸命生きてるよ?」
その言葉に私は自分のお腹をそっと撫でた。
ここに・・・この写真の赤ちゃんが入ってるのだ。
「すごい・・・。」
「ふふ。・・・オランダに行くんでしょ?紹介状書いてあげるから一番大きい病院に行きなさい?この病院で名前が有名な人、全員分サイン入れとくからねっ。」
心強い言葉をもらい、私は涙が溢れた。
知らない場所で産んで育てるのには不安しかないけど、ここにいる人たちが応援してくれてる。
その気持ちを糧に、この子を大切に守りたいと思ったのだ。
「よかったな、ハル。旦那も喜ぶだろ。」
「うん、そうだね。」
きっと涼さんはこのことを喜んでくれる。
そう思ったけど・・・私はこのことをすぐに伝えるつもりはなかった。
伝えたい瞬間が・・・私にはあったのだ。
「お兄ちゃん、先生、ありがとうございました。向こうでもちゃんとやっていけそうです。」
そう伝えると、二人は笑顔で手を振ってくれた。
私はここの病院の先生方の名前が書かれた紹介状とカルテをもらい、病院をあとにした。
ーーーーー
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そして・・・出国当日。
「忘れ物ない?家の鍵、閉めるよ?」
大きなスーツケースを持った私たちは、家を出た。
この家はこのままにしておいて、いつか帰ってきたときのために置いておくことに決まったのだ。
「忘れ物はないと思うけど・・・まぁ、あっても取りに帰れないしねぇ・・。」
「まぁ、あったら買うか。よし、タクシーに乗り込もう。」
オフィスビルの前に来てもらっていたタクシーに乗り込み、私たちは住み慣れた場所を離れた。
見慣れた景色を通り過ぎて行き、どんどん空港が近くなってくる。
「しばらく帰ってくる気はないけど・・・ハルは不安?」
心配するように聞いてくれる涼さんに、私は笑顔で返す。
「涼さんがいるから大丈夫だよ。」
「俺もハルがいるから大丈夫。」
二人でおでこをくっつけ、微笑んだ。
そんなことをしてる間にタクシーは空港に到着し、荷物をカウンターに預けにいく。
「じゃあ・・・行こうか。」
そう言って私の手を握ろうとする涼さんの手をかわし、笑顔を向ける。
「ハル・・?」
「涼さん・・・住み慣れた日本を出てオランダに行くけど・・・私たちをどうぞよろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げた。
すると涼さんは私の言葉が気になったようで・・・
「私・・『たち』?」
私は頭を上げ、下腹部をそっと押さえた。
そして微笑みながら涼さんを見ると、涼さんはものすごく驚いた顔を見せたのだ。
「え・・?・・・え!?」
「ふふ、よろしくね?パパ。」
「!!」
涼さんは私をぎゅっと抱きしめた。
いつもならもっと力いっぱい抱きしめてくれるのに、今日はなんだか少し力が弱いみたいに感じる。
それはきっと、お腹の子を気遣ってるからだろう。
「ふふっ。」
「やった・・!やった!!」
喜んでくれる涼さんと一緒に出国ゲートに向かう。
これから先、きっと苦労することがあるだろう。
それでも私はこの人と一緒だったら乗り越えられると思った。
私のことを心から愛し、尊重してくれる人だから・・・。
「さぁ、出発だ。」
私は今日から、愛する人と新しい生活を始める。
「いってきます!」
ーーーーーーーーー
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機内にて。
「ねぇ、涼さん?」
「なに?」
「飛行機乗ってからずっとエコー写真見てるけど・・飽きない?」
「全然飽きないよ?」
「もう3時間は見てるよ?」
「うん、飽きない。・・・女の子かなー、男の子かなー・・どっちでもハルに似てたらかわいいだろうなぁー・・。」
「いや、まだわかんないと思うけど・・・」
「ここにこの子がいるのかー・・・パパだよー?」
(うーん・・子煩悩なタイプだろうとは思ってたけど・・・かなり子煩悩だったみたい・・・。)
「この写真、向こう着いたら引きのばして壁紙にしようか!」
「!!・・・それはやめとこうよ・・。」
「そう?すっごくかわいいのになー・・。」
「・・・。」
ーーーーーーーーーーおわり。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
しばらくお話を書けない状態が続いてた時に、なんとか脱出したい思いでかき上げたお話です。
他アカウントを作って投稿してたのですがすずなり。のほうに持ってきました。
登場人物の名前がかぶり始めてますが、気にしないでいただけたら幸いです。
捻りだす思いで書いたので、誤字脱字あると思います。
そして表現不足はものすごくあると思うのですが、日々・・・日々精進してまいりますのでご容赦くださいませ。
この作品を読んでくださった全てのみなさまに、毎日小さな幸せが降り注ぎますように。
そしてまたお会いできる日を楽しみに。すずなり。
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