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「すみません、診察に来ました。」


受付でそう聞くと、看護師さんたちが兄を呼びに行ってくれた。

兄が私を迎えにくるまで、私は空いてる椅子に座ることにした。


「ふー・・・。」


椅子に座りながら一息つき、辺りを見回せば患者さんたちが通路にたくさんいるのが見える。

今日も病院は忙しそうだ。


「今日は本とか持ってくるの忘れちゃったな。」


いつもなら時間つぶしに色々準備してるのに、今日は何も用意してなかった。

『用意するのを忘れた』というより、何も考えてなかったのだ。


(火事のあとからなんだかぐちゃぐちゃだなぁ・・・。)


生活リズムが乱れてるというか、自分の予定が上手く立てれなくなってるというか・・なんだか変な感じがしていた。

涼さんとの生活は問題もないし、むしろ楽しくて嬉しくて仕方がない。

何が変なのかと考えるけど答えはなかなか出てきてくれなかった。


(難しいなぁ・・・。)


そんなことを考えてるうちに、眠たくなってきてしまった私。

うとうととしながら目を閉じていく。


(最近夜中に・・・目が覚めること多いから・・・)


首をかっくんかっくんしながらなぜか心地いい眠りに落ちかけてる時、肩を叩かれた。


「?」


寝ぼけながらもなんとか目を開け、叩かれた方を見た時、知らない人が私の顔を覗き込んできた。


「!!」

「秋篠先生の妹さんですか?」


若そうな男の看護師さんだった。

少し長めの癖のある髪の毛。

その姿がストーカーとかぶってしまい私は息の仕方を一瞬で忘れてしまった。


「はっ・・!はっ・・!はっ・・!」

「!?・・大丈夫ですか!?」


どう吸えばいいのか、どう吐けばいいのか分からず、胸と口を手で押さえる。

吸ってるのか吐いてるのか分からない状態のなか、私は椅子に座ってることができなくなってしまい、前のめりに倒れた。


「え!?ちょ・・!誰か来てください!!」


私が顔面を打ち付けないように、その看護師さんは支えてくれたけど、嫌悪感が全身を襲う。

触れられたくなくて、逃げたくて、息をしたくて、助けて欲しくて・・・

どうすればいいのか分からずに必死に酸素を取り入れようと口をぱくぱくさせてると、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。


「ハル!!」

「おにぃ・・ちゃ・・・」


その声と一緒に捉えた兄の姿を見て、私の視界が歪み始めた。


(意識・・とぶ・・・)


そう理解した瞬間、歪み始めた視界が真っ暗になっていった。




ーーーーー



「ぅ・・・。」


目が覚めた私の視界に、真っ白な天井が見えた。

消毒液の匂いが鼻を抜け、カチャカチャとハサミや金属の音が聞こえてくる。


(意識失った・・・。)


自分が寝てるのは固いベッドだ。

これは病院の処置室のベッドであって・・・近くに兄がいることは明白。

『心配かけた』と思いながら目線だけで辺りを見回した。

とりあえず緑のカーテンで囲われてて、カーテンの向こうがどうなってるのか全く分からないことだけがわかった。


(点滴されてるし・・・。)


すぐ近くに見えたのは点滴の袋だけ。

その管は私の腕に繋がっていた。

おそらく『貧血』とみなされたのだろう。


(お兄ちゃんを呼ぶべきか・・・来るのを待つべきか・・・。)


そんなことを考えてる時、バタバタと廊下を走る音が聞こえて来た。

『走ってはいけない』と言われていても、急いでる人は走ってしまうことがある。

時々病院の廊下で走ってる人を見かけるなー・・・くらいに考えてると、知った声が聞こえて来たのだ。


「すみません・・!秋篠ハルが倒れたって聞いたんですけど・・・!」


その声の主は涼さんだったのだ。


「え・・・。」


驚きながらも聞こえてくる声に耳を澄ませる。


「少々お待ちくださいね。」


そう看護師さんが答えたあと、少しして兄の声も聞こえ始めた。


「ハルの兄です。ハルはこっちで休んでるんでどうぞ。」

「はい・・!」


二人は私のところに向かいながら話をしてるようで、会話がどんどん近くになってくるのがわかった。


「朝に診察に来てたんですけど具合が悪くなったみたいで倒れたんです。一通り検査をしたのですが、軽い貧血のようで、今、点滴しながら目が覚めるのを待ってる状態です。」

「倒れたって・・・」

「今、あなたと暮らしてるんですよね?火事でマンションに戻れなくなったって聞いてたんで・・・」

「そうです。今朝、一緒に家を出て・・・でも元気そうだったんですけど・・」

「まぁ、精神的疲労もあると思いますよ、先週の事件のことはそう簡単に忘れれるものじゃないですし。」

「それは思うところがあります。ちょっと気になる仕草もありますし・・・。」

「とりあえず目が覚めたら色々問診もしたいところなんで、時間があるのなら側にいてやってくれませんか?」

「あります・・!目が覚めるまで側にいます・・!」

「よかった、俺も仕事がまだあるんで・・・。あ、こっちです。」


そう言って兄が緑のカーテンをシャーッと開けた。


「・・・おはようございます。」


そう伝えると兄は安心したように微笑み、涼さんは私の手を握ってきた。


「おはよ、ハル。」

「ハルっ・・!大丈夫!?」


二人を交互に見ながら私は笑みを溢した。


「うん、ごめんね、心配かけて。」


兄は私の点滴の残量を確認し、腕時計を見た。


「あと30分くらいで点滴終わるからこのまま寝てな。あとで来るから。」

「うん。」

「都築さん、そういうことなので少しここで待っててもらえますか?ちょっと仕事片付けてきます。」

「わかりました。ここにいます。」

「じゃな、ハル。いい子で寝てろよ?」


そう言って兄は仕事に戻って行った。

涼さんは近くにあった椅子を手で取って、私の真横に座る。


「病院から連絡来た時は心臓止まるかと思ったよ・・・。」


そう言われ、私は驚いた。

まさか病院側が涼さんに連絡をしたと思ってなかったからだ。


「え?」

「ハルのお兄さんから電話がかかってきたんだよ。『倒れてだいぶ経つけど目を覚まさないから入院させていいですか?』って。」

「・・・へ!?」

「夕方になってもハルから『帰る』って連絡ないし・・・心配してる時にその電話だよ?慌てて仕事片付けて来たよ・・。」


そう言われ、私は驚きながら身体を起こそうとした。


「『夕方』!?『入院』!?・・・って、今何時!?」


私が起こそうとした身体を、涼さんがまた寝かせるように肩を押してくる。

諦めて頭をベッドに沈めたとき、涼さんが腕時計を見せてくれた。


「今は20時。」

「!?!?」

「このあとのお兄さんの話次第で入院な?」

「う・・・。」


自分が意識を失っていた時間に、頭がくらくらしてきた。

まさかそんな長い間眠っていたなんて・・・自分の身体がどうなってるのか謎だった。


「はぁ・・・。」


ため息をつきながら手をおでこに乗せる。

すると涼さんが何か言いたげに口を開いた。


「あの・・さ・・・」





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