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「はい、圭一さん。おつまみ。」


晩御飯が終わり、片付けも終わったあと、圭一さんはビールを取りにキッチンにやってきた。

それを見て私は作っておいたおつまみを小鉢に乗せ、トレイごと圭一さんに差し出したのだ。


「こんなに作ったのか!?」

「そんなに多くはないと思うけど・・・?」


小鉢は全部で五つ。

ガーリック枝豆と長いものフライ、ピーマンの塩昆布和えにさつまいもとツナのサラダ、それに卵黄をめんつゆで漬けたものだ。


「・・・柚香も一緒に飲む?」


突然そんな提案をしてきた圭一さんだけど、私は首を横に振って答えた。


「すぐ酔っちゃうからやめとく。それにビールは苦くてちょっと・・・」


前に少しだけ飲ませてもらったときに苦かった記憶がある。

甘いのは好きだけど苦いのは得意じゃないのだ。


「甘い酒もあるけど・・・ちょっと今はうちにはないな。」

「ふふ。無理して飲みたいわけじゃないから・・・気にしないで?」


そう言って私は冷蔵庫からりんごのジュースを取り出した。

コップに注ぎ、圭一さんの隣に座りに行く。


「・・・さっき一平から聞いたけど、友達に会ったんだって?」


私が作ったおつまみを口に放り込み、ビールを飲みながら圭一さんが聞いてきた。


「あ、そうなの。施設にいたときの同い年の子なんだけど、中学生くらいのときに里親が決まって引き取られたんだけど・・・・」


私はジュースを飲みながら昔のことと、モールで会って話したことを圭一さんに伝えていった。


「・・・なるほど。元気そうでよかったな。」

「うんっ。まさかあんなところで会うなんて、ほんと偶然ってすごいねぇ・・・」


あそこで私がトイレに行かなければ出会わなかったのだ。

そう考えたら偶然というのは本当にすごいことだと思った。


「・・・『偶然』ねぇ。」


ぼそっと呟くようにして言った圭一さんの言葉は私の耳には届かなかった。


「え?何か言った?」

「いや?何も言ってないよ?」

「そう?」


よくわからないまま、そのままでいると、ビールを飲みほした圭一さんが私の腰に手を回してきた。

圭一さんが軽く酔ってるときはいつもスキンシップが多めになるのだ。


「まだ生理終わらないよな?」

「う・・うん。あと何日かは続くけど・・・・」

「ならキスだけで我慢するか。」

「へっ・・・!?」


驚くと同時に圭一さんは私の顎をすくい、唇を重ねてきたのだ。


「んぅっ・・・・」

「あんまり家事とかしなくていいんだからな?俺は柚香に家事をしてもらいたいわけじゃないから・・・」


そういいながらちゅっ・・ちゅ・・と、私の唇をついばむようにしてキスを繰り返していく圭一さん。

このキスの仕方は、これ以上『できない』時にすることが多い。


「んっ・・・好きだからしてるんだよ?みんなが喜ぶ顔が好きだから・・・」

「まぁ、柚香が好きならいいんだけど・・・。」


私の顔を両手で包みながら、いろんなところにキスをしていく圭一さん。

愛されてることを自覚しながら、私はそのキスに応えていった。

外から『見られてる』ことをすっかり忘れて・・・。




ーーーーー



「・・・組長のあんな顔・・・初めて見た。」


庭にある大きな木にロープで縛られてる俺、陽太は食堂でいちゃつく組長と女の姿を見ていた。

4.0ある視力のおかげで家の中の組長の表情までしっかり見える。


「茉里奈さんと一緒にいた時でもそんな顔しなかったのに・・・」


あの女が気になって仕方ない。

この家にいる時点で誰かの恋人か伴侶なことはわかっていたけど、まさか組長のだとは思わなかったのだ。


「まぁ・・・茉里奈さんに加担した俺が言える立場じゃないか。」


数年前に茉里奈さんと組長が恋人関係にあった時、俺は勝手に茉里奈さんに惚れていた。

我儘なところがかわいいと思っていたのだ。

惚れたことに対して後悔はしてないけど、組を裏切ったことには後悔しかなく、俺はもう一度だけチャンスが欲しかったのだ。

あんな間違い、二度は犯す気はない。


「茉里奈さんが持ち逃げするために盗った金は返した。あとは・・・」


どうすればもう一度この組に尽くせるのかを考えていく。

ここに縛り付けられてることから、完全に排除されることはなさそうだけど、藤沼さんと組長が出す結果によってはもう一度追い出されるか、またどこぞの船に乗せられるか消されるかの三択になってくる。


「俺が組長の女の護衛につけれれば・・・」


腕力と体力においてはこの組で俺の右に出れる者はいない。

それを上手くアピールできれば、もう一度組に戻れる可能性が出てきそうなのだ。


「問題はどうやって接触するか・・・」


組長か、あの女が話をしに来てくれたら一歩進める。

こちらから動くことができない為、待つしか道はないのだ。

だからいつかチャンスが来ると思ってひたすらに外で待つことを覚悟したのだけど、その『時』は思いのほか早くやってくることになる。




ーーーーー



翌日・・・


「・・・あの、ご飯・・食べたほうがいいと思うので持って来たんですけど・・・」


そう言って組長の女が俺の前に現れたのだ。

手には小さな皿があり、その上に大きなおにぎりが二つ乗ってる。


「・・・自分は食べなくても平気ですから。」


正直、何日も食べずにシノギをこなすことだってある。

満足に食べれず、飲み物だって飲めない状況下は慣れてるからこんな状況平気だったのだ。


「一応圭一さんに許可もらって持ってきたんで・・・食べてもいいと思います。」


そう言って組長の女はおにぎりを一つ取り、俺の口元に差し出してきたのだ。


「・・・いただけません。」


組長の女が許可をもらったところで、俺自身が許可をもらってない。

『組に戻っていい』とも言われてない中では何もできないのだ。


「お気遣いは嬉しいですが・・・・」


『自分の処遇がどうなるか決まるまでは何もできない』と伝えようとしたとき、組長の声が聞こえてきたのだ。


「柚香、本当におにぎり持ってきたのか?」


その声は半分驚いてるようで半分呆れたような声。

本当に行動に移すと思ってなかったのだろう。


「私、ちゃんと聞いたよ?」

「いや・・まぁそうだけど・・・」

「?」


あまりにも『裏』をかかない行動に、どう説明したらいいかわからなさそうに、組長は頭を掻き始めた。

そんな組長の姿も初めて見るもので、俺は堪えきれずに笑い出してしまったのだ。


「・・・ははっ。」

「!!・・・笑うな、陽太。」

「すみません。」


変な空気が流れてしまい、どうしようかと悩んでると、組長の女が口を開いた。


「あの・・・あなたはどうして戻って来たんですか?」

「え?」

「お金は全て圭一さんに返したんですよね?ならどこか違うところで暮らすこともできたはずですよね?」


確かにその通りだった。

海外に逃げた茉里奈さんを追うことだってできたし、どこかでひっそりと生きることもできた。

でも・・・


「・・・俺にとって組は家、組長は命の恩人なんです。裏切るようなことをしたのは事実ですけど、帰る場所はここしかない。もう一度・・もう一度だけ許してもらえるなら・・・二度と裏切らないことを誓います。この命で・・・。」


それは本心だ。

俺は『普通』と呼べるような生活はもうできない。


「・・・言葉ではいくらでも言えるだろ。『本心だ』なんて言われても一度は裏切ったんだ。それは覆らない。」


聞き入れてもらうなんてことが地の果てより遠いように聞こえた組長の言葉。

ここで諦めることなんてできない俺は、一か八かで案を持ちかけることにした。


「なら・・・!!証明して見せます!!」

「は・・・?証明?」

「はい!俺に・・・護衛をやらせてください・・・!!」




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