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柚香が圭一さんからプロポーズを受けてる時、カフェのテーブルを見下ろすようにして見ていた茉里奈は手をぎゅっと握って震わせていた。


「・・・なによあれ!!別れ話をしにきたんじゃないの!?」


情報屋を使って集めた話では、二人は喧嘩をきっかけに不仲になっていったハズだった。

1か月もまともに仲直りはできてなく、この水曜日に『話し合いをする』と言ってたから別れ話だと推測していたのだ。


「お二人は愛し合ってるので別れることはありませんよ。」


その言葉が背後から聞こえた茉里奈は振り返った。

背後にいたのは・・・藤沼だ。


「---っ!藤沼・・・っ!」

「あなたと付き合っていた時、あんな顔見せたことありましたか?」


そう言って手を階下に向けた藤沼。

釣られるようにして茉里奈はまた二人を見た。

するとそこには、嬉しそうに笑う圭一の姿があったのだ。


「---ーっ!」

「見せたこと無いでしょう?私だって見たことないですからね。・・・全身にキスマークをつけてもらったこともないでしょう。」

「~~~~っ。」


茉里奈が圭一と付き合っていたとき、夜を共にすることもあったけど、基本的に茉里奈が積極的に動く側だった。

ベッドの中にまでタブレットを持ち込んで仕事をしてる圭一を『その気』にさせようとがんばり、なんとか行為に持ち込むことが殆どだったのだ。


「組長は柚香さまの体の『見えるところ』に必ずキスマークを付けます。自分のものであることを見せつけるために。」

「・・・。」

「・・・おまえにはそんなことしなかったよなぁ?茉里奈。」

「!!」


突然変わった藤沼の口調。

身の危険を感じた茉里奈は、ふと自分の状況を思い出した。

圭一とヨリを戻したい反面、一条組に捕まらないために逃げてることを・・・。


「じゃ・・じゃあ私は出直して・・・」


後退りをしながらゆっくりこの場を離れようとする茉里奈だったけど、背中が誰かにドンっとぶつかってその足を止めた。

ゆっくり振り返ると、そこに・・・黒いスーツに身を包んだガタいのいい男たちがズラッと並んでいたのだ。


「!?!?」

「詰みだな、茉里奈。陽太みたいに真面目に働いて組長に金返せ。・・・長い付き合いだったから後生で選ばせてやるよ。最下層ソープと船、どっちがいい・・・?」


煙草に火をつけ、深く息を吸いながら藤沼は冷ややかな目で茉里奈に聞いた。

もう逃げ場がないことを悟った茉里奈は逃げることを諦め、その腕は一条組の面々に捕まえられたのだった。



ーーーーー



プロポーズが無事終わった俺、圭一は柚香を連れて上の通路に上がった。


「藤沼、捕獲したか?」


藤沼と合流し、部下たちが捕まえてる茉里奈を見て、一安心のため息を漏らす。


「はい、組長。組長の罠にかかりました。」

「よくやった。ついでに柚香の目と耳を塞いでいてくれ。」

「かしこまりました。」


柚香を藤沼に頼み、俺は茉里奈の髪の毛を掴み上げた。


「きゃあ!?」

「『きゃあ』じゃねーよ、喚くな。散々逃げやがって・・・。で?どっちにするんだ?お前ならソープの方が稼げるがな。」


柚香には決して見せない顔をしてる自覚はあった。

恐らく茉里奈も見たことがないんじゃないだろうか。

茉里奈の顔が青ざめ、ガタガタを震え始めていたのだ。


「あ・・あ・・・・」

「腹ん中、売るか?」

「!?そっ・・それは嫌・・っ!」

「ならボロアパートの一室で客取れ。一回3000円、時間は・・・無制限だ。」

「!?!?」

「温情でそこに住まわせてやるよ。・・・よかったなぁ、これで24時間、客を取り放題だ。」

「いっ・・嫌っ・・!お願い!圭一!!」

「連れて行け。」

「いやぁぁっ・・・!!」


部下たちは俺の言葉を聞いて、茉里奈を引きずるようにして連れていったのだった。

俺は藤沼に目と耳をふさがれる柚香を解放しようと思って振り返った。

するとそこに、しっかりと目を開いてじっと見ていた柚香の姿があったのだ。


「・・・は!?柚香!?聞いてたのか・・・!?」

「・・・うん。」


柚香の後ろに立っていた藤沼を見ると、申し訳なさそうに視線を外してるのが見える。


「私が・・・見たいって言ったの。」

「なんで・・・気持ちのいいものじゃないだろ・・・」

「そう・・だね・・・。」


少し悲しそうな顔をする柚香を見て、『だから見せたくなかったのに』と思ったけど、柚香はさっき渡した指輪を俺に見せてきた。


「私は圭一さんの隣にいるって決めたの。だから・・・『知らない』なんてことはない方がいい。圭一さんの全てを知って・・・ずっと側にいたいの。」

「柚香・・・」


柚香は俺が思ってたよりずっと・・ずっと強い女性だったのだ。

いや、前に同棲してた男から受けた扱いを耐えてきたのだから、元々強い女性だったのかもしれない。

俺が・・・勝手に見誤っていただけなのだ。


「・・・そういうとこも好きだよ、柚香。」

「---っ!・・・へへっ、私も好きだよ、圭一さん?」

「あぁ、知ってる。」


腕を広げると、柚香は小走りに走り、飛び込んできた。

小さいようで大きな存在をぎゅっと抱きしめ、『一生守る』と秘かに誓う。


「さっき『決めた』って言ってたけど・・・もう一度ちゃんと返事くれるか?」

「!!」

「俺の側に一生いて欲しい。ずっと俺だけの為に笑ってて欲しい。苦労はさせない・・というのはちょっと無理があるかもしれないけど、俺の一生をかけて守り抜く人になって・・・くれる?」


返事は決まってるはずだ。

それでもほんの少し・・・ほんの少しだけ不安は残る。

柚香はこれから先、何十年とあるだろう人生を俺に明け渡すことになるのだから迷いが少しでもあれば断るか保留にするのが妥当なのだ。

なのに・・・


「ふふっ・・・愛してますよ、圭一さん。私のこと、ずっと・・ずっと守ってくださいね?」

「!!」


柚香は今まで見たことないくらい幸せそうな顔をして微笑んだのだ。


(あぁ・・・俺・・柚香と出会えて本当によかった・・・。)


心から愛してる人に心から想ってもらえる。

そんな奇跡みたいなこと、なかなか出会えるものじゃないのだ。


「任せろ。世界一幸せにする。」

「ふふ。・・・とりあえずケーキ食べに行かない?さっき見たんだけどすごくおいしそうで・・・それに久々のデートだから・・・ゆっくりしたい・・な?」

「ははっ。いいよ?なんなら店ごと買うか?」

「!?・・・ちょ・・それは・・・・」

「冗談だよ。ほら、行こうか。」


腕に閉じ込めていた柚香を解放し、俺は柚香の小さな手を握った。

そしてさっきの席に座り直し、柚香が気になっていたケーキを注文して食べる。

こうやって外でデートすることはあまりできず、柚香に申し訳ない気持ちがこみ上げてくるのがわかった。


「・・・柚香?」

「なぁに?」

「どっか行きたいとことか・・・ある?まとまった休みはちょっと無理だけど、こうやってデートすることってあまりできないから・・・ちょっと甘やかしときたい。」


仕事も忙しいし、組の問題もある。

変に他の組のテリトリーに行くといざこざが怒ったりすることもあるのだ。

でもこうやって柚香が外で喜んでる顔を見てしまうと、『もっと』がでてきてしまうのだ。


「行きたいとこ?・・・うーん・・・」

「今すぐじゃなくてもいい。どこか思いついたら教えて欲し・・・・」


そう伝えたとき、ちょうど柚香のスマホが鳴り始めた。

俺と藤沼夫妻以外に登録してる番号は・・・一つしかない。


「あれ?担当さんからだ・・・・」


そう、柚香のスマホの登録先の残りは仕事関係だけなのだ。


「出たほうがいいんじゃない?」

「う・・うん、ごめんね?」

「大丈夫。」


柚香の仕事は俺の傘下の会社での仕事。

誇りを持ってる仕事だし、柚香が好きでしてることだから止めるつもりないし、邪魔をするつもりもない。

むしろ応援してるくらいだ。


「もしもし?・・・あ、はい。・・・はいはい・・・え!?ほんとですか!?秋ですね!?ありがとうございますー!・・はいっ、失礼しまーす!」


何やら嬉しそうにテンションが上がった状態で電話を切った柚香。

その内容が知りたくて、俺は問う。


「担当さん、なんて?」

「へへっ、実はね?・・・あ!行きたいとこある!連れて行って欲しいの!」

「?・・・どこ?」


柚香は嬉しそうにさっきの電話の内容を俺に話し始めた。


「電話の内容はね、担当さんからだったんだけど、私、ずっと『作り手』さんに会いたいなーって思ってて、打診してもらってたの。」

「あぁ、柚香のデザインした服を各サイズで作る人?」

「そう!でね?その担当さんが作り手さんに連絡を取ってくれて、私が会いたいって言ってることを伝えてくれたそうなんだけど、作り手さんが『是非遊びに来てください』って!」

「おぉ!よかったな!」

「うん!ちょっと遠いから・・・お願いしてもいい・・?」


手を合わせて首を傾げ、お願いしてくる姿はまさに『天使』だった。

かわいすぎるお願いに、『OK』以外の返事は存在すらしない。


「もちろん。どの辺り?日帰りで帰れるかどっか泊まるかが問題になるな。」

「えっと・・・作り手さんが言うには『秋』に来て欲しいって・・・だからまだちょっと先の話なんだけど・・・」

「秋?なんで秋?」

「それはわかんない・・。」


仕事が忙しいからか、何かしら事情があるのかはわからないが、向こうの指定は『秋』。

なら合わせるしかなく、俺たちはこの話をゆっくり進めることにしたのだった。









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