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それからまた時間が流れ、季節は春を迎えようとしていた。

昼は暖かい日がやってきて、縁側で茶々と一緒にうとうととお昼寝をする時間がとても気持ちいい。

睡眠薬の副作用もすっかり抜け、私は普段通りの生活が送れるようになっていた。


「柚香、今日ちょっと頼みごとがあるんだけど・・・」


朝ご飯の片づけをするため、キッチンで洗い物をしてる時、圭一さんが声をかけてきた。


「頼み事?」

「そう。今日、庭師が来る予定で、中庭の掃除とガラス拭きに来るんだけど・・・休憩の時に茶を出してくれないか?」


数か月に一度やって来るという庭師さん。

外から入ってくる砂ぼこりや落ち葉なんかを掃除し、敷き詰めてる石を交換したりガラス窓をきれいに拭いたりしてくれるらしいのだ。


「うん、大丈夫だよ?私の仕事、昨日出したところだからしばらくぼーっと考えるし。」


私が作るデザインは、頭の中でぼやっと考えてから紙に書き始める。

一度書き終わった後は新しい案を考えるために、しばらく『考える』ことになるのだ。


「助かるよ。・・・あ、お弟子さんも来るらしいから二人分な。」

「お茶菓子は?いるなら買ってくるけど・・・」

「茶菓子は一平に用意させるからそれを頼む。」

「・・・うん、わかった。」


圭一さんは私が攫われかけたときから外に買い物に行かせないようにしてる。

今までスーパーや薬局に買い物にいけてたのに、最近じゃお店側が来るようになってしまったのだ。


(心配してくれるのは嬉しいけど・・・自分の目でいろいろショッピングするのも楽しいんだけどなぁ・・・。)


そんなことを思ってると、一平さんがキッチンにひょこっと顔をだした。


「柚香さん!これお願いします!」


そう言って渡してきたのは箱入りのお饅頭だ。


「!!・・・これ・・すっごく有名なところのお饅頭!」


箱に書かれていた名前は『菊野屋』。

国内でも有名な和菓子屋さんだ。


「20個入りですからあとでお茶しましょ!組長が『個数多いやつにしろ』って言ってたんで、『柚香さんに』ですよ!」

「!!」

「柚香、甘いの好きだろ?和菓子の好みはまだ知らないけど・・・。」


圭一さんのこういうところ、嬉しくてにやけてしまう。

でも・・何かしら『柚香に』と言っていつも用意してくれるからか私の体重は増える一方なのだ。


「好き・・だけどちょっと体重が・・・」


この家で暮らすようになってから増えた体重は2キロ。

そろそろセーブしないとと思ってるのに定期的に甘いものが与えられるのだ。


「体重?・・・あぁ、もう少し増やした方がいいな。」

「へっ・・・!?」

「細すぎだろう?今もまだ細いし・・・しっかり食べな?」

「~~~~っ。」


そう言って圭一さんは私の頭を撫で、仕事に行ってしまった。

残された私はお饅頭を見つめ、ため息を漏らす。


「はぁー・・・食べちゃうに決まってるじゃんー・・・。」


美味しそうなお饅頭・・・一つだけにしようと決め、私は庭師さんたちが来るための準備に取り掛かったのだった。




ーーーーー



「今日はよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」


お昼過ぎにやって来た庭師さん二人。

一人は白髪が立派な年配の方と、もう一人は若そうな人だった。

二人とも男の人で、作業着姿だ。


「こちらこそよろしくお願いします。必要なものがあれば仰ってください、ご用意できるものでしたらご用意させていただきますので。」


そう伝えると二人は二手に分かれた。

ご年配の方は屋根から中庭に入って作業し、お弟子さんである若い方はガラスの拭き掃除を始めた。


「あとでお茶、お持ちしますね。」


そう伝え、私は掃除を始めようとタスキを手に取った。

和服での作業はもう慣れたもので、トイレとお風呂を掃除していく。


「今度お湯を張り替えるときは、一番に入らせてもらおうかなー。」


そんなことを思いながら廊下の掃除にとりかかった。

広い廊下を膝をつきながら拭いていくと、中庭の掃除の様子が見えてくる。

脚立で庭の中に入ったご年配の方は松の木の手入れをしながら落ちる松葉を集めてる。

お弟子の方も廊下に脚立を置き、天井から床まで丁寧に拭いていってるのが見えた。


(すごいなぁ・・・。)


綺麗に整えられていく松の木はさっぱりした様子になり、夏に向かっていく感じがした。

地面に敷き詰められてる石もきれいになり、太陽を反射して更に明るく見える。


(このお庭に合うように、きれいにしなくっちゃ。)


そう思い、私は一旦キッチンに戻った。

綺麗に手を洗い、お茶を準備していく。


「・・・あれ?ご年配の方はお茶が入ったことをどうやって伝えたらいいのかな?」


ガラス窓をノックしてお知らせすれば伝わるかな?と思いながら、準備できたお茶を運んでいく。


「ご休憩、どうですか?」


そう言うと窓を拭いていたお弟子さんがガラス窓をノックした。


「師匠、お茶頂きましたよ。」


その音を聞いてか、ご年配の方はスルスルっと脚立を登り、表の玄関から中に入って来てくれたのだ。


「いやはや、すみませんね。」

「いえ、ありがとうございます。こんな素敵にお手入れしてもらって、お庭も喜んでると思います。」


優しそうな庭師さんだからできる技もある。


「貴方は新しい家政婦さんですかな?」


廊下に座り、お茶を飲みながらそう聞いて来た庭師さん。

圭一さんの恋人であることをあまり周知させるのはよくないかと思い、私は首を縦に振った。


「はい。野崎と申します。以後、よろしくお願い致します。」

「随分若い家政婦さんですなぁ。うちの弟子と同じくらいですかな?」

「えーと・・・私はもうすぐ二十歳ですが・・・」


ちらっとお弟子さんを見ると、お弟子さんは飲んでいたお茶の湯飲みを盆に置いた。


「自分は25です。」

「年上・・・でしたねぇ・・・。」

「そうですな。まぁ年も近いことですし、仲良くしてやってくださいな。」


そう言って庭師さんが立ち上がろうとした時、膝から崩れ落ちるようにして倒れるのが視界に入った。

手を伸ばそうにも倒れる方が早くて、庭師さんは廊下に前のめりに倒れてしまったのだ。


「うわぁ・・・!」

「!?・・・だっ・・大丈夫ですか!?」

「師匠・・・!?」




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