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「!?おまっ・・!一条組の若頭!?」

「俺を知ってるのか?まぁ、『若頭』じゃないんだけど・・・話は早いな。」


やっぱり『知ってて』柚香を攫ったらしい二人は、じりじりと後ずさりし始めた。

俺のことを知ってるからか、距離をあけたいようだ。


「柚香を置いて去れ。ならこの場は追わない。」


安全に柚香を取り戻すためにそう持ち掛けたけど、二人は柚香を下ろす気配を見せなかった。

それどころか辺りを見回し、逃げ道を探してるように見える。


「へぇー・・いい度胸だな。俺から逃げれると思うなよ?」


そう言ったと同時に柚香を抱えてないほうの男がナイフを持ち、俺に向かって走ってきた。


「死ねやぁぁ!園田ぁあ!!」

「ナイフくらいで死ぬかよ。」


振り下ろされるナイフを避けながら柚香を抱えてる男に目をやる。

するとそいつはこの場を去ろうと動き出していたのだ。


「ちっ・・!逃がすかよ!!」


俺はジャケットの内側に入れてある拳銃を手に取った。

そして柚香を抱えてる男の足に向けた。


「藤沼!」

「了解です!!」


柚香を抱えてる男の近くにいた藤沼は、合図と共に走り出した。

それと同時に俺は男の足を拳銃で撃ち抜いた。


「うあぁぁぁ!!」


足を撃たれた男はバランスを崩し、その場に崩れていく。

抱えてた柚香を落とすようにして崩れていくけど、そこは藤沼がキャッチしてくれるのだ。


「ぃよっと・・・!組長!柚香さん、保護しました!」


藤沼の言葉を聞き、俺はナイフを持っていた男の足も撃ち抜いた。


「うわぁぁぁっ!!」

「うるせーよ、近所迷惑だろ。」


サイレンサー付きの銃よりうるさく喚く男たちの後始末は他の奴らに任せ、柚香の元へ向かう。


「息は!?」

「してます!」

「よかった・・・」

「はい。・・・でも、これだけの騒ぎなのに目を覚まさないので・・・薬を嗅がされたのではないかと・・。」


俺は柚香の口元に鼻を近づけた。

するとほのかに甘い香りが鼻にかかったのだ。


「吸入系の睡眠薬だな。」

「吸入系って・・・副作用が厄介なやつじゃないですか・・・!」


そう、この薬は手軽に手に入る一方で、副作用が面倒くさいものでもあった。


「家に戻る。車回してくれ。」

「はい!」


俺は柚香を抱きかかえ、藤沼が回してくれた車に乗り込んだ。

すると藤沼がルームミラー越しに柚香を見ていた。


「吸入系なら2時間ほどで目が覚めるんじゃないですか?」

「・・・。」


藤沼の言う通り、この手のタイプは眠りも浅い上に目覚めも早い。

だから手軽に使われるのだけれど・・・


「濃いやつを吸わされたみたいだな。」

「え!?それって・・・・」

「あぁ、副作用がきつく出る。悪いけど藤沼を寄越してくれないか?1週間くらい柚香の世話を頼みたい。」

「承知しました。すぐ連絡します。」

「悪いな、頼んだ。」


厄介なことになると思いながら、俺たちは家に戻ったのだった。




ーーーーー



ーーーーー



翌朝、10時。

まだ目を覚まさない柚香の隣にいると、連絡を受けた藤沼が駆けつけてきた。


「柚香さん・・・!大丈夫ですか・・・!?」


寝てる柚香の側に行き、心配そうに見つめながら持ってきたであろう大きな鞄を床に下ろしてる。


「まだ目は覚ましてない。吸入系の睡眠薬みたいだから副作用が出る。悪いけど柚香の世話を・・・」


そう言った時、柚香の目が薄っすら開いた。


「・・・?」

「柚香・・!目が覚めたか!?」

「ここは・・・・」

「今話す!全部話すから動くなよ!?」


そう言ったけど柚香は俺の方を向いてしまった。


「痛ぃっ・・・!!あぁぁっ・・・!!」

「!!始まったか・・・」


そう、吸入系の睡眠薬の副作用は『目覚めたときに起こる頭痛』だった。

それは薬の濃さによって痛みは変わるのだけれど、柚香は濃いのを吸ってる。

だから今、頭が割れるように痛いのだ。


「いあぁぁ・・!!」

「柚香、聞こえるか?動くと痛むからじっとしろ。」

「あぁぁっ・・!痛い・・・っ!!頭っ・・!割れる・・・っ!!」

「聞こえないか・・・」


襲ってくる痛みに周りの声が聞こえなくなってる柚香。

しばらくすると本能で動くのをやめるだろうけど、こんなことになってしまった報復は・・・しないといけない。


「藤沼。」

「はい。」

「柚香の痛みは二日は続くだろう。薬が抜けきるまでは痛みが続く。」

「はい。」

「俺は一仕事してくるから、その間・・柚香を頼む。」

「承知しました。行ってらっしゃいませ。」


両手で頭を押さえながら痛みに喚く柚香をなだめることもできない俺は、柚香の部屋を出た。

自分の部屋に戻り、服を着替えて運転手に藤沼を呼ぶ。


「宝永会か・・・『礼』はしないとなぁ・・・。」


そう呟き、俺は『仕事』に向かったのだった。



ーーーーー



ーーーーー



組長を後部座席に乗せて運転をしてる俺、藤沼は、ルームミラー越しに組長を見た。

ジャケットの内側にナイフを仕込み、鋭い目をしてる組長は久しぶりに見る。


(一人で宝永会を潰しに行くんだろうなー・・・。)


組長はまだ若頭だったころ、いくつもの組を一人で壊滅させてきた。

その強さは尋常じゃなく、返り血を山ほど浴びて帰って来るのに自分は無傷なのだ。


(あの時は『強さの秘密』みたいなのを知りたかったけど・・・この人、単にめちゃくちゃ強いだけだったんだよなー・・・。)


手合わせを願うと秒で地面を拝むことになり、何度戦っても勝てることはなかった。

この人が味方でよかったと、心底思うときもあるくらいだ。


(茉里奈さんとのことがあってから荒れてた時期もあったけど・・・)


『姐さんポジション』に近い位置にいた茉里奈さんは、A&aの秘書をしていた。

少し我が儘な感じにやられる男は多かったけど、組長は一緒にいる時間が長かったから自然とくっついたようだった。

『買って』と言われたものは全て買い、俺の妻が経営するエステは通った分だけ支払いをしてくれた。

上客と言えば上客になるわけで、妻の店の売り上げにはだいぶ貢献してくれたけど、妻自身はあまり好きではなかったようだ。

よく家で『我が儘』とか『人を見下しすぎてる』とか『園田さまには合わない』とかを繰り返していた。

そんな言葉を組長本人が聞いたら俺の首が飛ぶので抑えさせていたけど・・・


(間違いではなかったんだよなー・・・)


茉里奈さんは組長と付き合いながら俺と同位置にいた『陽太』と付き合っていたのだ。

陽太は組長の側近で、数多くのシノギをこなしていた。

それなりに信用も置いてもらってたのに、ある日、金を持ち逃げしたのだ。


『このお金使って、陽太と海外で暮らすの!今までありがとね!圭一!』


そう言って二人は空港に向かった。

でもそんなことを組長が許すはずもなく、『空港に爆弾を仕掛けた』と嘘の情報を入れて全離着陸を止めたのだった。


(陽太は捕えたけど、茉里奈さんは逃げたんだよなー・・・あれ、多分組長が逃がしたんだと思ったんだけど・・・)


そんなことを考えてるうちに、宝永会の事務所近くについてしまった。

車を止めると組長がゆっくりした動きでドアを開けて降りていく。


「ここで待ってろ。」

「はい。」


そう言って事務所に向かって歩いて行く組長。

滅多に吸わないタバコに火をつけ、黒くて長いコートを風になびかせて歩く後姿はまるで『死神』のようだった。


「ま、宝永会のやつらにとっては死神だろうな。何人生きて出れるんだか・・・。」


その後ろ姿を見送り、俺はこの後に待ち構えてる『後始末』の準備をするためスマホを取り出したのだった。





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