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雪が降りしきる2月最初の月曜日、昼前。

暖房をつけることができない家の中で、私は『絵』を描いていた。

服を5枚は重ね着し、ダウンのコートまで羽織りながら鉛筆と色鉛筆を交互に握ってる。


「・・・くしゅっ。」


部屋の空気が冷たいからか、顔も冷たい。

服から出てる部分は全て冷え切ってしまってる中で、ひたすら描いていく。


「えーと・・ここがこうで・・・ここはこう・・・。」


大きめのスケッチブックで描いていってるのは『服』だ。

ファッションデザイナーをしてる私は、紙に服のデザインを描く仕事を生業としてる。


「お昼までに大まかに決めれたらいいなぁ・・・。・・・くしゅっ。」


肺に入る空気も冷たい中で、ちらっと部屋の時計を見る。

お昼になれば温かい飲み物が飲めるから、そこで暖を取りたいところだ。


「11時すぎ・・・もう食べてもいいかな・・・」


昨日のお昼にうどんを数本食べてから何も食べてない私は、空腹感に襲われすぎていた。

ぐぅぐぅ鳴るお腹は慣れたものだけど、ご飯を食べない限り空腹は解消されない。


「食べて、ぱぱっと仕事終わらせちゃお。」


そう思い、私は仕事用の部屋を出てキッチンに向かった。

朝、保温ポットに入れておいたジャーを開け、具の入ってないコンソメスープの匂いを嗅ぐ。


「おいしそう・・・。」


ゆっくり食べるためにスプーンを取りだし、ジャーにあるスープをすくって口に運ぶ。

すると温かくて味のある液体が、体の中に染み渡るように広がっていった。


「おいしい・・・。」


がぶがぶと飲みたくなる衝動を抑え、ゆっくり口に運んでいく。

今日の晩御飯はあるかどうかわからないから、これでお腹いっぱいにしないといけないのだ。


「節約節約・・・」


そう思いながらスープを口に運んでると、私のスマホの通知音が鳴った。

相手は・・・同棲してる彼氏の健太だ。


『お前の作った弁当、マズすぎ。いつになったら人間が食える弁当作れんだ?』

「・・・。」


メールで伝えられるのは私が作ったお弁当の感想・・いや、評価だ。

毎日こうやってお昼くらいにメールで言われる。


『今日は昨日より3点下がっての21点だな。卵焼きなんかクソマズいし、何だよこのブロッコリー、いろどりのつもりか?』

「・・・。」

『食えたもんじゃなかったから今日も捨てたからなー。いつになったら食える弁当作れるようになるんだよ。こんな弁当食うくらいならゴミ漁って食ってる方がごちそうだわ(笑)』


そんな暴言ばかりが羅列する画面を見つめながら、私は深呼吸をした。

怒りと悲しみを胸の深いところに押し込み、スマホの画面をタップしていく。


『どうしてそんなこと言うの?私、料理は好きだと思ってるんだけど・・・』

『はぁ?思ってたって実力が伴ってなきゃ何の意味も無いだろうが。』

『ちゃんと分量も量ってるし、少しだけ味を見たときだってそんな変な味じゃなかったんだけど・・・』

『お前の味覚が狂ってるからだろ?』

『そんなことないと思うけど・・・』


毎日繰り返される同じ内容のメール。

私がしっかり味見しようものなら怒り散らすことから、強くは言えないでいた。


『無駄にかかった昼飯代、お前が払えよ?食えないもん俺に持たせたんだから『責任』だよなぁ?』

「・・・。」


健太はこうやって何かしら私に『責任だ』と言ってお金を取っていく。

私が稼いでるお金は全て健太が管理をしていているから、そこから取るのだろう。


『いつになったらちゃんとしたメシが食えるようになるんだか。こんなんじゃ結婚はまだまだ先だなー。』


そのメッセージを最後に続きを送られてくることは無かった。

きっとコンビニにご飯を買いに行ったか、仕事に戻ったのだろう。


「はぁー・・・付き合い始めたころはこんなこと言う人じゃなかったのに・・。」


私はテーブルに置いてある紙をじっと見た。

二つに折られたあの紙は『婚姻届』だ。

私が書かないといけないところは全て埋まっていて、あとは健太の記入欄のみの状態になってる。

日付は1年前。

私が19歳になってすぐの、今から半年前のものだ。

彼が婚姻に『納得』したら書く・・と言ってるけど、この様子ならまだまだ先になりそうだ。


「このままずっと一緒にいて・・・私、大丈夫かな・・・。」


そんなことを思ったとき、インターホンが鳴った。

ピンポーン・・という音に、私の心が躍り始める。


「はーい!」


玄関の扉を開けると、そこにいつのも宅急便屋さんが立っていた。

手には少し大きめの箱がある。


「お荷物ですー。野崎 柚香さま宛てですー。」

「ありがとうございますっ。」


荷物を受け取り、サインをして私は自分の部屋に入った。

そして箱を開け、中に入ってる物を取り出していく。


「ふぁ・・・!試作のスカート、めっちゃかわいい・・!」


荷物は私がデザインしたスカートだったのだ。

出来たデザイン案は作り手さんに渡り、実際に作ってもらってからお店に並ぶことになってる。

その試作にあたる一作目は私のもとに届くことになっていて、着心地から微調整に入ることもあるのだ。


「ミックス素材の冬スカート・・・やっぱりかわいい・・・。あ、ニットの白いセーターが合うよね!」


暖房の入ってない寒い部屋で、私は服を脱ぎ始めた。

部屋の空気のほうが冷たいからか、吐く息が白く見える。


「♪~・・・。」


クローゼットに入ってる私の服(過去のデザイン)の中から、思いついた白いニットセーターを引っ張り出し、袖を通していく。

鏡を見ると、半タートルネックとパフスリーブが特徴のニットセーターがミックス素材のスカートによく似合っていた。


「ベレー帽と、黒いショートブーツと・・・」


服に似合うものを選びながら、私は部屋にある時計を見た。

今の時間は11時半。

健太は19時過ぎに帰ってくる。


「宣伝がてらおでかけしてこよっ。」


私は服が入っていた箱の中から『納品書』を取り出した。

この納品書は形だけのもので、内容は服のサイズと使用生地、あとサイズ展開が書いてあるものだ。

私が契約してる会社が送ってくれるものなのだけれど、この納品書の他にもう一つ、紙が入ってる。

その紙は、『カフェのドリンクチケット』なのだ。


「担当さん、いつも本当に助かります。」


そう、私の事情を知ってくれてる担当さんは、いつも荷物と一緒にチケットを入れておいてくれるのだ。

私の収入は全て健太が管理していて、勝手に引き出そうものなら即バレて怒られるから・・・。


「前にお金を入れておいてくれたこともあったけど、お釣りのお金を持ってたことでバレて怒られたんだよね・・・。」


暴力・・・は、振るわれてないけど、暴言は山ほど浴びせられた。

聞いていて涙が出てくるほど辛かった記憶は・・・まだ新しい。


「甘ーいの飲んでおけばしばらくもつかな?」


ホットチョコレートのドリンクを飲めば体は温まるし、糖分で頭が冴えるだろう。

1カップ全てを飲み干せばお腹にも溜まり、一石三鳥になりそうだ。


「スープの残りは夜に飲むから部屋に置いといて・・・っと。」


残したものだけど捨てることはできない。

なんせ健太にもらえる食費・・・もとい『食材』は、限りなく少ないのだから・・・。


「いってきまーす。」


私は準備を整え、担当さんが入れておいてくれたチケットを持ってカフェに向かったのだった。





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