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桜介が受付に向かってるころ、ゆりは業務に勤しんでいた。
次から次にやってくる外国人のお客さまを案内し、電話もとる。
〖予約はございますか?〗
〖してないんだ…。急ぎで…。〗
〖では担当をお呼びいたしますね。〗
業務をこなしていると、ふと来客の列が途切れたのがわかった。
一息つこうと思って受付の椅子から下りて床に屈む。
そこにおいてある水筒から少しだけカップにお茶を注いで口に入れた時、受付に人がやってきたのだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、英語担当の受付ってどの人?」
自分のことだと思った私だったけど、口に入れたお茶を飲みこまないと顔を上げることはできない。
さっさと飲み込もうとしたとき、真奈美さんと椿さんが驚いたような声を上げた。
「しゃ…社長…!?」
「どうされましたか…!?」
私が一度も見たことがない『社長』が受付にやってきたらしい。
しかも私を探して…。
(え…クレームとかだったらどうしよう…。)
そんなことを思いながら真奈美さんと椿さんを見上げるようにしてみると、二人は私をじっと見ていた。
その視線の方向から、社長は私が屈んでいることを察したようで…
「そこにいるのか?」
「!!」
「ちょ…ちょっと列が途切れたのでお茶を飲んでまして…」
咄嗟に椿さんがフォローしてくれたとき、私はお茶を飲み込むことができた。
ハンカチで軽く口を拭き、ゆっくりと立ち上がる。
「も…申し訳ございません。」
そう言って初めて見る社長に視線を合わせると、なんとそこにサクが立っていたのだ。
「…え?」
「は…?…え!?ユリア!?」
「!?!?」
お互いに口をぽかんとあけたまま見つめあってしまい、私たちは言葉を失っていた。
「ゆりちゃん、社長とお知り合いだったの…?」
真奈美さんに聞かれ、ハッと我に返った私。
それはサクも同じようだった。
〖今日、何時まで?〗
突然オランダ語で言われ、私は戸惑いながらもオランダ語で返した。
〖じゅ…18時…〗
〖終わったら会社の裏口にいて。いい?〗
〖う…うん…。〗
そう言うと、サクは踵を返してどこかへ行ってしまった。
このやり取りを見ていた真奈美さんと椿さんが心配そうに私を覗き込んでいる。
「だ…大丈夫?」
「たぶん…?」
「え、知り合いだったの?」
「知り合いというか…今付き合ってて…」
「え!?」
「え!?」
私は仕事の合間にサクとのことを二人に話していった。
オランダで出会い、日本で再会したもののお互いが務めている会社は知らなかったことなんかを。
「業務内容は知ってたの?」
「社長なことは知ってましたね…。」
「ゆりちゃんが受付してることも?」
「はい。オランダで聞かれたんですけど、確かアムステルダムで働いてるのかって聞かれて…違うって答えたくらいで…。」
「すれ違いにもほどがあるわねぇ…。」
「そうですねぇ…。」
思い返せば、お互いに仕事のことを聞く機会はあった。
でも何かしらそのチャンスは潰れていたような気がするのだ。
(どうしよう…サクが怒るとは思えないけど…)
別に内緒にしていたわけではない。
それはお互いなんだけど…
(とりあえず話をしないと何もならないし…。)
そう考えた私は、目の前の仕事に集中することにした。
ここがサクの会社だということがわかった以上、今よりもっと真摯に仕事しようと思ったのだ。
(あ…日本でサクと再会したときにいた人って、私を面接した人だ!あの人が秘書さんだったのかー…。)
ひとつ合点がいった私は仕事が終わったあと、私服に着替えて会社の裏口に立った。
するとすぐにサクの車が私の前に止まったのだ。
運転しているのは、もちろんサクだ。
「乗って?」
「う…うん…。」
言われるがままに助手席に乗ると、サクは無言のまま車を走らせ始めた。
何から話していいのかわからない私は、とりあえずその無言に付き合ってみる。
しばらくすると車は一軒の料亭の前で止まり、私は車から降りるようにサクに言われた。
ここは、日本でサクと再会したときに来た料亭だ。
(おじいちゃんのとこのお店だ…。)
そんなことを思っていると、サクは私の手を引いて店の中に入った。
「個室いい?」
「これは月島さま!ようこそいらっしゃいませ。個室でしたらいつものお部屋にどうそ。空いておりますので…。」
「ありがとう。」
お店の人の案内もなしに、サクは店の奥に向かって歩き始めた。
そして、サクと一緒にご飯を食べた個室に入り、私は座らされたのだ。
「ごめん。」
サクは、私の向かいに座ったと同時に謝ってきた。
一体何に謝ってるのかわからずにいると、私が聞くより早く、サクはその理由を話し始めたのだ。
「俺が会社の人間のことをちゃんとわかっていたらこんな誤解生まなかったと思う。」
「え?え?」
「調べが足りずにほんとごめん。」
そう言って深く頭を下げていた。
「やっ…!私も知らなかったから…ごめんなさい。」
「ユリアが謝ることじゃないよ。でもうち、日本名の社員しかいなかったと思うんだけど…。」
「!!」
サクの言葉に、私はサクに日本名を名乗ってなかったことを思い出した。
「あっ…!ごめんなさい!」
「?…なにが?」
「私、こっちでの名前をサクに言ってなかったわ!」
「え?こっちでの名前?ユリア・マイヤーが本名じゃないの?」
私は姿勢を正し、胸に手をあててゆっくりと日本名を名乗った。
「秋篠ゆりと言います。」
「…ゆり!?」
「そう、オランダではお父さんの姓でマイヤーを名乗るけど、こっちに来た時に日本の苗字にしたの。そのほうが何かと楽で…」
「え…名前は?ユリアが本名?」
「違うわ、ゆりが本名。オランダではユリアって名前があるから、みんながユリアって呼ぶようになって…」
「あー…。」
なんとなく察しがついてくれたのか、サクは頷いていた。
「つまり、ユリアはこっちに永住?」
「永住といえば永住なんだけど…そもそも私、国籍はオランダじゃないのよ。」
「え!?」
「母の国籍が日本なのと、父親がオランダだから二重国籍だったの。だから二十歳のときにどちらかの国籍を選ぶんだけど、私は日本を選んだのよ。だから…」
基本的に日本に住むことは問題が無い私。
だからパスポートも日本のものなのだ。
「そういうことか…。」
「うん…詳しく話をしたことがなかったよね、本当にごめんなさい。」
いろいろ伝えていなかったことに気がつき、私は反省した。
でも、私の最大の秘密はまだ言えそうにない。
「とりあえず転職の話は無しってことになるな、もううちで働いていたんだし…。」
「そうね、ちょっと同じ受付の人に質問攻めにあいそうだけど…。」
真奈美さんと椿さんには一通り話したけど、ほかの人とシフトが一緒になったときはまた聞かれそうな予感がした。
それもしばらく続けば収まりそうだけど。
「じゃあ、たまにユリアに会いに行こうかな?あ、『ゆり』って呼んだほうがいい?」
「呼び方はどっちも私だから何でもいいけど…、会いに来るのはちょっと…。」
「え…ユリアは俺に会いたくないの?」
「そうじゃなくて…仕事に集中できないじゃない?」
「そう?」
ミスするところを見られたくないし、仕事用の顔を見られるのもどうかと思ったけど、サクは嬉しそうに笑っていた。
「じゃあこっそりにしとく。」
「~~~~っ。」
そのとき、個室にお料理が運ばれてきた。
懐石ほどではないけど、結構な量の和食だ。
自分が勤める会社の社長と一緒に食事をしてることを不思議に感じながら、私はサクと食事を楽しんだのだった。
桜介が受付に向かってるころ、ゆりは業務に勤しんでいた。
次から次にやってくる外国人のお客さまを案内し、電話もとる。
〖予約はございますか?〗
〖してないんだ…。急ぎで…。〗
〖では担当をお呼びいたしますね。〗
業務をこなしていると、ふと来客の列が途切れたのがわかった。
一息つこうと思って受付の椅子から下りて床に屈む。
そこにおいてある水筒から少しだけカップにお茶を注いで口に入れた時、受付に人がやってきたのだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、英語担当の受付ってどの人?」
自分のことだと思った私だったけど、口に入れたお茶を飲みこまないと顔を上げることはできない。
さっさと飲み込もうとしたとき、真奈美さんと椿さんが驚いたような声を上げた。
「しゃ…社長…!?」
「どうされましたか…!?」
私が一度も見たことがない『社長』が受付にやってきたらしい。
しかも私を探して…。
(え…クレームとかだったらどうしよう…。)
そんなことを思いながら真奈美さんと椿さんを見上げるようにしてみると、二人は私をじっと見ていた。
その視線の方向から、社長は私が屈んでいることを察したようで…
「そこにいるのか?」
「!!」
「ちょ…ちょっと列が途切れたのでお茶を飲んでまして…」
咄嗟に椿さんがフォローしてくれたとき、私はお茶を飲み込むことができた。
ハンカチで軽く口を拭き、ゆっくりと立ち上がる。
「も…申し訳ございません。」
そう言って初めて見る社長に視線を合わせると、なんとそこにサクが立っていたのだ。
「…え?」
「は…?…え!?ユリア!?」
「!?!?」
お互いに口をぽかんとあけたまま見つめあってしまい、私たちは言葉を失っていた。
「ゆりちゃん、社長とお知り合いだったの…?」
真奈美さんに聞かれ、ハッと我に返った私。
それはサクも同じようだった。
〖今日、何時まで?〗
突然オランダ語で言われ、私は戸惑いながらもオランダ語で返した。
〖じゅ…18時…〗
〖終わったら会社の裏口にいて。いい?〗
〖う…うん…。〗
そう言うと、サクは踵を返してどこかへ行ってしまった。
このやり取りを見ていた真奈美さんと椿さんが心配そうに私を覗き込んでいる。
「だ…大丈夫?」
「たぶん…?」
「え、知り合いだったの?」
「知り合いというか…今付き合ってて…」
「え!?」
「え!?」
私は仕事の合間にサクとのことを二人に話していった。
オランダで出会い、日本で再会したもののお互いが務めている会社は知らなかったことなんかを。
「業務内容は知ってたの?」
「社長なことは知ってましたね…。」
「ゆりちゃんが受付してることも?」
「はい。オランダで聞かれたんですけど、確かアムステルダムで働いてるのかって聞かれて…違うって答えたくらいで…。」
「すれ違いにもほどがあるわねぇ…。」
「そうですねぇ…。」
思い返せば、お互いに仕事のことを聞く機会はあった。
でも何かしらそのチャンスは潰れていたような気がするのだ。
(どうしよう…サクが怒るとは思えないけど…)
別に内緒にしていたわけではない。
それはお互いなんだけど…
(とりあえず話をしないと何もならないし…。)
そう考えた私は、目の前の仕事に集中することにした。
ここがサクの会社だということがわかった以上、今よりもっと真摯に仕事しようと思ったのだ。
(あ…日本でサクと再会したときにいた人って、私を面接した人だ!あの人が秘書さんだったのかー…。)
ひとつ合点がいった私は仕事が終わったあと、私服に着替えて会社の裏口に立った。
するとすぐにサクの車が私の前に止まったのだ。
運転しているのは、もちろんサクだ。
「乗って?」
「う…うん…。」
言われるがままに助手席に乗ると、サクは無言のまま車を走らせ始めた。
何から話していいのかわからない私は、とりあえずその無言に付き合ってみる。
しばらくすると車は一軒の料亭の前で止まり、私は車から降りるようにサクに言われた。
ここは、日本でサクと再会したときに来た料亭だ。
(おじいちゃんのとこのお店だ…。)
そんなことを思っていると、サクは私の手を引いて店の中に入った。
「個室いい?」
「これは月島さま!ようこそいらっしゃいませ。個室でしたらいつものお部屋にどうそ。空いておりますので…。」
「ありがとう。」
お店の人の案内もなしに、サクは店の奥に向かって歩き始めた。
そして、サクと一緒にご飯を食べた個室に入り、私は座らされたのだ。
「ごめん。」
サクは、私の向かいに座ったと同時に謝ってきた。
一体何に謝ってるのかわからずにいると、私が聞くより早く、サクはその理由を話し始めたのだ。
「俺が会社の人間のことをちゃんとわかっていたらこんな誤解生まなかったと思う。」
「え?え?」
「調べが足りずにほんとごめん。」
そう言って深く頭を下げていた。
「やっ…!私も知らなかったから…ごめんなさい。」
「ユリアが謝ることじゃないよ。でもうち、日本名の社員しかいなかったと思うんだけど…。」
「!!」
サクの言葉に、私はサクに日本名を名乗ってなかったことを思い出した。
「あっ…!ごめんなさい!」
「?…なにが?」
「私、こっちでの名前をサクに言ってなかったわ!」
「え?こっちでの名前?ユリア・マイヤーが本名じゃないの?」
私は姿勢を正し、胸に手をあててゆっくりと日本名を名乗った。
「秋篠ゆりと言います。」
「…ゆり!?」
「そう、オランダではお父さんの姓でマイヤーを名乗るけど、こっちに来た時に日本の苗字にしたの。そのほうが何かと楽で…」
「え…名前は?ユリアが本名?」
「違うわ、ゆりが本名。オランダではユリアって名前があるから、みんながユリアって呼ぶようになって…」
「あー…。」
なんとなく察しがついてくれたのか、サクは頷いていた。
「つまり、ユリアはこっちに永住?」
「永住といえば永住なんだけど…そもそも私、国籍はオランダじゃないのよ。」
「え!?」
「母の国籍が日本なのと、父親がオランダだから二重国籍だったの。だから二十歳のときにどちらかの国籍を選ぶんだけど、私は日本を選んだのよ。だから…」
基本的に日本に住むことは問題が無い私。
だからパスポートも日本のものなのだ。
「そういうことか…。」
「うん…詳しく話をしたことがなかったよね、本当にごめんなさい。」
いろいろ伝えていなかったことに気がつき、私は反省した。
でも、私の最大の秘密はまだ言えそうにない。
「とりあえず転職の話は無しってことになるな、もううちで働いていたんだし…。」
「そうね、ちょっと同じ受付の人に質問攻めにあいそうだけど…。」
真奈美さんと椿さんには一通り話したけど、ほかの人とシフトが一緒になったときはまた聞かれそうな予感がした。
それもしばらく続けば収まりそうだけど。
「じゃあ、たまにユリアに会いに行こうかな?あ、『ゆり』って呼んだほうがいい?」
「呼び方はどっちも私だから何でもいいけど…、会いに来るのはちょっと…。」
「え…ユリアは俺に会いたくないの?」
「そうじゃなくて…仕事に集中できないじゃない?」
「そう?」
ミスするところを見られたくないし、仕事用の顔を見られるのもどうかと思ったけど、サクは嬉しそうに笑っていた。
「じゃあこっそりにしとく。」
「~~~~っ。」
そのとき、個室にお料理が運ばれてきた。
懐石ほどではないけど、結構な量の和食だ。
自分が勤める会社の社長と一緒に食事をしてることを不思議に感じながら、私はサクと食事を楽しんだのだった。
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