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ーーーーー
ゆりがお昼に行ったと同時に、会社の『従業員専用通路』の扉を開けて入ってきた男がいた。
スーツを纏い、腕に時計をつけ、手にはタブレットを持ってる。
「夕方に来客の予定があっただろう?それ、少しずらせれないか?」
「先方に確認いたします。」
「あと、明日の朝イチで商談が一件入りそうだから営業課の誰かを寄こしてくれ。」
「わかりました。」
そんな会話をしてる二人の関係は社長と秘書。
社長の名前は『月島 桜介』だ。
「あ、そういえば社長、今あの人が来てるそうですよ。」
そう言ったのは秘書の『林田』。
この会社を立ち上げた時からの付き合いで、いつも黒いスーツを着ている。
「『あの人』?あー・・・神田川の娘さん?」
「はい。」
「いつまで来る気なんだか・・・。」
「社長に結婚相手ができるまでじゃないですか?」
「・・・。」
「着きますよー。」
林田がそう言った瞬間、ちょうどエレベーターが最上階に到着した。
扉が開くと同時に、甲高い声が響き渡る。
「もー、遅いですよぉ?麗華、待ちくたびれちゃったー。」
『麗華』と名乗った女性の名字は『神田川』。
髪の毛をゆるふわに巻き、ピンクのワンピースを身に纏っていた。
そして・・・横に大きい。
「これはこれは麗華さん。今日はどんな御用で?」
桜介が営業スマイルで聞くと、麗華は桜介の腕に自分の腕を絡めて身を摺り寄せたのだ。
「今日はいいお返事聞きたくてぇ、こうしてお邪魔させてもらってますぅ。」
「・・・。」
『いい返事』というのは桜介と麗華の将来のこと。
仕事の関係上『婚約』という話が持ち上がっていた。
「それはまた今度ですかね、お互い、心底好きな人と将来を共にしたほうがいいと思いますし。」
「えーっ?麗華は桜介さんと一緒だったら幸せですよぉ?」
「ははっ、ご冗談を。」
腕に絡められた手を解きながら歩いていく桜介は、そのまま社長室の扉に手をかけた。
「仕事がありますのでここで失礼します。林田、お迎えを呼んで差し上げてくれ。」
「かしこまりました。」
林田に麗華を押し付け、桜介は社長室のなかに入っていった。
そして椅子に座り、大きなため息を漏らす。
「はぁー・・・。しんど・・・。」
『神田川 麗華』は大手パソコンメーカーの一人娘。
ネットセキュリティの会社を運営する桜介にとっては切るに切れない相手の一人なのだ。
だから無下にできず、仕事を理由に距離を置くほかなかった。
「まぁ・・パソコンメーカーも大事だけど、俺にとっては顧客の方が大事なんだよなー・・・。」
業界ではすでにトップを走ってる桜介にとって、媒体であるパソコンメーカーはあまり大事ではなかった。
ネットセキュリティを求めてくれる顧客は自分でパソコンやタブレットを持ってるわけだし、今現在会社にあるパソコンは神田川グループの製品ではないのだ。
「そのうち諦めてくれるか。」
そう思った桜介はプライベート用のスマホを取り出した。
着信がないかチェックしてみるも、なんの通知もない。
「・・・さすがにまだ日本には来ないか。」
帰国してから気になるのはユリアのことばかりな桜介は、ふと思いついてパソコンの電源を入れた。
そして検索バーに『ユリア・マイヤー』と打ち込んだのだ。
「モデルの仕事をしてるって言っていたし、こっちからアプローチかけれるところがあるかも・・・」
そう思った桜介だけど、ユリアの名前は検索にヒットしなかったのだ。
いくらスクロールしても『モデル・ユリア』は出てこない。
「しまった・・。モデルの名前が違うのか・・。」
モデルとして活動してるときは『ユリア』という名前ではないのだろうと考えた桜介。
アムステルダムのモデルを片っ端から探していく方法もあったけど、それは途方もない作業になってしまうことから諦めてパソコンの電源を落としたのだった。
「待つしかないのかー・・・。」
仕方なく仕事をしようと桜介が思ったとき、デスクの上にある内線電話が鳴った。
「はい、こちら月島。」
電話をとると、慌てた様子の声が聞こえてきた。
『しゃ・・社長・・!すみません!ちょっと問題が発生しまして・・・!』
「問題?」
『その・・僕、営業課の三室なんですけど、受付に日本語がわからない方がいらっしゃってて対応ができてなさそうなんです・・!』
内線電話の相手、三室は日本語がわからない来客に苦戦してる受付をみかねて桜介に電話を繋いだのだ。
「日本語がわからない来客って・・・英語ができる受付を入れてあるだろう?」
基本的に国内外問わず顧客を持ってることから受付は必ず一人、英語が話せる人を入れてある。
そのことから対応はできるはずだと桜介は思ったのだ。
『それが対応できる受付の人は今、休憩に行ってるらしくていないんです・・!』
「・・・。」
休憩や休みは必ずとらせることをモットーとして掲げてる桜介の会社。
致し方ない状況に、桜介は椅子から立ち上がる。
「わかった、俺が行くからちょっと待っててもらって。」
『すみません・・・!』
「いいって。仕方ないことだ。」
桜介は内線電話を切り、急ぎ足で1階エントランスの受付に向かったのだった。
ーーーーー
一方そのころ、休憩に入っていたゆりはロッカールームでお弁当を食べていた。
旅費を出すために外食なんて贅沢ができないため、自分で作ってきているのだ。
ただ、料理があまり得意でないため、おかずは卵焼きと野菜をちょっと炒めたものくらいだ。
「うーん・・・料理教室に通うべき?でもその分のお金がもったいない・・。」
特に不便を感じていなかったゆりは『このままでいっか。』と楽観的に考えていた。
持って来ていたタンブラーに手を伸ばし、淹れてきた紅茶を一口飲む。
「・・・でもコーヒーはおいしいところのを飲みたい。」
変なこだわりがあるゆりは休憩時間をロッカールームで過ごし、歯を磨いてから受付に戻った。
すると、椿と真奈美がぐったりした様子で椅子に座っていたのだ。
「?・・・どうかしました?」
ゆりの問いに、二人はぐったりしながら口を開いた。
「ゆりちゃん・・・お帰り・・・」
「さっき日本語がわからないお客さまが来ちゃって・・・」
二人はゆりに、言語対応ができなかったことと、そのせいでわざわざ社長が対応しに来たことを話した。
「え!?社長が来たんですか!?」
「そうなのよー・・。」
「雲の上の人に会ったもんだから疲れちゃって・・・」
二人が社長に会ったのは採用面接のときの1回のみだった。
そして今回が2度目にあたることから緊張が半端なかったのだ。
「ゆりちゃんは社長に会ったことなかったんだっけ?」
椿が聞くと、ゆりは椅子に座りながら答えた。
「あー・・そうなんです。私が面接を受けた時は社長は不在で・・代わりに部長が面接をしてくれたんですけど、基本的に多言語で喋れるんで採用は決まってたんです。」
ゆりは日本語と英語のほか、オランダ語、ドイツ語、中国語、韓国語など20以上の言葉が話せることから、応募したと同時に採用が決まっていたのだ。
一応、形だけの面接だけしたのだった。
「まー・・イケメンなんだけどさ、社長。でも経営者だからかオーラが半端ないのよねー・・・。」
「?・・そうなんですか?」
「そのうち会えばわかるよ。」
ぐったりする二人を見て申し訳なさを抱きつつ、ゆりは退勤時間まで仕事に勤しんだのだった。
ゆりがお昼に行ったと同時に、会社の『従業員専用通路』の扉を開けて入ってきた男がいた。
スーツを纏い、腕に時計をつけ、手にはタブレットを持ってる。
「夕方に来客の予定があっただろう?それ、少しずらせれないか?」
「先方に確認いたします。」
「あと、明日の朝イチで商談が一件入りそうだから営業課の誰かを寄こしてくれ。」
「わかりました。」
そんな会話をしてる二人の関係は社長と秘書。
社長の名前は『月島 桜介』だ。
「あ、そういえば社長、今あの人が来てるそうですよ。」
そう言ったのは秘書の『林田』。
この会社を立ち上げた時からの付き合いで、いつも黒いスーツを着ている。
「『あの人』?あー・・・神田川の娘さん?」
「はい。」
「いつまで来る気なんだか・・・。」
「社長に結婚相手ができるまでじゃないですか?」
「・・・。」
「着きますよー。」
林田がそう言った瞬間、ちょうどエレベーターが最上階に到着した。
扉が開くと同時に、甲高い声が響き渡る。
「もー、遅いですよぉ?麗華、待ちくたびれちゃったー。」
『麗華』と名乗った女性の名字は『神田川』。
髪の毛をゆるふわに巻き、ピンクのワンピースを身に纏っていた。
そして・・・横に大きい。
「これはこれは麗華さん。今日はどんな御用で?」
桜介が営業スマイルで聞くと、麗華は桜介の腕に自分の腕を絡めて身を摺り寄せたのだ。
「今日はいいお返事聞きたくてぇ、こうしてお邪魔させてもらってますぅ。」
「・・・。」
『いい返事』というのは桜介と麗華の将来のこと。
仕事の関係上『婚約』という話が持ち上がっていた。
「それはまた今度ですかね、お互い、心底好きな人と将来を共にしたほうがいいと思いますし。」
「えーっ?麗華は桜介さんと一緒だったら幸せですよぉ?」
「ははっ、ご冗談を。」
腕に絡められた手を解きながら歩いていく桜介は、そのまま社長室の扉に手をかけた。
「仕事がありますのでここで失礼します。林田、お迎えを呼んで差し上げてくれ。」
「かしこまりました。」
林田に麗華を押し付け、桜介は社長室のなかに入っていった。
そして椅子に座り、大きなため息を漏らす。
「はぁー・・・。しんど・・・。」
『神田川 麗華』は大手パソコンメーカーの一人娘。
ネットセキュリティの会社を運営する桜介にとっては切るに切れない相手の一人なのだ。
だから無下にできず、仕事を理由に距離を置くほかなかった。
「まぁ・・パソコンメーカーも大事だけど、俺にとっては顧客の方が大事なんだよなー・・・。」
業界ではすでにトップを走ってる桜介にとって、媒体であるパソコンメーカーはあまり大事ではなかった。
ネットセキュリティを求めてくれる顧客は自分でパソコンやタブレットを持ってるわけだし、今現在会社にあるパソコンは神田川グループの製品ではないのだ。
「そのうち諦めてくれるか。」
そう思った桜介はプライベート用のスマホを取り出した。
着信がないかチェックしてみるも、なんの通知もない。
「・・・さすがにまだ日本には来ないか。」
帰国してから気になるのはユリアのことばかりな桜介は、ふと思いついてパソコンの電源を入れた。
そして検索バーに『ユリア・マイヤー』と打ち込んだのだ。
「モデルの仕事をしてるって言っていたし、こっちからアプローチかけれるところがあるかも・・・」
そう思った桜介だけど、ユリアの名前は検索にヒットしなかったのだ。
いくらスクロールしても『モデル・ユリア』は出てこない。
「しまった・・。モデルの名前が違うのか・・。」
モデルとして活動してるときは『ユリア』という名前ではないのだろうと考えた桜介。
アムステルダムのモデルを片っ端から探していく方法もあったけど、それは途方もない作業になってしまうことから諦めてパソコンの電源を落としたのだった。
「待つしかないのかー・・・。」
仕方なく仕事をしようと桜介が思ったとき、デスクの上にある内線電話が鳴った。
「はい、こちら月島。」
電話をとると、慌てた様子の声が聞こえてきた。
『しゃ・・社長・・!すみません!ちょっと問題が発生しまして・・・!』
「問題?」
『その・・僕、営業課の三室なんですけど、受付に日本語がわからない方がいらっしゃってて対応ができてなさそうなんです・・!』
内線電話の相手、三室は日本語がわからない来客に苦戦してる受付をみかねて桜介に電話を繋いだのだ。
「日本語がわからない来客って・・・英語ができる受付を入れてあるだろう?」
基本的に国内外問わず顧客を持ってることから受付は必ず一人、英語が話せる人を入れてある。
そのことから対応はできるはずだと桜介は思ったのだ。
『それが対応できる受付の人は今、休憩に行ってるらしくていないんです・・!』
「・・・。」
休憩や休みは必ずとらせることをモットーとして掲げてる桜介の会社。
致し方ない状況に、桜介は椅子から立ち上がる。
「わかった、俺が行くからちょっと待っててもらって。」
『すみません・・・!』
「いいって。仕方ないことだ。」
桜介は内線電話を切り、急ぎ足で1階エントランスの受付に向かったのだった。
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一方そのころ、休憩に入っていたゆりはロッカールームでお弁当を食べていた。
旅費を出すために外食なんて贅沢ができないため、自分で作ってきているのだ。
ただ、料理があまり得意でないため、おかずは卵焼きと野菜をちょっと炒めたものくらいだ。
「うーん・・・料理教室に通うべき?でもその分のお金がもったいない・・。」
特に不便を感じていなかったゆりは『このままでいっか。』と楽観的に考えていた。
持って来ていたタンブラーに手を伸ばし、淹れてきた紅茶を一口飲む。
「・・・でもコーヒーはおいしいところのを飲みたい。」
変なこだわりがあるゆりは休憩時間をロッカールームで過ごし、歯を磨いてから受付に戻った。
すると、椿と真奈美がぐったりした様子で椅子に座っていたのだ。
「?・・・どうかしました?」
ゆりの問いに、二人はぐったりしながら口を開いた。
「ゆりちゃん・・・お帰り・・・」
「さっき日本語がわからないお客さまが来ちゃって・・・」
二人はゆりに、言語対応ができなかったことと、そのせいでわざわざ社長が対応しに来たことを話した。
「え!?社長が来たんですか!?」
「そうなのよー・・。」
「雲の上の人に会ったもんだから疲れちゃって・・・」
二人が社長に会ったのは採用面接のときの1回のみだった。
そして今回が2度目にあたることから緊張が半端なかったのだ。
「ゆりちゃんは社長に会ったことなかったんだっけ?」
椿が聞くと、ゆりは椅子に座りながら答えた。
「あー・・そうなんです。私が面接を受けた時は社長は不在で・・代わりに部長が面接をしてくれたんですけど、基本的に多言語で喋れるんで採用は決まってたんです。」
ゆりは日本語と英語のほか、オランダ語、ドイツ語、中国語、韓国語など20以上の言葉が話せることから、応募したと同時に採用が決まっていたのだ。
一応、形だけの面接だけしたのだった。
「まー・・イケメンなんだけどさ、社長。でも経営者だからかオーラが半端ないのよねー・・・。」
「?・・そうなんですか?」
「そのうち会えばわかるよ。」
ぐったりする二人を見て申し訳なさを抱きつつ、ゆりは退勤時間まで仕事に勤しんだのだった。
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