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楽しかった時間。

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動物園の閉園時間を回って帰路についた俺たちは車に乗っていた。
どこかで晩御飯でも食べて帰ろうという話にはなってるものの、助手席にいる凜華がかわいすぎる行動をしていて困ってる。

「凜華?」
「はい?」
・・・いつまで抱きしめてるの?」

嬉しそうに抱きしめてるのはぬいぐるみ。
キリンのぬいぐるみだ。
動物園の出口付近にあったショップでお互いにグッズを買ったはいいけど、俺が買ったキリンのぬいぐるみを気に入ってしまったようだった。

「かわいくて・・・」
「どっちがかわいいんだか。お揃いで買ったけど両方持って帰る?」

ショップで目を輝かせていた凜華があまりにもかわいくて、『俺に』とグッズを探してくれてるときに同じぬいぐるみを指定したのだ。
両方持って帰らせるつもりだったから、凜華が欲しがれば持って帰ったらいいと思った。
でも・・・

「こっちは近衛さんのですよ?」
「いや、俺は別にいいんだけど・・・」
「近衛さんはこの子、どこに置きます?」
「え?あー・・・棚かな?凜華は?」
「私は枕のとこですね。一緒に寝ますっ。」

俺はこのキリンのぬいぐるみと凜華が一緒に寝てるところを想像した。
抱きしめてすぅすぅ眠ってる姿なんて・・・尊すぎる。

「ははっ、じゃあ俺も枕のとこ置いとく。これで同じだな?」
「!!・・・はいっ。」

嬉しそうに笑う凜華の表情は、今までよりずっと砕けたものだった。
『警察官と市民』という壁が無くなり、ぐっと近づいたから現れた笑顔なのだろう。
それがまた愛おしく思えてしまい、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。

(中学生か・・・。)

もっと大人な対応ができるように自分を自制させながら運転に集中する。

「あ・・・晩御飯何食べたい?あんまり洒落た店は知らないからちょっとがっかりさせるかもしれないけど・・・」

俺が行くような店なんて、中華屋かラーメン屋、定食屋くらいだ。
女の子が好きそうなイタリアンやフレンチ、カフェのような店はほとんど知らない。

「がっかり?」
「お洒落な店が好きだろ?女の子って。」

そう聞くと凜華は少し考えるような仕草を見せた。

「私はどこでも・・・。」
「どこでも?」
「お蕎麦とかうどんとか好きですし、嫌いなものはないんで何でも食べますよ?できればお値段のしないお店のほうが助かりますし・・・?」
「え?」
「あまり外食はしないんでわからないことの方が多いんですよー・・・。借金ありますし・・・。」
「あ・・なるほど。」

自分自身に金をかけれない生活をしてきた凜華。
それが染みついてるのか、庶民的なご飯屋でも大丈夫そうだ。

(キラキラしたとこばっか行きたがるような性格でもないか。)

俺はいつも行く店に向かうことにした。
そこは定食屋で、安くて量もあって美味いところだ。

「凜華、魚好き?」
「好きですっ。」
「ならちょうどよかった。美味いとこあるからそこに行こう。」

俺たちはその定食屋に行き、晩御飯を済ませて家に帰ることにしたのだった。



ーーーーー



「いらっしゃいませー!お二人様ですね?空いてるお席にどうぞー!」

定食屋に着いた俺たちは店の中に入り、空いてる座敷に上がった。
ここは全席が座敷になっていて、靴を脱いで上がるシステムだ。

「ふぁ・・・!畳・・・!」
「珍しいだろ?結構気に入ってるんだよ。」

周りを見ると結構席が埋まっていた。
今の時間が夜8時だから、仕事帰りの人たちが立ち寄ってるのだろう。

「何食べる?カレイの煮つけも美味いし、鯖の味噌煮も美味いよ。」
「え・・・悩んじゃいますね、それ・・・。」

凜華にメニュー表を手渡すと、彼女は真剣に悩み始めた。
あれもいいとかこれも食べたいとか、ぶつぶつ言いながら悩んでる。

「ゆっくり決めたらいいよ。」

そう言って悩む凜華を見つめてると、ふと耳に入ってきた声があった。

「え・・音大って学内でコンクールあんの!?」
「そうなんですよ。・・・っていうか、消防士さんが24時間勤務なの始めて知ったんですけど。」
「あぁ、丸一日働いて二日休みなんだよ。てか学内でコンクールって・・・それ、優勝とかしたらなんかあるの?」
「優勝したら海外の音大に通うチケットみたいなのもらえますね。あとは卒業後の進路に響いたりとか・・・。って、丸一日働くとか無理じゃないです!?絶対寝ちゃう・・・」
「仮眠とれるから大丈夫。・・・じゃあそのコンクールで海外の大学?とか狙ってたりするのか?」

どうも近くの席に座ってる人の会話が聞こえてきたようだ。

(一人は消防士、もう一人は音大生ってとこか?カップル・・にしては会話内容がぎこちない?)

そんなことを考えてると、注文するものを決めたのか凜華がメニュー表をパタンと閉じた。

「お?決まった?」
「はいっ。カレイの煮つけにしますっ。」
「じゃあ俺は生姜焼き定食。すみませーん!」

手を挙げて店員を呼び、俺たちは注文をした。
ほどなくして運ばれてきた定食を二人で平らげ、店を後にする。

「凜華。財布出したらキリン没収するからな。」
「え!?」

そう釘を刺して会計を済ませ、また車に乗り込んでいく。
すると凜華が困ったような顔をしながらリュックを抱きしめていたのだ。

「・・・じゃあ次から共有の財布作ろうか?」

俺は妥協案として共有の財布を提案した。

「共有のお財布・・ですか?」
「そう。デートの前にお互いにその財布にお金を入れる。で、デート中の会計はその財布から出す。・・・これでどう?ちなみに余った分は次のデートに繰り越し。」
「!!・・・はいっ!」
「じゃあ決まり。今日は奢らせてよ?」
「う・・・ごちそうさまです。」

納得してくれた凜華を助手席に乗せ、俺たちは帰路についた。
共有の財布は凜華が『余ってる財布がある』と言ってくれたのでそれを使うことにした。
次のデートが楽しみだ。

(とりあえず10万くらい入れといて、俺が支払いをすれば入れた金額はバレないな。凜華がいくら入れるかはわからないけど、支払金額がわからなければ大丈夫だろう。)

そんなことを考えながら運転し、俺は凜華をアパートに送り届けた。
車から降りた凜華に挨拶をするため、窓を開ける。

「今日はたくさん・・・ありがとうございました。楽しかったです。」
「俺も楽しかった。また出かけような?」
「はいっ。楽しみに・・してます。」
「じゃあ・・・おやすみ。」
「おやすみなさい。」

手を振る凜華を置いて、俺は車を走り出させた。
ルームミラーを見ると、キリンのぬいぐるみを抱いたまま手を振り続けてる凜華の姿が映ってる。

「早く家に入らないと風邪引くぞ?」

そう思うものの手を振ってくれてることが嬉しくて頬が緩んでしまう。

「また明日・・・交番の前で会えるのが楽しみだな。」

俺は嬉しい気持ちを胸に抱きながら、家に帰ったのだった。



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