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秘書佐伯との出会い。

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「し・・慎太郎・・・・」

「家にも帰らねーでどこほっつき歩いてたんだ?俺がずっと待ってやってたのに・・・!」


怖い顔で店の中に入ろうと足を踏み出した慎太郎。

逃げたほうがいいと思いながらも足がすくんで動かない。


(に・・逃げ・・・・)


その時、その慎太郎を追い抜くようにして佐伯さんが店の中に入って来た。


「もー・・桜庭さんっ、このサンドイッチの数、聞いてた数と違うんですけどー?」


そう言ってレジ横のカウンターにサンドイッチボックスを置いた佐伯さん。

行動と声に反して目は後ろの慎太郎を見てるようだった。


「え・・?え?」


戸惑う私に佐伯さんはサンドイッチボックスをがさがさと開け始め、小声で私に言った。


「ほら、合わせてください?」

「!!」


この言葉で『助けに来てくれた』ことを悟った私は数を確認するようにして中を覗き込んだ。


「えーっと・・・確か30個ってお聞きしてましてー・・・」

「32個入ってませんー?頼んだ数より多いんですけどー。」

「あ・・!本当ですね!すみませんー・・・」


そんな会話をしてるうちに慎太郎は舌打ちをしてどこかへ去っていった。

姿が見えなくなるまで視界の端で確認し、完全に見えなくなってから私は安堵のため息を漏らした。


「はぁー・・・・」

「大丈夫ですか?桜庭さん。さっきあの男が見えたんで戻って来たんですよ。」


佐伯さんはサンドイッチを受け取ったあと慎太郎とすれ違ったらしく、その時に『桃のやつどこに逃げたんだ・・・』という慎太郎の言葉を聞いて戻ってきてくれたらしい。

機転の利き方にさすが秘書さんと拍手を送りたいくらいだ。


「すみません、助かりました・・・。ありがとうございます。」

「いえ・・。それにしてもあの男、いつまで桜庭さんに付きまとうつもりなんだか・・・」


佐伯さんの言葉に、私は思わず聞き返した。


「え?佐伯さん、結城さんから事情を聞いてるんですか?」


私が慎太郎と再会した日、結城さんの姿は確認できてるものの佐伯さんの姿は見てなかった。

秘書という立場から知っていてもおかしくはないけど、どこまで聞いてるのか気になったのだ。


「あ、ストーカーまがいのことをされてるということを結城より聞いております。」

「そうなんですか・・。」

「結城が手配したホテルはセキュリティが万全ですので安心かと思いますが・・・あの男、ホテルまで桜庭さんを探しに行ったと報告が来てますのでご注意くださいね?」

「!!・・・はい、ありがとうございます。」


まさかあのホテルまで私を探しにくるとは思ってもみなかった。

もう諦めてもらいたいところだけど、そうは問屋が卸さないらしい。


「はぁー・・・。」


一生ホテル生活なんてできないし、この先どうしようかと思ってため息を漏らすと、佐伯さんは穏やかな笑みを浮かべて私に言った。


「結城に頼めばいいのでは?」

「・・・え?」

「あの男の顔が二度と見たくないのなら結城に頼めばすぐですよ?」


言葉の意味がわからず、私は『?』をいくつも頭の上に浮かべる。


「え?え?・・・ちょっと意味が・・・・」

「簡単なことです。結城に『あの男の顔は二度と見たくない。』とおっしゃられば二度と顔を見ることはありませんよ。大事に想ってる桜庭さんの頼みならなんでも聞きますよ?結城は。」

「????」


佐伯さんはそう言って、開けたサンドイッチボックスを閉じていった。

サンドイッチの数は30個で合っていた。


「じゃあ僕が出たらすぐにお店を閉めてくださいね?また戻って来るかもしれませんから。」

「はい・・・。あの、ありがとうございました。」

「いえ、これも仕事ですから。」


爽やかな笑顔を見せながらお店から出ていった佐伯さん。

機敏な動きに尊敬すら覚えながら、私はお店のシャッターを下ろしに行った。


「ふぅ・・・これでよし。」


ロッカーから鞄を取ってきて支払いを済ませ、私は自分の手帳に挟んである新しい封筒を1枚取り出した。

その中にさっき結城さんから預かった1万円札を入れ、蓋を折る。


「このままお返しして、お返事して・・・今日のことを詳しく説明しないと・・・」


私は時計を見ながら後片付けをし、お店の電気を全て消して裏口に回った。

外の様子を伺おうとそっと扉を開けて見ると、扉のすぐ隣に結城さんの姿があったのだ。


「お疲れさま、桜庭店長。」

「---っ。・・・ありがとうございます。」

「佐伯から聞いてここで待ってたんだけど・・・ちょっとまずそうだから急いで車に乗ろうか。」

「え・・・?」


そう言われた時、結城さんの後ろ・・少し離れたところに慎太郎が壁から覗いてるのが目に入った。

私が出てくるのを待っていたのだろう。


「!!」

「ほら乗って?」


裏口のすぐ前にあった結城さんの車。

助手席の扉を開けられ、私は中に乗り込んだ。

そして扉がすぐに閉められたあと、結城さんは慎太郎をじっと見たあと運転席に乗り込んできた。


「?」

「ちょっと遠回りしてからホテルに戻ろう。タクシーか何かで追いかけてくるかもしれないから。」

「は・・はい・・・・。」


車を走りださせた結城さんは、ホテルとは真反対の方角に向かい始めた。

振り返って後ろを見ると、慎太郎がタクシーに乗り込んで追いかけて来るのが見える。


「!!」

「後ろは見ないで。あいつがいつまでも諦めないから。」

「はっ・・はい・・・・」


言われた通り前を向くものの、慎太郎が気になって仕方がない。

私がホテルから出なければ見つかることは無く、こんなことにはならなかったかもしれない。


(でも・・お客さまのことを考えたら今日から復帰が一番良かったはず・・・)


もし慎太郎に捕まったとしても、無理強いや暴力さえ耐えれば外出や仕事は自由だ。

結城さんにも迷惑をかけることを考えたら、このまま慎太郎に捕まるのが一番いいのかもしれないと考えてしまう自分がいた。

そうすればホテル代もかからないし、私の食事代だって結城さんが肩代わりする必要が無くなってくるのだ。


(でも・・・)


できればこのまま結城さんと一緒にいたいと思っていた。

我が儘かもしれないけど、私のことを心から好きでいてくれて大事だと言ってくれる人の側にいたいと思うのだ。


「・・・何考えてるか当てようか?」


ハンドルを持ってる結城さんが前を見ながらそう言った。


「え・・・・」

「俺、わかるよ?桜庭さんが考えてそうなこと。」

「!!」

「当てる?」


その言葉が怖くなった私は首を横に振った。

きっと当てられてしまうから・・・。


「お話・・したいことがあります。」


前を向いてる結城さんに向かって言うと、彼は真っ直ぐ前を向いたまま黙ってしまった。

そして少しの時間が流れてから、重たそうに口を開いた。


「・・・わかった。あいつ撒くからちょっと待って。」

「はい。」


結城さんは車の車線を変え、高速道路に乗り込んでいった。

この先にあるのは有名な橋で、通行料が高いことでも有名なところだ。


「たぶんここまでは追ってこないと思うんだけど・・・」


私は助手席側にあるミラーを覗き込んだ。

すると少し後ろを走っていたタクシーが車線を変え、高速道路とは違う道に入っていったのが見えたのだ。


「ほんとだ・・・」

「まぁ、終わりのない追いかけっこだからね。向こうの財布が追い付かないんだろう。」


私も利用することがあるタクシーだけど、その料金は決して安いものではない。

乗車賃に加えて高速道路代も払わないといけないものだから慎太郎の所持金じゃ難しかったのだろう。


「ついでだから橋の途中にある展望台行く?そこで話を聞くよ。」

「・・・わかりました。」


空いてる高速道路で窓の向こうを過ぎていく景色を見ながら、私は自分の気持ちを伝えるために心を落ち着かせていった。







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