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知恵熱。

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結城さんと動物園に行った私、桃は『心ここにあらず』状態で半日を過ごした。

いつもなら食い入ってしまう大好きなキリンもペンギンも、ぼーっと見ていてしまい、心配した結城さんがお昼過ぎにホテルまでまた送り届けてくれたくらいだ。


(1週間後に返事・・・・)


私は結城さんの言葉を何度も思い出してこれからのことを考えていた。

『私も好きです』と言えたらどんなにいいだろうとさえ思ってしまう。


(どうしたらいいんだろう・・・。)


この数日間、結城さんは私の為にとたくさんのことをしてくれた。

泊まるところに食事、服と・・・私が困ると思ってしてくれたのだ。

どれもこれも本当に助かるもので、私は結城さんからもらうことしかしてない。


(かかったお金は返すとしても、貰った気持ちは・・・どうしよう。)


溢れんばかりの優しさは私の中で降り積もり、その中にいることが心地よくなってきていた。

この中にずっといれたら幸せだろう。

でも結城さんは有名企業の代表。

私はチェーン店のカフェの店長。

どう考えても釣り合うものではない。


(釣り合わないのは結城さんもわかってるよねぇ・・。)


もうどう考えたらいいのかわからなくなってきてる私は頭がパンクしそうになっていた。


「だめだ・・寝よう・・・」


とりあえずベッドで続きを考えようと思い、私は持ってきてもらった服の山からルームウェアを取り出して着替えた。

薄い黄色で上下揃えられた長袖タイプのルームウェアはゆったりしたタイプで大きな前ボタンがついてる。


「これもかわいい・・・。」


持ってないルームウェアのかわいさに見惚れながら着替え終わり、私はベッドに入った。

この数日、いろんなことが立て続けに起こってるからゆっくり寝ないとどうにかなってしまいそうなのだ。


「家にも帰りたいし、仕事もしたいし・・・はぁー・・・。」


こんな長い休暇は初めてで、時間を潰すことが難しい。

慎太郎さえ来なければこんなことにはならなかったのにと、思ってしまう自分がいる。


「諦めて帰ってくれないかな・・・。」


そんなことを思いながら、うとうとと重たくなってくる瞼を閉じて私は夢の世界に旅立っていった。




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翌日・・・。


「・・・うぁ・・・体が重い・・・」


目が覚めた私は自分の体がとてつもなく重く感じた。

ベッドから起きようにも、腕や足に力が入らないのだ。


「しまった・・・熱が出たかも・・・。」


滅多に風邪なんかひかない私だけど、今回ばかりは知恵熱のようなものがでてしまったようだった。

突然の元カレ襲撃に、ホテル生活、それに常連客からの『付き合って欲しい』という言葉にと雪崩のように押し寄せてきたいろんなことに、頭がパンクしてしまったようだ。


「今日もきっと結城さんが来る・・・もし風邪だったら移すわけにいかない・・・」


私はふらつく体を壁で支えながらリビングにいき、フロントに繋がる受話器を持ち上げた。


『はい、こちらフロントです。桜庭さま、おはようございます。』

「お・・おはようございます・・・」

『どうされましたか?』

「あの・・結城さんが来られたら・・・今日は忙しいから会えないと・・・」

『?・・かしこまりました。』

「お願い・・します・・・」


重だるい体を壁にもたれかからせながら伝え、私は受話器を置いた。


「知恵熱なら・・寝てれば治る・・・」


そう思ってベッドに戻ろうと足を一歩踏み出したとき、ぐらっと視界が揺れた。

自分がどの方向を向いてるのかわからず、危険を感じてその場にしゃがみ込む。


「結構熱が高いかも・・・」


普段と違う環境だからか調子が狂ってしまってる。

這ってベッドに行くこともできそうになく、私は症状が落ち着くまで壁にもたれながら座って過ごすことを選んだ。


「はぁ・・・はぁ・・・寝ればよくなる・・よね。」


座ったままじゃ寝れそうにないけど、立ってるよりはマシなはず。

できるだけ目を閉じるようにして、私は動けるようになるまで待つことにしたのだった。



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桃が熱を出して倒れ込んでる時、結城は車で桃がいるホテルに向かっていた。




「昨日は心ここにあらずだったけど・・・大丈夫かな。」


昨日桜庭さんをホテルに送り届けたあと、俺は仕事を片付けるために会社に戻った。

仕事をしてる間は仕事のことを考えてるけど、ちょっと間が空くと彼女のことを考えてしまう。

前に進もうと思ってくれてるのか、頭を悩ませてしまってる彼女が心配でならない。


「家に戻れるなら戻してあげたほうがいいんだろうけど・・・あの男、まだこの辺りにいるって警察から情報来てるしなぁ・・・。」


なかなか家に戻ってこない彼女にしびれをきらしたのか、この辺りを探してるようだ。

彼女がホテルの外に出たら、すぐに見つかってしまうことは間違いない。

それを阻止するためにも外には出て欲しくないけど・・・


「あの男、決定打が無いから一生付きまとう可能性もあるんだよな。」


法に触れない範囲で桜庭さんの周りをうろつく可能性が高かった。

あわよくば彼女を連れて帰る算段を立ててるかもしれない。


「二度と姿を現せれないようにしたいけど・・彼女が望まない限りできないしな・・・。」


そんなことを思いながら俺は駐車場につき、ホテルの中に足を踏み入れた。

するといつもは静かなホテルのエントランスがガヤガヤと賑やかな雰囲気を漂わせていた。

どうもこのホテルに似つかわしくない客がいたようで、ホテルマン数人がその客を取り押さえていたようだ。


「くそっ・・!放せ!!」

(!!・・あの男・・)


暴れるようなそぶりをみせていたのは男で、その男は桜庭さんが勤めるカフェに押し入った男だった。


(ここまで探しに来たのか・・?)


俺は近くにあったマガジンラックから新聞を一部抜き取り、ソファーに座った。

新聞と自分の手の間から、その男の動向を見る。


「ここに『桜庭 桃』ってやつは泊まってるかって聞いてるだけだろ!?教えろよ!!」

「あいにく個人情報はお教えできませんのでお引き取りくださいませ。」

「はぁ!?どいつもこいつも『個人情報がー』とか言いやがって!!俺は『桜庭 桃』の恋人だ!!あいつは俺無しじゃ生きていけないんだよ!!」

「ご自身でお探しくださいませ。当ホテルは関係ございません。」

「くそっ!!」

「お引き取りを。」


ガタイのいいドアマン数人に引きずられながら、男はホテルの外に放り出された。

それを見ていた他の客たちもざわざわとしていて、エントランスが賑やかだったようだ。


「結城さま・・・!いらしてたんですか?」


支配人が俺に気づき、声をかけてきた。


「あぁ、さっき来たんですよ。」

「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。」

「いや、頼んでていた通りにしてくれて助かりましたよ。・・・あの男、何か他に言ってました?」

「あ・・・その・・・」

「?」


言いにくそうにする支配人は俺に小さく手でジェスチャーを見せてくれた。

その動きから察するに、どうやら『奥で話したい』とのことだ。


「ついていきますね。」

「ありがとうございます。」



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