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かざねの過去。

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夜8時・・・




かざね「ん・・・。」




目が覚めた私はゆっくりと体を起こした。




かざね「あれ・・・私・・・?」




ちーちゃんの寝室で眠ってたっぽい感じがする。

記憶の糸を手繰り寄せると、ちーちゃんに抱かれたことを思い出した。

受け入れた余韻が・・・まだ体に残っている。




かざね「あんなの・・・知らない・・。」




自分の体を抱き締めていると、がちゃっ・・・と寝室のドアが開いた。




千秋「起きたか。」



入ってきたのはちーちゃんだ。



かざね「今って・・・夜?」

千秋「そうだよ。体は?しんどくないか?」



ちーちゃんは私の隣に座った。

おでこに手をあてたり、私の首に手をあてたりしてくる。



かざね「だ・・大丈夫・・・。」

千秋「ならいいけど・・・。晩飯食う?梅さんの作り置きだけど。」

かざね「!・・・食べたいっ。」



私はベッドから下りた。

床に足をついて立ち上がった時、腰に違和感が走る。



かざね「いっ・・・。」

千秋「?・・・どうした?」

かざね「・・・腰が痛い。」

千秋「・・・。」



擦りながら歩き始めると、ちーちゃんが私の体を支えてくれた。



千秋「・・・かざねが細すぎて・・・抱き締めすぎた。ごめん。」

かざね「~~~っ!」



気を失うまで抱かれたことを思い出し、


顔が熱くなっていくのがわかる。




千秋「・・・そんな顔するなよ。」

かざね「えっ?」

千秋「自制心がきかなくなる・・・。」




そっと抱き締められる体。

体に残っていたちーちゃんの熱が呼び起こされそうだ。



かざね「ーーーっ!」

千秋「・・・もう一回抱かれてからメシにするか?」

かざね「~~~っ!・・・ごはんっ!」

千秋「わかってるって。・・・温めてくるから体温・・計っときな。」




そう言ってちーちゃんは私に体温計を渡してきた。



かざね「?・・・もう風邪は治ったよ?」




何日も前に完治して、それから風邪は引いてない。




千秋「かざねの平熱を上げるんだよ。そうしたら風邪は引きにくくなる。」

かざね「そうなの?」

千秋「お前は低すぎるんだよ。ほら、計っとけ。」

かざね「むー・・・。」




渋々体温計を脇に挟んだ。

冷蔵庫の中に入ってたおかずたちをレンジに放り込んでいくちーちゃん。

本当なら私がした方がいいんだろうけど・・・レンジの使い方すらわからない。



ピピッ・・・





千秋「お、鳴った?何度だ?」




私は体温計を取りだした。

表示窓の数字は・・・




かざね「35度2分。」

千秋「・・・やっぱ低いな。」

かざね「・・・もともとは36度ちょっとあったんだよ?」

千秋「じゃあなんで下がった?なんか病気でもしたか?」




ちーちゃんは温めた順番にダイニングテーブルにおかずを並べていく。




かざね「両親が亡くなった後・・・ご飯が食べれなくなって。」

千秋「・・・拒食?」

かざね「実家・・・売ったって言ったでしょ?」

千秋「あぁ。」

かざね「あの事故の後・・・大変で・・・・・・」









ーーーーーーーーーーーーーーー







両親の交通事故のあと、私は支払いに追われていた。



壊してしまった民家の修理。

二人分の葬儀代。

お墓のお金もいる。




大学生だった私は、『家』の『どこ』に『どれだけ』のお金があるのかを知らなかったのだ。




かざね「どうしよう・・・もう1000万近くになってる・・・。」




重なってくる支払い。

私の学費も上乗せしないといけない。




かざね「学校辞める・・・?」



なんでもいいから働いてお金を稼ぐ。

それしか方法はないと思ってた。

そんな時・・・





「この家・・・売ったらどう?」



悩んでるときに提案してきた親せきの人。



かざね「売る・・・?」

「きれいだし・・・売ったら1000万くらいにはなるんじゃない?」

かざね「!!」




1000万あれば支払いが全て終わる。

私の学費も出る。




でも・・・



かざね「思い出が・・・全部無くなる・・・。」




3人でお祝いした誕生日。

泣いた日も、笑った日もあった。

お母さんの作ってくれたごはん。

一緒に遊んでくれたお父さん。

そんな思い出が詰まったこの家を・・・手放すことは・・・。





「『生きてる』あなたのほうが大事だと思うよ?お金を工面できなくて申し訳ないけど・・・。」

かざね「ありがとうございます・・・。」




親切にアドバイスをくれた親せきの人たち。

みんなが帰った後、何日も何日も一人で考えた。

ぼーっと座ったまま、ごはんは殆ど喉を通らない。

ふと・・・リビングを見渡せば目に入るピアノ。

ふわっとかかってる赤のピアノカバーは、お母さんが作ってくれたものだ。





かざね「もうだいぶ弾いてない・・・。」



私はカバーを外し、ピアノの蓋を開けた。

鍵盤に書かれてる『ど』『れ』『み』の文字。

幼いころはどこが『ど』なのかわからず、お父さんが油性のマジックで書いてくれたのだ。

うっすら残ってるその文字をそっと指でなぞる。




かざね「ごめん・・・お父さん、お母さん。・・・この家、手放すよ。」





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