好きすぎて、壊れるまで抱きたい。

すずなり。

文字の大きさ
上 下
20 / 36

残酷な通告。

しおりを挟む
ーーーーー



ーーーーー



「ねぇねぇ、ちょっと大学に行きたいんだけど外出許可くれない?」


一華が前向きになってから4日が経った。

食事も常食になり顔色もいい。

検査もほとんど終わり、後は血液検査とCTくらいなものだ。


「何しにいくんだよ。」


聴診器を片手に聞くと、一華は病院着を引っ張って軽く浮くようにしてくれた。

その隙間に聴診器を滑り込ませていく。


「単位のこととか、この前の実習のこととか確認に行きたい。」

「あぁ、そういうことか。」


大学の通い直しをすることにした一華は、今と同じ大学にもう一度通うか他の大学に行くか悩んでいた。

どうするか決めるために確認したいことがたくさんあるんだろう。


「いいよ?今・・朝10時だから昼はどっかで食って来い。夕方には帰って来いよ?」

「わかった!」


内診を終えると、一華は服を着替え始めた。

倒れた日の服だ。


「そういえばさ、目が覚めた時に私の鞄が無かったんだけど。」

「俺が預かってた。ずっと俺のロッカーに入れっぱだったの思い出して、何日か前に持って来ただろ?」


一華が運び込まれた時、救命センターから一華の荷物を預かっていたのだ。

入院の手続きをしに行ったあと、緊急オペが入って、そのままロッカーに入れっぱなしになってたのだ。


「あ、そうだったんだ。」

「そ。家に一回帰るならパジャマとか持って来いよ?あと3日は退院させないからな。」

「はーい。」


パパっと着替えた一華は荷物を持ち、俺に敬礼のポーズをとった。

それにつられて俺も敬礼のポーズをとる。


「じゃあ行ってきます!」

「気をつけて。」


笑顔で病室を出て行く一華を見送り、俺は後ろ手に頭をかいた。


「・・・にぃちゃんも一応『男』なんだよ・・・堂々と着替えないでくれ・・・。」


そう溢し、俺は仕事に戻って行った。




ーーーーー

桐生side


当直の仕事が終わった俺は帰る前に入院患者を診回っていた。

担当してる患者たちを一通り見て回って、そろそろ戻ろうかと踵を返していた。


「一華の様子が気になるけど・・・小森が『回復してる』って言ってたから・・大丈夫なんだろう。」


内科的な問題なら関与したいところだけど、どこまで首を突っ込んでいいかわからないでいた。


(うーん・・・。)


自分に何かできるんじゃないかと考えながら廊下の角を曲がった時、誰かとぶつかってしまった。


どんっ・・・!


「ふぎゃっ・・・!?」

「わっ・・・!ごめんごめん、前見てなかった・・・って、一華?」


ぶつかった子にケガが無いか覗き込んだら、なんと一華だったのだ。


「!?・・・桐生さん!?」

「もう退院か?」


病院着じゃない、普通の服を着ていた一華。

その姿から退院かとも思ったけど、まだ早いような気もした。


「や・・かずくんに外出許可もらったんで・・・ちょっと・・・おでかけ?」

「おでかけ?まぁ、動けるようになったのはいいけど・・・まだ体力回復してないんじゃないか?」


救急車で搬送されてきてから2週間ほどが経つ。

寝たきりってわけじゃなかったと思うけど少なからず体力は落ちてるハズだ。


「えと・・・大学に用事があって、なるべく早くに行きたくて・・・」


一華の話では、大学で調べものがあるらしく、足を運びたいらしい。

ただそれだけなら別に今日じゃなくてもいい気がするけど・・・


「それが終わったら病院に戻るのか?」

「え?・・・あ、かずくんが『お昼食べてから戻って来い』って言ってたからどこかで食べるのと・・・あと、家に寄って服とか取ってこようかと・・・。」

「そうか・・・。」


荷物を取りに行ったりできるくらい回復してるのは喜ばしいことだけど、状態が状態だっただけに俺は少し不安を感じていた。

急激な血圧の上昇は、またいつ来るかわからないのだ。


「・・・一華、ちょっと待っててくれるか?」

「え?」

「大学まで車で連れてってやるよ。正面入り口のターミナルで待っててくれ。」

「へっ!?」

「いいな?待っとけよ?」


そう言って俺は急ぎ足で更衣室に向かった。

歩きながら白衣を脱ぎ、首から下げていたIDカードも取り払う。


(俺が一緒だったら何かあっても対処できる。ちょうど上がりでよかった。)


一華の体調に気をつけながら大学まで連れて行こうと、俺は支度を急いだ。



ーーーーー



「悪い、待たせた。」


着替え終わった俺は車を病院入り口にあるターミナルに回した。

そこで立っていた一華の前に車を止めて、窓を開けた。


「あの・・ほんとにいいんですか・・?」


遠慮してるのか、一華は車に乗ろうとせずにドアの向こうで立ったまま聞いてきた。


「俺が言いだしたんだし。・・・ほら乗って?」

「じゃあ・・・オジャマシマス・・・。」


ドアをあけて助手席に座った一華がシートベルトをしたのを確認して、俺は車を走らせ始めた。

病院を出て一華の大学に向かう。


「もう大丈夫なのか?小森がだいぶ心配してたけど・・・。」


眠ったきり目を覚まさない一華に頭を悩ませていた小森。

俺も時々様子を見に行って心配してた。


「あ・・・うん、大丈夫ですよー。ちょっと落ち込んでただけなんで・・・。」

「『落ち込んでた』?」

「はい。実はーーーーーーーー」


一華は搬送されて来たあとに大学から送られてきたメッセージを、俺に教えてくれた。

倒れたことで単位取得が困難になってしまったことを。

そのことで『夢』であった幼稚園の先生を諦めなくてはいけなくなり、落ち込んでいたらしいのだ。


「え・・諦めたのか!?」


単位は仕方ないとしても、一華が夢を諦めれると思えなかった。

楽しそうに絵本を作る姿は、見てるこっちまで笑顔にしてくれていたのだ。


「諦めなきゃいけないことに落ち込んでたんですけど・・・かずくんが言ってくれたんです。『もう一度大学に通い直すのはどうだ?』って。」

「あ、なるほどな。」


大学はいくつになっても通えるもの。

大学に通わないと取得できない資格なんかを取るために、何回か通う人もいる。

ただ、金と時間がかかるだけのことなのだ。


「そうなんです。今通ってる大学でもう一度単位の取得ができるのかを確認したくて・・・。」

「それで外出許可取ったのか。」

「はいっ。」


一華は小森から前を向ける材料をもらったことで、止まりかけた時間を進めたみたいだ。

少し痩せてしまってるけど、笑う顔は前のままだった。


「そっか。じゃあしっかり聞いてこい。車で待ってるから。」


そう言った時、一華の通ってる大学が見えて来た。

近くにあるロータリーに車を寄せる。


「行ってきますっ!」


一華は笑顔で車から下りていった。


「・・・元気になってよかった。」


遠くなっていく一華を見つめながらそう呟いた。

眠りから覚めない一華の見舞いは辛かった。

調子が悪いときもあったけど、いつも笑っていた姿が目に焼き付いていたのだ。

目が覚めたと聞いたときは嬉しくて、すぐに見舞いに行きたかったけどなぜか謝絶をくらっていた。

頭に浮かぶのは一華の笑顔だけ・・・

俺はずっと・・・無意識に一華のことを考えていたのだろう。


「小森と一緒に・・・俺も応援してるからな。」


夢を追う一華を秘かに応援しようと俺は決めた。

それがどんな形になるかはわからないけど・・・一華の為に出来ることはしてやりたいと思ったのだ。


「とりあえず・・・小森に頼んで検査結果見せてもらうかな。」


どう応援して行こうか悩みながら一華を待つ俺だったけど、笑顔で車を下りて行った一華が泣き顔で戻ってくるなんて・・・思いもしなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...