今日も冷蔵庫に精霊がいます。

すずなり。

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星見荘の秘密と、静かな笑み

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ある日の夜。

冷蔵庫のドアを閉めたばかりの僕は、静かな台所の灯りに少しだけ癒やされていた。
精霊たちとの日々は、にぎやかで、楽しくて、ときどきちょっとだけ面倒で――
でも、今の僕には確かに欠かせない時間だ。

キュウはいつものようにスカーフをたたみ、スイはごろりと転がっている。
ミルは今日も温度計を点検していて、トーガはなぜか一人で情熱的な踊りの練習中だ。

そんな落ち着いた時間に、コンコンと玄関のドアが叩かれる音が鳴った。

「圭くん、まだ起きてるかしら?」

耳に馴染んだ、やわらかい声――大家さんだ。

「はい、大丈夫ですよ。どうかしました?」

僕はドアを開けて、にこやかな顔の大家さんを迎え入れた。
彼女は両手をそろえながら、ちょっと恥ずかしそうに言う。

「ごめんなさいね、こんな時間に。でも……冷蔵庫、少しだけ見せてもらっていい?」
「……冷蔵庫、ですか?」

突然のお願いに少し戸惑いつつも、僕はうなずいた。
そして、キッチンに案内すると大家さんは懐かしそうに冷蔵庫を見つめる。

「ちゃんと元気に動いてくれてるのね。……ありがとう」

そう言うと、小さくぽんぽんと冷蔵庫の扉を叩く。

「……ありがとう?」

その行動が妙に胸にひっかかって、僕は思わず聞き返してしまった。
すると大家さんは、まるで『懐かしい友だち』を思い出すように、ぽつりぽつりと語り出す。

「昔ね、この部屋に住んでた子がいたのよ。…あなたより少し年下だったかしら。料理なんて全然できなくて冷凍食品ばかり食べてて……」

語りながも、冷蔵庫に触れる大家さんの手は震えていた。
でも、その目は穏やかであたたかい。

「その子ね、ある日こう言ったの。『冷蔵庫の中に、小さな声がするんです』って」

その言葉に、僕の心臓がすっと音を立てて止まった気がした。

「最初はね、変な子ねって思ってたの。でも…だんだん変わっていったのよ。料理を覚えて野菜を使い始めて、食べ物を無駄にしないようにって努力して……」
「その子…どうなったんですか…?」

僕は、その子も精霊たちが見えていたのではないかと考えた。
そうすると、その子の未来は僕の未来だ。
一生このままでないことくらい、頭のどこかではわかっている。
けれど…どんな未来を迎えるのか知りたいと思った。

「今はね、自分のお店を持ってるらしいのよ。小さなカフェをやってるって。電話はもうつながらないけど……最後に出ていくときこう言ったの。『この冷蔵庫が、人生を変えてくれました』って」

僕は視線を冷蔵庫に落とした。

「それってまさか……精霊のことを……」

そこまで言いかけたところで、大家さんはふふっと笑った。

「圭くん。冷蔵庫ってね、すごいのよ」
「……すごい、ですか?」
「だって、命をつないでるのよ?冷やして守って育てて――そして送り出す。……そう考えると不思議とね、『ありがとう』って言いたくなるの」

その言葉に、僕は言いようのないぬくもりを感じた。
まるで、自分の中にあった当たり前が少しずつ塗り替えられていくような感覚だ。

「それにね……」

大家さんは、冷蔵庫の角に貼ってある星型のシールを指差した。

「この星のシール、ずっと前の住人が貼ったのよ。『見守ってくれてる気がする』って言って」
「……」
「圭くんも、冷蔵庫に話しかけたくなったら……素直になってみなさいね?」

くすっと笑うと、大家さんは立ち上がり、玄関へと向かう。

「おやすみなさい、圭くん。冷蔵庫の中、ちゃんと――あたたかくしてあげてね」
「……あ、あたたかく……?」

冷蔵庫に『あたたかく』とは、いったいどういう意味だろうか。
冷蔵庫は漢字の意味のまま、冷やして保存する蔵で、物をしまう庫だ。
あたたかくしては、その意味を崩してしまう。
けれど、その言葉にはなにか意味がある気がして――僕は扉を見つめたまま、立ち尽くしていた。

―――数分後。

大家さんが帰ったあと、冷蔵庫を開けるとスイが半目で「うるさかったっスねぇ…」と寝言のように言った。
それにつられるようにして、キュウが静かに一言。

「……あの人、たぶん知ってるわね」
「え?」
「ううん、なんでもない。おやすみなさい圭くん」

そう言ってスカーフを整えるキュウの横顔が、やけに大人びて見える。

冷蔵庫の奥ではミルがうっすら赤くなりながらサーモチェックを続け、トーガは「熱くなったっすね……」と勝手にまとめていた。

みんな、何かを察しているのかもしれない。
あるいは――知っていて黙っているのかもしれない。

この夜。
僕は初めて『冷蔵庫があることの安心感』を静かにかみしめながら眠りについた。

星見荘の冷蔵庫は、今日も何事もなかったように冷気を送り続ける。
でも僕には、ほんの少しだけその音が―――心臓の鼓動のように思えたのだった。


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