今日も冷蔵庫に精霊がいます。

すずなり。

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赤いほっぺのあの子

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ナースがいなくなってからの数日間、
僕は、少し料理から距離を置いていた。

冷蔵庫を開けると、ふわっと寂しさが広がる。
見た目には何も変わっていないのに、そこには確かに何かが足りない空気があった。

(料理をする気にはなれないけど…それでも食べなきゃいけないよな)

だから、僕は今日もスーパーに来ていた。
カゴに入っているのは、牛乳と菓子パン、あと調味料が少し。

何を作るか、決めていたわけじゃない。
ただ食べるため…それと、冷蔵庫の中を最低限保つことが目的だった。

(……)

僕が肩を落としながら通路を歩いていると、野菜コーナーの前を通りかかった。
そこには鮮やかな赤色のトマトが、つややかに並んでいる。

まるっとしていてみずみずしくて…なんだか笑ってるように見えた。

(……トマ)

胸の奥が、少しだけきゅっとする。

(あの子も、もういないんだよな)

そう思ったはずなのに、気がつけば僕はそのトマトを手に取っていた。

(なんでだろ)

それはわからなかった。

そのままレジに行き、帰宅した僕はスーパーの袋から食材を取り出していく。
牛乳をいつもの場所に置くと、キュウがすこし淋し気な様子を僕を横目で見ていた。
スイもそんな雰囲気を感じ取っているのか、何も言わずにごろんっと向こうを向く。

「ただいま、みんな」

僕はそっとトマトを棚に置いた。
これからは、ここにいるみんなを食べこぼさないことを決め、中になにがあるか確認していく。

「キュウにスイ、レタシィとたま子、あとは―――」

期限が近くないかをひとつひとつ丁寧に見て、メニューを考える。
とりあえず、切って炒めて塩コショウすれば何でもおいしいことはわかっていた。
だから―――

「もう絶対に腐らせないから」

そう宣言したとき、冷蔵庫の棚に置いたトマトがふるっ…と震えたような気がした。
視線をトマトに移すと、霧のようなナニカが浮かび上がり全長15センチほどのかわいらしい姿が現れたのだ。
目はくりくりしていて、トマトみたいな赤いほっぺを持っていて、頭のてっぺんにヘタらしきものがある。

「え……トマ……?」

そう声をかけると、

「……圭くん?」

と、静かな声が冷気とともにふわりと届いた。

「ひさしぶりっ!元気だった!?」

トマは、ぱっと明るく笑って手を振った。
その姿は、あの初日のように元気で、どこか無邪気。

でも、今の僕にはそれがどうしようもなく嬉しくて、苦しかった。

「なんで……」

消えたはずのトマがまた現れたことに驚いた僕は、冷蔵庫の前で涙を零していた。

「…この冷蔵庫はね、『特別』なんだ。ぼくがこの冷蔵庫から消えても、圭くんがトマトを冷蔵庫に入れてくれたらまた生まれる」
「え…?それってどういう―――」
「トマトは、みーんなトマト!…だから、いつだって『ぼく』が生まれるんだよ?」
「!!」

意味は…わからない。
そもそも、食材の精霊が見えること自体、意味がわからないことだ。
でも、僕の目の前にいる精霊たちは、たしかに僕の目には見えている。
これは夢でもなければ妄想の世界でもない。
だけど―――

「……また、会えて嬉しいよ」

その言葉が、声になるころには、僕の喉は少し震えていた。

トマは、僕の指先にそっと触れる。
その手はあいかわらず小さくて、軽くて、
なのに……あたたかかった。

「圭くん、元気なかったね。何があったの?」

久しぶりにトマと再会したこともあり、僕はナースのことを全部トマに話した。
思いがけずたくさんの野菜をもらい、ナースを消えさせてしまったことを。

「大事にしようと思ってた。ちゃんと見てたつもりだったのに……」
「…そっか」

トマの声には、責める響きがなかった。
むしろ、あのときのナースに似ていて、僕はまた胸がきゅっと締めつけられる。

「トマ……僕、怖いと思った」
「うん」
「また、誰かを見落とすんじゃないかって思うと……ちゃんと向き合うのが、怖くなって……」

ぽろぽろと、言葉がこぼれる。
これは、ずっと胸の奥にあった感情だった。
けれど、こうしてトマと再会した今、ようやく自覚したのだ。

トマは、小さくうなずき、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。

「でもさ、それでも見てくれるって嬉しいことなんだよ?ちゃんと名前を呼んでくれるって、すごくあったかいし、圭くんの『ちゃんと大事にしたい』って気持ちはちゃんと伝わってるよ」

僕は、言葉を失った。
なんでだろう。
こんなにちいさな存在に、どうしてこんなにも救われるのかわからない。
でも―――

「……ありがとう」

それしか言葉が出てこなかった。

「じゃあさ、今日はちゃんと食べよ?」

そう言って、トマはぴょんっと冷蔵庫の棚を降り、さっき買ってきたトマトを誇らしそうに指さした。

「今日のぼくも、きっとおいしいよ!」

その言葉に、僕は笑った。

「じゃあ……トマトのパスタ、作ってみようかな」
「わぁ!いいね!いいね!ミルはいる?声かけてあげて!あと、パスタは表示よりも短めに茹でるのがポイントだよ!」
「ははっ、はいはい」

そうして冷蔵庫はまた少しずつ、にぎやかさを取り戻していったのだった。


 
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