盗賊と魔女

星月はる

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少女の力

1 紅玉と少女

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「また金目のモノは無かったか……」

猫のような耳を付けた少年が石造りの小さな遺跡の中から出てくる。
腰のカバンから、遺跡で手に入れたものをいくつか取り出す。

「おーい、まだ寝てんのかー、フリギア」

少年はカバンの側面に付いた小さなポケットの膨らみを人差し指でつつく。
ポケットの中からするりと小さな竜が頭を見せ、その寝ぼけ眼でタクトの顔を覗く。

「ん、終わったか、タクト」

「ああ。イイもんは無かった」

そう言って先ほどいくつか取り出したものを、顔を出しているフリギアに見せる。

「錆びたセルディス銅貨が3枚か」

「昔の国の金だし、またどこかで換金しないと」

そう言って再びカバンにセルディス銅貨をしまう。

「今日は街に戻るのか」

「ああ。もうすぐ夕方だし」



帰路につき、土道に続く街が見える。アクヒサリアの街。
低い城壁から覗かれる教会の屋根と街の一角から昇る蒸気が見えるとどこか安心する。
さっさと銅貨の換金を済ませ、街外れの小さな家に入る。

「タクトか。その辺に座っててくれ」

ガタイの良い男、リナルドはそう告げると奥の部屋へ入っていく。
近くの椅子に座ろうとするも部屋の薄暗さが気になり、机の上のオイルランプに手を伸ばす。
軽く煤を拭き取り、カバンから出ていたフリギアがブレスを吐いて芯に火をつける。

「……腹が減った」

「あとでどっかの店に行こう。どうせリナルドは何も出してくれないしさ」

「何も出なくて悪かったな」

急に聞こえた声に驚く。タクトが脇を見ると、リナルドが不機嫌そうな顔をしていた。そんな顔のまま、左手に持った紙をテーブルの上に置く。

「ほら、ご依頼だ」

「ん、今回はどこ?」

「自分で読め」

早く読めるようになってくれ、と頭を抱えながらリナルドは棚からランタンを取り出す。

「フリギア、火くれ」

「……俺をモノ扱いしないでくれ」

フリギアは小さなため息をこぼしながらテーブルから飛び立ち、リナルドの出したランタンに火を灯す。
左手にランタンを持つと、タクトに告げる。

「物置の整理をしてくるから、用が済んだら出てってくれよ」

そしてそのまま奥へと引っ込んでいく。
ゆらゆらと戻ってきたフリギアはテーブルの上に降りて紙を覗き込む。

「読めたか?」

「ぜんっぜん分からん」

「読めた部分は」

その問に、タクトは指をさして応える。

「宝石と悪事、外出。……あと数字」

「前よりは読めているな」

紙を4つ折りにしてカバンにしまう。

「後で読んでおくから、早く飯にしよう」



まだ日の沈み切る前、酒場に入る。

「うっ……妙に混んでるな」

いつもより強い酒の匂いに驚くも、空いたカウンター席に座る。
タクトはハッキリとした声で、カウンター奥の女性に言った。

「エルネスタさん、いつもの」

「はいはい、ちょっと待っててね」

忙しいエルネスタが答えると、竜がのそのそと出てくる。

「それにしても、やけに狭苦しいな」
ため息混じりに告げる。街の兵だろうか、体格の良い男たちがワイワイと騒いでいる。

「さっきの紙、見せてくれ」

フリギアの前に髪を開いて置く。

「たぶん明日、なんだろうけど」

「ああ、明日だ。この街の北西、大きな屋敷があるだろ」
タクトが頷く。

「そこの家主が明日からしばらく、屋敷を空けるそうだ。で、屋敷にある宝石をごっそりと盗んできて欲しい、と」

「理由は書いてある?」

「どうやらあの屋敷の宝石の大半は、家主が巻き上げたものらしい」

「つまり盗品を盗め、と」

「ほら、いつものお待ち」

エルネスタの元気な声に視線を向けると、カウンターにひと皿の料理が置かれる。肉と野菜の炒め物。それを見るや否や、フリギアは肉を2枚ペロリと平らげる。

「満腹だ」

そう言ってカバンに入っていくフリギアを他所に、タクトは野菜を肉で流し込みながら食べていく。



「あら、この本は?」
リナルドの家に1人の女性、ラウラが入ってきた。

「さっき物置から引っ張ってきたんだ」

ラウラの視線の先、ランプに照らされたリナルドは積まれた本の横で一冊ずつ流し読みをしていた。
「あら、童話ばっかりね」

「簡単な文章ならタクトに丁度いいと思ったんだけどな。思ったより簡単すぎた。それに」
パラパラと読み終えた本をまた一冊積み上げる。

「あの依頼」

「宝石ドロボウの」

リナルドは「ああ」と相槌を返す。

「昔、宝石の出てくる童話を読んだ気がしてな。ちょっと気になったんだ」

「ふぅん、熱心なのね」

「馬鹿言え、半年かけてもまともに読めちゃいないんだぞ。……で、今日は何しに来たんだ」

「あの子に宿の手伝いしてほしかったんだけど、タイミングが悪かったみたいね」

「どうせまた掃除だろ。それくらい自分でやれってんだ」

「あの子の脚ならすぐ終わるのに」

ラウラはいかにも困ったような表情を浮かべる。
「どうせ脚しか取り柄が無いんだ。その辺歩いてりゃ捕まえられるんじゃないか」

「いやよ面倒くさい」
ふふというラウラの笑いに溜息を返す。

「悪への制裁だトレジャーハンターだと意気込んではいるが、やってる事はただの泥棒だ。トレジャーハンターなんか諦めて宿にでも雇ってもらった方が助かる」

「考えておこうかしら。ところで」
そう切り出すラウラに、リナルドは本から目を離して首を向き直す。

「宿の掃除、貴方に手伝ってもらおうかしら」

「早く帰れ!」



小さな一室でタクトは目を覚ます。
エルネスタの厚意で借りている、酒場の二階の部屋だ。
身支度を済ませ、カバンの中のフリギアを指で起こしながら酒場を後にする。

露店も開き始めようかという時間、人目をはばかることもなく悠々と街の北西を目指す。
広い敷地の、木々の茂るところを駆け抜け、屋敷が見えるところで樹に身を隠す。

「人の気配は……あまりないな」

のそのそと出てきたフリギアが告げる。

「もう出ていった後かな」

樹の裏から窓を眺める。どの窓を見ても何かが動く気配はない。
入口の方へ回ると、見張りは2人。屋敷の中にいる人もそう多くはないだろうと踏み、入れそうな窓をひとつひとつ目で確認していくと、二階の角、その窓がいくつか明け放たれているのを見つける。

「俺が行って窓を開けようか」

「いや、あそこなら行けるはず」

そう言うと、タクトは軽く助走をつけて壁めがけて走る。
窓や石壁の窪みを蹴り、まさに猫のごとく軽々と壁を伝い二階の窓へと入り込む。
すぐに辺りを確認する。埃の少ない廊下、人の気配はない。
音を立てないように気をつけながら、とりわけ宝石の置かれていそうな部屋を探す。
三階へと上がりその正面、いかにも家主の部屋らしい大きな扉を見つける。
いったん身を屈めてゆっくりと扉へと近づき、耳を扉に付ける。

(人の気配はない)

それが解ると、しかし音を立てないように慎重に扉を開く。スッと一瞬で中に入り扉を閉める。
部屋は広く、クローゼットや大きなベッドが目を引く。
クローゼットをいくつか確認し、何も隠されていないのを悟るとキャビネットの引き出しに手を掛ける。

「……あった」

投げられたように粗雑に詰められた宝石、そこに明らかに大切な物が入っていそうな箱がひとつ。
指をかけ、箱を開く。

「これは、違うか」

使われた形跡のない小さな指輪。はめられた宝石の煌めきを見て、その箱をそっと閉じる。
周囲の宝石を、カバンに入れられるだけ入れていく。宝石に手を伸ばしていく中で、宝石のそれとは違う感触が指に触れる。それを引っ張り出す。

「ビン?」

手のひらほどの古びたビン、中では丸い紅石がカラカラと音を立てる。
おそらく他と同じく盗品だろうとカバンに入れる。
そのまま、他の宝石にも手を伸ばす。

その時、背後で音がした。

まさか、とタクトが急いで振り向く。が、鳴った音が扉の音ではないことに、振り向いてから気付く。
しかし、そこには人がいた。その背後には扉も、壁さえもない。
少女は宙に浮きながら、一歩ずつ近づいてくる。身に纏う風の流れにタクトの身の毛がよだつ。
後ろへと下がろうとするもののその足はキャビネットに阻まれる。
額の冷や汗すらも凍りそうなおぞましい気配を放つ姿はまさに、

「……魔女」

「タクト!」

フリギアの声に押され、急いでキャビネットから身を離し横に動く。その時、さっきまでタクトのいた場所が縦に切り裂かれる。
その後矢継ぎ早に、少女の手のひらから氷塊を何度か放つ。それをギリギリのところでかわしていく。しかし、

「っ!」

足をつけていた地面が足ごと凍り、まともな身動きが封じられる。

「フリギア!」

「ああ」

フリギアが飛び出し、地面の氷をブレスで溶かす。すぐに飛んできた氷塊を、氷から足を外して避けていく。

しかし避けた先の眼前には、少女の手が伸ばされていた。

かわすほどの余裕はなく、タクトは息を飲む。
掌の中央に冷気が集まっていくも、しかし冷気は霧散する。
それと同時、纏われていた風や凍てついた気配は消え、少女はその場に倒れ込む。
荒い息をしばらく続け、息が整うのを待つ。

「……動かない、のか?」

「魔力が切れたか」

フリギアの説明にようやくタクトは肩の力を抜く。
そしてようやく、部屋の惨状に気が付く。
氷と家具の破片でまみれた部屋。そしてそれ以上に、何処かへと消し飛んだ扉のあった面の壁。

「これは見つかったらまずいな」

「誰か来る前に逃げないと」

急いで逃げられる窓を探し鍵を開ける。

「タクト」
フリギアの声に反応する。

「この娘はいいのか」

そう言われ、倒れた金髪の少女に目をやる。
でも、と迷い、数度ためらったのちに少女へと手を伸ばした。



少女を宿に預け、外へ出た。
リナルドに依頼の結果を告げると、前払いされていたという金を渡された。
宿での食事用に野菜と肉を少し買い、宿へと戻ってくる。
宝石をテーブルの上に無造作に放って椅子に座る。

「争った中でほとんど落としたか」

数えるほどしかない宝石たち。

「どうせ商人の馬車に文句でもつけて巻き上げたんだろう。あとは税の代わりなどと言って奪い取ったあたりか」

フリギアは呆れたように吐き捨てた。

「まったく、食えぬものを集めても仕方ないだろうに」

「はいはい。後でちょっとずつ換金して、今後の足しにしよう」

その時、ベッドの方で鳴った微かな物音にタクトが振り向く。

「大丈夫だ。魔力切れ——マインドブレイクしたらしばらくは魔法は使えん」
それを聞くとタクトはほっと胸を撫で下ろす。

「ただ、あんな魔法の使い方、普通ではないぞ」
フリギアは訝しげに告げた。

「なあ、実はあの屋敷の番だったってことはないかな」

「問題ないだろう。マトモな者なら仕える者の家を壊したりはしない」

「……そうか」

「どちらにしろ、訊きたいことがいくつかある」

宝石の中から、紅玉の入ったビンを手に取る。
「なんでこれだけ瓶に入ってるんだろう」

「わからん」

その時、ベッドの軋む音がして、少女が起き上がった。
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