「ふるさと秋田」短編集

モンキー書房

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ふるさとの文学と読書のつどい 2017 in 横手市

会場潜入レポート(3):表彰式(2)「選考委員(1)」

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「おめでとうございます。それでは、選考委員の方々からご講評をいただきます。はじめに、内館牧子《うちだてまきこ》さまより、お願いいたします」


「内館牧子でございます。おそらく初めて会った青山さんは、朝青龍あさしょうりゅうと喧嘩するほどの女が、なんて優しげで魅力的なんだろうなと怒っていらっしゃることと思います。優しげと言っておきながら選考なんですが……
 やっぱり最後まで残った作品というのは、みなさん書ける力をお持ちの方々だと思いました。ですから、ちょっと厳しいことも申し上げますけれども、小説の部の選考はかなり揉めました。
 三人の選考委員の評点を合計しますと、『秋田駅「待合ラウンジ」』というのと『ヘミングウェイに聞いてみて』「オータムライスフィールドの猫たち』『みずのたたき、てふてふちょうちょの花』、これらがほぼ横一列で並んだのです。それで『蘭画日記帖らんがにっきちょう』っていうのも残っていたんですが、これもとても面白くて一気に読めるんですけれど、やや強引であることと取材の欠陥が目立った、それから犬は偉いと心底思うというのは、ちょっと訴える魅力に欠けるものがありまして、この二作品は最終選考まで残ったんですけれども、受賞の対象にはなりませんでした。
 ほぼ横一列の四作品につきましては、わたし個人は『秋田駅「待合ラウンジ」』というのがとても面白いと思ったんですね。で、ここである多くの人が陥る失敗に、この作品も残念ながら陥っているんです。それはなにかと言いますと、秋田の名所案内になっているんですね。
 秋田駅のラウンジに、いつもいつも座り続ける謎の男がいるんです。この謎の男っていうのがサスペンスで、ぐいぐい巧みに引っ張っていくんですけれども、市内観光が入ってくるんです。この市内観光で興醒めするっていうところがありました。
 で、この『ふるさと秋田文学賞』というと、どうしてもタイトルからしても、名所旧跡や名所案内というものを盛り込まなければいけないっていうふうに、考えている方が多いみたいで、題材として秋田を関係させることと、名所案内というのはまったく別物なんですね。
 だけど、それがどうも一緒になっている。で、名所が出てくることはまったく構わないんですけれども、小説という虚構をぶち壊すみたいに、そこだけガイドブックみたいになってしまっている。それがたいへん惜しいと思いました。
 えー『オータムライスフィールド』、これ秋田っていう意味ですね、『オータムライスフィールドの猫たち』っていうのは、宮沢賢治みやざわけんじをどこか意識した作品で、たいへん面白く書けているんですが、このなかに劇中劇のようなシーンがあるんです。この劇中劇のそういうのが三つ入っているんですね。これちょっと飽きました。
 で『みずのたたき、てふてふの花』は満遍なく点を取りました。淡々と書いていますけれども、心理描写が非常にうまかった。六歳の娘が、まるでダンゴムシみたいに父親を愛しているシーンというのが、なんということもない一行にとてもよく出ていたと思います。
 で『ヘミングウェイに聞いてみて』と最後まで争った一作でした。その『ヘミングウェイ』なんですけども、満遍なく点を取った『オータムライス』とは違って、選考委員の評点がくっきりと分かれた作品でした。それは主人公が『わたし』という女性なんですけども、主人公がかなり面倒くさい女なんですね。それで、この主人公に共感できるか否かというのは、ポイントのひとつだったと思います。面倒くさい女を主人公にしては受けがいいということではなくて、面倒くさい女なんだけれども、どこか共感できる印象があるということが大事だと思うんですけれども、ただ低い点をつけた選考委員もですね、主人公に共感できないものの、この作品が放つ香りというものは、その面倒くさい主人公が醸しているものだということは、十分に承知していました。
 ですから、いいランクにいったわけなんですけれども、わたくしが上手いと思ったのは、風景描写と心理描写が巧みに絡んでいることなんですね。ですから、秋田名所の抱返り渓谷だきがえりけいこくなんかが出てくるんですけども、これはガイドブックになっていない、そしてちゃんと登場人物の心理を浮き彫りにする、ひとつの道具になっている。そこが、とても上手いと思いました。
 それで、作品の長所・短所、魅力というものを再検討し合いまして、そして、文句なしに『ヘミングウェイに聞いてみて』を大賞にして、『みずのたたき、てふてふの花』を佳作にということで決定いたしました。
 えー、随筆・紀行文の部ですけれども、この大賞はすぐに『譲葉』に決まりました。満遍なく高得点を集めましたし、構成も台詞も心理描写も、ほかより抜きんでていました。で、秋田弁の会話が非常によく効いているんですね。火傷やけどをした母親の想いとか、駆けつけた息子の想いなどが、この悲しみと愛おしさというのは、標準語では絶対に出ないものだろうなとおもいました。
 たいへんに秋田弁が上手く効いていて、筆者は通信社の報道記者だということでしたけれども、さすがの一篇だと思いました。
 佳作は『「生きる」父の愛した映画』。で、これも、割とすんなりと決まりました。長男を亡くした悲しみの中で観た映画『生きる』ですね、黒澤明くろさわあきら監督の作品ですけれども、闘病の末に亡くなった父親が愛した映画だった。
 著者は子供を失うという、たいへんに深い深い悲しみを、黒澤映画と父親を重ねて、いいのは抑制のきいた文章で書き上げたことです。切ない分、温かいという、いい一篇だったと思います。
 で、ほかにも最終選考に残ったものが、いくつかありまして、『白井晟一しらいせいいちと秋田の建築』。これはあの随筆としては評価しにくいんですけれども、筆者がいかに白井を愛しているかという想いが伝わってきます。読んだときに、秋田っていうのは幸せな県だなーと思わされました。
 それから『思い出巡り―尾去沢おさりざわ』というのも残っていたんですが、これも残念ながら観光案内的になる失敗に陥っていました。
 あの、この次から応募なさる方なんかも、お気をつけになるといいかもしれないんですけれども、思い出の羅列、自分の個人的な思い出の羅列がず~っと続きますと、それにタッチしていない一般読者っていうのはちょっと引くんですね、飽きるんです。これも、ややそこに、流れていくところがあったと思います。
 で、それから『北緯40度をぶっ飛ばせ』っていうのは、たいへん面白い題材なんですけれども、活かしきれていない。途中で歴史を挟んだりしているんですけれども、もう少し書く前にどうやって構成を立てたら、不特定多数の読者に読んでもらえるかということを計算したらば、ずいぶん刺激的な面白さになったのではないかと思います。
 小説の部も随筆・紀行文の部も年を追うごとに、非常に読み応えのあるものが増えてますし、この文学賞というのは確実に根を下ろしていることと、選考委員のひとりとして、たいへん嬉しく思います。来年も、お待ちしております」


(※台詞セリフに関しては聞き取れた部分、聞き取れなかった部分は改変して記載しています。また、誤字脱字を含めて、部分的に間違って記載されている場合もあります)
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