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章第二「茨木童子」
(九)住持の僧に聞きしかば
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もともと天獄寺に目をつけてはいたが、いままで心許ない証拠ばかりのため手を出せずにいた。
しかし、これほど大きな事件に発展したのなら、読者の興味を惹くような記事が書けるかもしれない。売れる記事を書ければ、向こうからの仕事の依頼が増えるかもしれない。
なにより真実へ、また一歩だけでも近づけるかもしれなかった。
きのうの聞き込みによって得た証言を携え、とりあえず早苗は、周辺の写真を撮ってから山門をくぐる。
天獄寺の境内へは普通に入れるが、本堂の周りには黄色いテープが張られ、複数人の警官が往来していた。
寺務所にある呼び鈴を鳴らすと、ひとりの男性が玄関から顔を覗かせる。
記者であることを名乗った途端、あからさまに嫌な顔をされたが、職業柄、こういったことには慣れている。
やはり申し入れた録音を断られたので、手帳を取り出し、取材自体の断りができる隙を与えず、住職へのインタビューを開始する。
「先日、ここの敷地内で遺体が発見されたそうですが、そのとき住職はどちらに?」
「あの夜、警察の方が起こしにくるまで、寝室のほうにいました。まったく騒ぎには気づきませんでしたよ」
「遺体はどちらで?」
「本堂のなかで見つかったそうですね、警察の方が仰るには」
「日曜日の夜、ここに大学生が肝だめしにきていた、とのことですが」
「ええ、毎年恒例ですから」
早苗は、手帳にペンを走らせていく。
焦点の合わない虚ろな目で、遠くを眺めてはいるが、思っていたよりも、すらすらと質問に答えてくれる。
「わざわざ、大学の新歓のために開放なさっているんですか? どうしてです?」
「交流の始まりは先代のときなので。詳しいことは、ちょっと……」
「そこで、大学生の子たちが事件に巻き込まれたんですよね? 敷地内には、誰でも入ることのできる状況だったんですか?」
「ええ。先ほども申したとおり、わたしは寝ていて、山門は開けっ放しにしていましたから。わたしがついていれば、こんなことには……あの子たちには申し訳ないことを……」
「本堂も開け放っていたんですか?」
「いえいえ。もちろん、本堂の鍵は閉めたままでしたよ」
少し言い方はきつくなってしまったが、あくまでも真相を究明したいという純粋な記者魂によるものだ、と自分に言い聞かせる。
ここで追い返されても文句は言えないが、早苗は意を決し、天獄寺の「ある噂」への質問を投げかける。早苗にとっては、こちらのほうが本題である。
「ここが、心霊スポットとして有名なのは、ご存知でしたか」
「ええ。ネットにも書かれていますね」
「呻き声を聞いた、との証言もありますが」
「近くに墓地もありますから。いても不思議はないでしょう。あなた、霊感は?」
「ありません。私のことはいいんです。そんなことより……!」
「なんですか、あなた!」
核心に触れようと口を開きかけた瞬間、いきなり早苗の耳に大声が飛び込んでくる。
ずかずかと山門から入ってきたのは、ここの檀家の人だろうか、訝しげな表情を早苗に向けている、年配の女性だった。
「マスコミの方?」
早苗とのあいだに割って入り、住職は「まあまあ、わたくしは大丈夫ですよ」と、女性を宥める。
柔和な表情で「ささ、お茶でもいかがですか」と、寺務所のほうへと女性を誘導する。
その女性以外にも、複数人が山門を囲っていた。なかには、スマホで撮影をしている人もいる。
少々、声を荒らげすぎたようだ。顔が映らないようにする目的も兼ねて、早苗は深々と頭を下げる。
「きょうはこれで……お邪魔しました」
「ああ。もうよろしいんですか」
力なく「はい」と答えると、踵を返して山門を出た。
俗世に戻ってきたところで稲荷神社を見つけ、再び俗世を離れるように、もとい現実から逃避するように鳥居をくぐる。
妖怪も神様も早苗には見えないが、結婚してから信じるようになった。
賽銭箱に適当な硬貨を投げ入れ、手を合わせ、受持稲荷神社へ届くよう願いを込め、自分の名前と住所を心のなかで告げる。
報告を終えてから、早苗は最後に深々と一礼した。
きょうは、一段と暑い日だ。
自動販売機で買ったジュースを、一気に飲み干そうと首を傾けたところ、その目線の先に、ひとつの人影が揺らめいて見えた。
その人物は鳥居から下りると、つかつかと早苗のほうへ歩み寄ってくる。
徐々に薄らいでいく逆光のなかで見た、その顔は、どうやら若い女性のようだった。その女性は、鋭い視線を早苗に向けて問い質す。
「あんた。あん寺で、いったい、なにゅしよったん?」
「なにって……取材ですけど」
自分よりも年下そうな子にタメ語を叩かれた、ことや、東北では聞き馴染みのない方言を使っている、ということよりも、なにか事情を知ってそうな口ぶりに、早苗は眉を顰めた。
「あなたのほうこそ、あのお寺と、なにか関係があるんですか」
その質問には答えず、ひとことだけ「死にとうなかったら、とっとと去んね」と、吐き捨てるように言う。これで確信を持った。
「なにか知ってるのね? ちょ、ちょっと待ってて……私、フリーライターの……」
早苗が名刺入れをカバンから取り出そうと手間取り、ほんの少しのあいだ目を離していた瞬間に、その女性の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
しかし、これほど大きな事件に発展したのなら、読者の興味を惹くような記事が書けるかもしれない。売れる記事を書ければ、向こうからの仕事の依頼が増えるかもしれない。
なにより真実へ、また一歩だけでも近づけるかもしれなかった。
きのうの聞き込みによって得た証言を携え、とりあえず早苗は、周辺の写真を撮ってから山門をくぐる。
天獄寺の境内へは普通に入れるが、本堂の周りには黄色いテープが張られ、複数人の警官が往来していた。
寺務所にある呼び鈴を鳴らすと、ひとりの男性が玄関から顔を覗かせる。
記者であることを名乗った途端、あからさまに嫌な顔をされたが、職業柄、こういったことには慣れている。
やはり申し入れた録音を断られたので、手帳を取り出し、取材自体の断りができる隙を与えず、住職へのインタビューを開始する。
「先日、ここの敷地内で遺体が発見されたそうですが、そのとき住職はどちらに?」
「あの夜、警察の方が起こしにくるまで、寝室のほうにいました。まったく騒ぎには気づきませんでしたよ」
「遺体はどちらで?」
「本堂のなかで見つかったそうですね、警察の方が仰るには」
「日曜日の夜、ここに大学生が肝だめしにきていた、とのことですが」
「ええ、毎年恒例ですから」
早苗は、手帳にペンを走らせていく。
焦点の合わない虚ろな目で、遠くを眺めてはいるが、思っていたよりも、すらすらと質問に答えてくれる。
「わざわざ、大学の新歓のために開放なさっているんですか? どうしてです?」
「交流の始まりは先代のときなので。詳しいことは、ちょっと……」
「そこで、大学生の子たちが事件に巻き込まれたんですよね? 敷地内には、誰でも入ることのできる状況だったんですか?」
「ええ。先ほども申したとおり、わたしは寝ていて、山門は開けっ放しにしていましたから。わたしがついていれば、こんなことには……あの子たちには申し訳ないことを……」
「本堂も開け放っていたんですか?」
「いえいえ。もちろん、本堂の鍵は閉めたままでしたよ」
少し言い方はきつくなってしまったが、あくまでも真相を究明したいという純粋な記者魂によるものだ、と自分に言い聞かせる。
ここで追い返されても文句は言えないが、早苗は意を決し、天獄寺の「ある噂」への質問を投げかける。早苗にとっては、こちらのほうが本題である。
「ここが、心霊スポットとして有名なのは、ご存知でしたか」
「ええ。ネットにも書かれていますね」
「呻き声を聞いた、との証言もありますが」
「近くに墓地もありますから。いても不思議はないでしょう。あなた、霊感は?」
「ありません。私のことはいいんです。そんなことより……!」
「なんですか、あなた!」
核心に触れようと口を開きかけた瞬間、いきなり早苗の耳に大声が飛び込んでくる。
ずかずかと山門から入ってきたのは、ここの檀家の人だろうか、訝しげな表情を早苗に向けている、年配の女性だった。
「マスコミの方?」
早苗とのあいだに割って入り、住職は「まあまあ、わたくしは大丈夫ですよ」と、女性を宥める。
柔和な表情で「ささ、お茶でもいかがですか」と、寺務所のほうへと女性を誘導する。
その女性以外にも、複数人が山門を囲っていた。なかには、スマホで撮影をしている人もいる。
少々、声を荒らげすぎたようだ。顔が映らないようにする目的も兼ねて、早苗は深々と頭を下げる。
「きょうはこれで……お邪魔しました」
「ああ。もうよろしいんですか」
力なく「はい」と答えると、踵を返して山門を出た。
俗世に戻ってきたところで稲荷神社を見つけ、再び俗世を離れるように、もとい現実から逃避するように鳥居をくぐる。
妖怪も神様も早苗には見えないが、結婚してから信じるようになった。
賽銭箱に適当な硬貨を投げ入れ、手を合わせ、受持稲荷神社へ届くよう願いを込め、自分の名前と住所を心のなかで告げる。
報告を終えてから、早苗は最後に深々と一礼した。
きょうは、一段と暑い日だ。
自動販売機で買ったジュースを、一気に飲み干そうと首を傾けたところ、その目線の先に、ひとつの人影が揺らめいて見えた。
その人物は鳥居から下りると、つかつかと早苗のほうへ歩み寄ってくる。
徐々に薄らいでいく逆光のなかで見た、その顔は、どうやら若い女性のようだった。その女性は、鋭い視線を早苗に向けて問い質す。
「あんた。あん寺で、いったい、なにゅしよったん?」
「なにって……取材ですけど」
自分よりも年下そうな子にタメ語を叩かれた、ことや、東北では聞き馴染みのない方言を使っている、ということよりも、なにか事情を知ってそうな口ぶりに、早苗は眉を顰めた。
「あなたのほうこそ、あのお寺と、なにか関係があるんですか」
その質問には答えず、ひとことだけ「死にとうなかったら、とっとと去んね」と、吐き捨てるように言う。これで確信を持った。
「なにか知ってるのね? ちょ、ちょっと待ってて……私、フリーライターの……」
早苗が名刺入れをカバンから取り出そうと手間取り、ほんの少しのあいだ目を離していた瞬間に、その女性の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
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