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章第一「両面宿儺」

(十一)掻き垂れ降る雨の夜

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 岩手県某所の小高い丘に建つ天獄寺てんごくじという寺院に、県内の、とある大学のサークルメンバーが集まっていた。
 晴れていれば、街一帯を見渡せるほどの高さだが、とばりの下りきった二十時現在、その全貌をうかがい知ることはできない。
 秋田市内の小学校に不審者が侵入、校長先生を発砲したのち逃亡、というニュースが、小さいながらも全国で取り上げられた、次の日。
 さびれた山門さんもんの真下では、十数の人影がちらついている。
 ここにくるかどうか、最後まで悩んでいた板取優二いたどりゆうじが、ひとり遅れて到着した。


「この時期に肝試きもだめしって……真夏にやるものじゃないですか」


「もう暦上は夏だけどさ、オカルト研究会うちにとっては春の風物詩よ」着いて早々、不平を漏らす優二に、副会長である一条聡美いちじょうさとみが親切に答える。
新入生歓迎会しんかんも兼ねてるの。飲み会なんて無駄なものより、手っ取り早くオカルト研究会のことを知ってもらえるでしょ?」


 確かに、と優二は思った。
 新入生を歓迎するために開かれるもののはずなのに、まだ新入生の時点では飲めない酒を介して、親睦を深めようとする意義も利点も見出せない。


「いいですね。大鏡おおかがみにも『五月さつきしもつ闇』と書かれていますから」


 優二と同じ一年生の黒井恩くろいめぐむも、よくわからない古典を持ち出しつつ同意する。
 優二が「なんだよ、それ。意味わからん」と言うのに対して、聡美は「お! よく知ってるね~」と感心するような反応だった。
 しかし、やっぱり納得できない優二は、なおも「でも……なにも、こんなときにしなくても……」と食い下がる。
 というのも、現在の天候が問題だった。


 山門から出した手のひらに、小雨が降りかかるのを感じる。聡美は「まあまあ、いいじゃない。肝試し日和びよりでしょ」と他人事ひとごとのように言い放った。
 恩は「いとおどろおどろしくかきたれ雨の降る夜」と、また意味不明な言葉をつぶやき、聡美が「そう、それそれ! それが言いたかったの。そっちのほうが雰囲気でるよね!」と、思い切り乗っかる形で賛同する。


 優二が所属しているサークルは、オカルト研究会と呼ばれるものだった。
「オカルト」とはついているものの、基本的には文学や民俗学などの観点から、理解を深めることが主な活動目的であるらしい。
 テニサーと違ってチャラついていない、この大学のなかでも割と真面目まじめな部類に入るだろう、長い歴史を持ったサークルだ。
 実際の活動内容も真面目なもので、遠野とおの市まで足を運んでフィールドワークすることもある。


「はは。妖怪とか、幽霊とか、そんなもの、本当にいると思ってるんですか」


 まったくと言っていいほどオカルトに興味はなく、乾いた笑いを浮かべる優二が、このサークルに入った理由は、よこしまな気持ちにほかならない。
 そのため、幽霊や妖怪などの知識がほとんどなく、いて言うなら『ゲゲゲの鬼太郎』くらいだった。むしろ、オカルトを信じている人に対して、見下している節がある。意中のひとりを除いては。


「バカバカしい。そんなものいるはずないだろう?」


 優二の発言に同意したのは、なんとオカルト研究会の代表を努めている七海健ななうみたけるだった。優二は冷笑する。
「お化けを信じていないのに、こういうサークルに入っているんですか?」


「民俗学はオカルトじゃない。人間というものの根源を探求する学問なのさ。このサークル名も本当なら、オカルト研究会などというバカげたネーミングはやめるべきなんだ」
「は、はあ」


 二年生以上の面々は「またか」という顔をしていたから、きっと健の口癖なのだろうと思い、優二も適当に受け流そうと決めこむ。
 するとそのとき、部長を差し置いて、副部長である聡美が、みんなのほうに向かって手を叩く。


「いつまでも雨宿りしていられないし、小降りのうちに早いトコ行っちゃおっか」
 そのかけ声に釣られて、全員が一斉に動き出そうとしたら、聡美はため息を漏らして、引きめた。
風情ふぜいがないな、きみたちは。ひと組ずつよ?」


 聡美は大袈裟おおげさに肩を落としてみせる。恩が「あかしなきこと」とつぶやくと、聡美ひとりだけが「げに」と相槌あいづちを打った。
 続けて恩は「柱を刀でけずってくればいいんですか?」と罰当たりなことを抜かす。おいおい、お寺だぞ。
 真面目なトーンで優二が「いや。ダメだろ」と注意すると、ここでもまたひとり、聡美だけがくすくすと笑っていた。いったい、どこがツボだったんだろう。


 聡美が言うには、夕方のうちに寺側へは許可を取り、敷地内のどこかに「ある宝物」を隠したそうだ。
 それを見つけ出し、持って来られたらクリアというルールらしい。健は小さな木箱をたずさえており、それがどうやら宝物らしかった。
 これが至るところにあるのか、それとも一箇所に固まっているのかはわからないが、とにかくこれを探せばいいんだろ、簡単だ。


「それじゃあ、ペアを決めよう」
 健が、トランプの束から絵札だけを抜き取り、それをシャッフルして広げる。裏返しのトランプを、各々おのおのが自由に引いていく。健が補足した。
「同じ記号、同じ色が出た人同士で組むこと。探索できる場所は敷地内。今回は特別に、鍵の開いているところなら、どこに入っても大丈夫とのことだ」


「ジョーカーだ」


 優二が言うと、それを聞いた丹治瑞葉たじいみずはが「わたしも」と手を上げる。その瞬間、優二の鼓動は早鐘を打ち始めた。
 スペードとクローバーのジャックを引いた組から、懐中電灯の明かりひとつだけを頼りに暗闇のなかへと消えていく。
 ジョーカーを引いた優二・瑞葉ペアは最後らしく、順番を待っているあいだ、同じく一年生である瑞葉と釘宮花梨くぎみやかりんは、楽しそうに談笑ガールズ・トークをしていた。
 同じ一年女子の浅良部日向あさらべひなただけは、山門に寄りかかって、小難しそうな分厚い本を読んでいる。
 オカルト研究会に入るような好事家なら、きっと読んでいるのはホラー小説かなにかだろう、と優二は勝手に想像した。


 これだけワイワイとしていたら、出るものも出ないだろうな、きっと。
 優二はそう考える。……幽霊の類いを信じてはいないが。


「この寺にさ、特級レアキャラの『スクニャン』が出るらしいよ」
「へー。そうなんだ」


 他人からすれば、なんの生産性もない、他愛もない会話だ。そんなものに聞き耳を立てている優二は、自分でも整合性の取れなさを覚えてはいた。
 そうしているあいだに、どんどんと時間は流れていく。
 スペードとクローバーのキングまで行って、次はハートとダイヤのジャックを引いたペアに、懐中電灯が引き渡され、同じように暗闇のなかへと足を踏み入れていった。
 所詮しょせん、肝試しは肝試し。
 誰かが驚かし要員になってひそんでもいない限り、なにが楽しくてするのか、優二には意味がまるでわからなかった。
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