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章第三「化物坂、蟷螂坂」
(六)
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高天原の前庭には、大勢の神が集まっていた。大歳御祖命がマイクの前に立ち、耳を傾けている神々へ「みなの住まう地域でも御田植祭がある忙しいなか、集っていただき、至極感謝を申しあげる」と頭を垂れる。次に立った御稲御倉神は、大歳御祖命に対して「献穀米の収穫ができますよう、一丸となって励む所存です」と宣誓した。興玉神や宮比神を筆頭に、楽器類の付喪神も加わって演奏が開始される。御滄川神の指示を受け、神々が田のなかへと入っていく。
月曜日の巳の刻(午前九時から午後十一時ころ)。さっそく高天原では、麦の収穫が始まった。それぞれ動きやすい格好になり、支給された鎌を持って散っていく。狭田、長田、垣田、安田、平田、邑并田など、広い面積を持った田畑だが、八十万もいれば、数日といったところだろう。大内裏に近い長田へ割り振られた彩は、野良着を身に纏って到着した。
目の前には、雄大な尾根が広がっている。その天香山の頂上に、雪の如く、白っぽいものが見えたような気がした。真坂樹の枝に、白和幣でもかけられているのだろうか。ふと彩は、高天原広野姫天皇が詠んだ短歌を思い出す。春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香久山。
そういえば、もうすぐ夏至だ、ということに気がついた。あと半月もすれば、一年のうちで最も日が出ている時間が長くなる。この時期、さすがに雪は積もっていないだろう。
気のせいだと思い、大内裏のほうへ目を向けると、十歳前後の男女が見えた。彩はほとんど県外へ出たことがなく、あまり座敷童子とも面識がない。それもあるだろうが一瞬、座敷童子たちに混じっていた、見覚えのある人物に気づかなかった。オクナイサマと思しき男児が、天照大神のほうへ進み出る。「あちらの御田は、使われないのですか?」
オクナイサマが指さしたのは、彩のいる長田から大内裏を挟んだ向こう側。天照大神は静かに言った。「ええ。あそこは墝埆なので、耕すことも儘ならないのです」
「そうですか……なにかに使えそうなのですが」
話し込むふたりの背後で、座敷童子のひとりが門扉から飛び出してくる。気の向くままに鍬を構えて、田地へ振り下ろした。手伝ってくれるならありがたいが、もう間に合っているから、新たに開墾する必要はない。二毛作を行うため、麦を刈り取ったあとに同じ場所へ、稲の苗を植えていく予定だ。植えるのは数日後だが、すでに苗自体は取り寄せているはずだから、大蔵にでも保管してあるだろう。
月曜日の巳の刻(午前九時から午後十一時ころ)。さっそく高天原では、麦の収穫が始まった。それぞれ動きやすい格好になり、支給された鎌を持って散っていく。狭田、長田、垣田、安田、平田、邑并田など、広い面積を持った田畑だが、八十万もいれば、数日といったところだろう。大内裏に近い長田へ割り振られた彩は、野良着を身に纏って到着した。
目の前には、雄大な尾根が広がっている。その天香山の頂上に、雪の如く、白っぽいものが見えたような気がした。真坂樹の枝に、白和幣でもかけられているのだろうか。ふと彩は、高天原広野姫天皇が詠んだ短歌を思い出す。春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香久山。
そういえば、もうすぐ夏至だ、ということに気がついた。あと半月もすれば、一年のうちで最も日が出ている時間が長くなる。この時期、さすがに雪は積もっていないだろう。
気のせいだと思い、大内裏のほうへ目を向けると、十歳前後の男女が見えた。彩はほとんど県外へ出たことがなく、あまり座敷童子とも面識がない。それもあるだろうが一瞬、座敷童子たちに混じっていた、見覚えのある人物に気づかなかった。オクナイサマと思しき男児が、天照大神のほうへ進み出る。「あちらの御田は、使われないのですか?」
オクナイサマが指さしたのは、彩のいる長田から大内裏を挟んだ向こう側。天照大神は静かに言った。「ええ。あそこは墝埆なので、耕すことも儘ならないのです」
「そうですか……なにかに使えそうなのですが」
話し込むふたりの背後で、座敷童子のひとりが門扉から飛び出してくる。気の向くままに鍬を構えて、田地へ振り下ろした。手伝ってくれるならありがたいが、もう間に合っているから、新たに開墾する必要はない。二毛作を行うため、麦を刈り取ったあとに同じ場所へ、稲の苗を植えていく予定だ。植えるのは数日後だが、すでに苗自体は取り寄せているはずだから、大蔵にでも保管してあるだろう。
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