冠婚葬祭の一日

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冠婚葬祭の一日

当日、先勝(午後)

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 ここでわたしの現状は、物語冒頭へと戻る。


 正午を少し過ぎた頃、成人式は終わった。迎えに来ていた和ちゃんの車へ乗り込み、すぐに市民ホールをあとにする。着物のままのわたしに対し、和ちゃんはすでに喪服へと着替えていたようだった。


 磯部いそべ叔父おじさんと叔母おばさんは、式場から直接、火葬場へ向かったらしい。市民ホールを出たのと同じタイミングで「火葬が始まりました」と母から連絡が入る。


 昨日のうちにお別れは言ってあるし、火葬の瞬間に立ち会えなかったことに未練はない。お通夜前の納棺には同席したし、化粧をほどこした綺麗な祖母の姿を目に焼きつけている。


 窓はスモークガラスなので、外から中の様子は見えないはず。事前に用意していた紙袋の中から喪服を取り出し、わたしは車の中で帯をほどいて着物を脱ぎ始める。


 しわにならないよう着物を綺麗に畳みながら、自分のせいで時間をかけるのも申し訳なくなり、手持ち無沙汰ぶさたな様子の和ちゃんへ話しかけた。


「よかったの、抜け出してきて?」


「はい。挙式自体は十一時に終わってますから」


「そのあと、披露宴とか……いろいろと、あるんじゃないの?」


「あとは頼れる旦那に、全て任せておりますので」


 和ちゃんはバックミラー越しに舌を出してみせた。助手席には祖母の分身が、額縁に入って笑顔を見せている。その笑顔は、子供の頃のわたしたちに向けていたものと同じだった。今度は和ちゃんが質問をする。


「わらびさんも、このあと同窓会だったんじゃないですか。出なくていいんですか?」


「お金の無駄。会費も無料ただじゃないからね。ただでさえ、着物の出費がかさんでいるのに」


 いくら一回限りの着用とはいえ、無造作むぞうさにしておくのも忍びない。着物を脱ぐよりも、喪服を着るほうが遥かに楽だった。真っ黒なスーツに身を包んでから、わたしはシートベルトをつける。


「おまたせ。出発していいよ」


 ここから火葬場までは十分ほど。火葬にかかるのは約一時間。骨上こつあげまで、安全運転でも十分に間に合う距離だった。


 駐車場に車を停めたあと、火葬場の職員に挨拶あいさつをする。先に和ちゃんだけ控室に向かってもらい、わたしは朝から我慢していたトイレに立ち寄る。


 着物の締めつけから解放されて安堵したのと同時に、今度は膀胱が締めつけられる感覚に襲われた。すると、小学校低学年くらいの小さな女の子たちが、トイレから出てくるところだった。


由衣ゆい! 望結みゆ! こら、走らないの!」


 トイレから控室までの廊下を走るその子らを、腰に手を当てた女性が立ちはだかってたしなめる。その女性のことを、子供のときに見たことあるような、なかったような?


 トイレから出て母へたずねると、従姉いとこらしく、この子たちは、わたしから見て従姪いとこめいに当たるという。従姉に子供がいたなんて初めて知った。


 葬式の当日になって、茂苅もがり家にとついでいった伯母おばが到着したようだった。幼い曾孫ひまごたちにとっては、会ったこともない見ず知らずのお婆さんの葬式、という印象になるんだろうか。


 それから少しして、職員に呼ばれ、収骨室しゅうこつしつに全員が集まった。骨と灰だけになった祖母の前へ立ち、喪主もしゅであるわたしの父から、順番に箸が渡されていく。


 それを使って、一つ一つの骨を、一人一人が摘み上げる。最後に職員が台の上を綺麗きれい刷毛はけき、全ての骨を灰ごと骨壺の中へ入れたあと、喪主のもとへ手渡された。


 これでお別れは終了し、床の間へ安置されたのち、四十九日法要でお墓へ納骨される。という予定だった。


 火葬場を出たあとは、そこからほど近いホテルへ移動し、そこの会議室を使わせてもらう。いわゆる「精進落しょうじんおとし」が振る舞われた。祖母の遺影を囲むよう、コの字形に並べられたテーブルへ着席する。


 父が二言三言ふたことみこと挨拶するが、早々に話すことはなくなったのか、もうグラスを掲げて「献杯けんぱい」とかけ声を発した。さっきまで静まり返っていた会場が、一気に緊張の糸が切れたように、あちらこちらから会話が聞こえてくる。


「わらび」わたしの名前を、誰かが呼んでいる。「成人式、お疲れさま」


 そこには、瓶ビールを手にしたお母さんの姿があった。自分のグラスへビールを注ぎ込みながら、親戚のところを回っているお父さんの代わりに、お母さんがわたしの隣りの席へ腰を下ろす。わたしのグラスは、まだからの状態だった。


「昨日はお父さんと呑み交わしたでしょ。今度はお母さんの番」


「でも、わたしは……」


「はい。わらびはジュースね」


 瓶ビールを持っていたのとは逆の手に、オレンジジュースのペットボトルが見えた。なんでもお見通しらしい。わたしはありがたく受け取ろうとしたが、それをお母さんが片手で制する。


「おしゃくさせて」とのことだった。ジュースにお酌もなにもないと思うのだが、き恥ずさを抱えつつも受け入れる。「夜光バスの予約は、もう済ましてあるの?」


 注ぎ終わったあと、お母さんが質問した。わたしは素直に答える。


「うん。来る前に、もうしてきちゃった」


「そう。ドタバタしてて、ゆっくりできなかったでしょう? ごめんなさいね」


「……ううん。また……再来月さらいげつ? ぐらいに来るね」


「あ、四十九日? ありがとう」


 その一言ひとことで、また心が温かくなった。
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