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冠婚葬祭の一日
二日前、大安(夜中)
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祖父が建てたものだという、このだだっ広い木造一軒家の実家に、ただひとり残される。その日やっと床の間へ置かれた、白いシーツの存在に目を向けた。
祖父の仏壇の前で横になる祖母のもとへ、わたしは静かに近づいていった。久しぶりに会った祖母の顔は、安らかにただ眠っているだけのように見えた。
蝋燭の光がゆらゆらと、儚げに灯っている。息を吹きかければ、一瞬で消えてしまうことだろう。
ひとりでいることが心細くなり、わたしは母を捜しに、月も出ていない闇夜に飛び出す。敷地の端で僅かな光が見え、それに近づいていった。
片手にマッチを持った母のそばで、わたしは一緒になって光を眺める。
「お母さん? なにしてるの」
わたしの質問に対し、母は「まだ足りないかしら」と薪をくべながら答えた。
「ほら、今日はお盆の初日でしょ。なんの準備もしてなかったんだけど……せめて迎え火だけでもと思って」
あぁ、そういえば。とわたしは、郷愁にかられる。どことなく懐かしさを覚える灯りだった。昔はこうやって、お盆を迎えていたんだっけ。
蝋燭とは違って勢いよく燃える炎を見て思った。これならご先祖さまも迷うことなく帰ることが出来るだろう。
朝からバタバタしていて、お墓参りもろくにしていなかった。遅くなっちゃったけど、二十歳になった報告を明日してこよう。
わたしと母の長く伸びた影に、もう一人の別の影が重なった。集落で一番の年配を家まで送っていった父が戻ってきて、三つの影は家の光へ呑み込まれるように消えていく。
二十一時頃になって、着替えを自分のバッグから取り出し、わたしは風呂場へと向かった。
周りに誰もいないせいか、憚る必要がなくなり、突然に感情が込み上げてくる。視界を遮るように、水溜まりができていった。嗚咽混じりの泣き声が、バスルームに木霊している。
「なにも、こんなときに死ななくても、って思っちゃった。……ごめんね。薄情な孫で」
涙を洗い流すように、顔面からシャワーを浴びた。自分の声が水音に掻き消されていく。
それから十分ほどでお風呂を上がり、しばらく経って迎え火の光を消しにくると、外は完全なる闇に包まれた。こんなにも綺麗な星を見たのは、いつぶりだっただろうか。
家へと戻れば、遅い晩酌が始まっていた。父が二リットル弱入るパックを片手に、ダイニングへ入ってくる。それは有名な麦焼酎の銘柄だった。
母も両手にコップを携え、冷凍庫から数個の氷を掴み出し、それぞれのコップの中へ投入する。どかっと座布団の上にお尻を着地させ、父がわたしに向かって言った。
「誕生日、おめでとう。二十歳になったんだろ。飲むか?」
「ううん。いい。いらない」
「酒、飲んだことないのか?」
「いや。飲んだことはあるよ。でも。わたしはあんまり」
あんな苦いものを、どうしてゴクゴク飲めるのか、不思議でならない。もしかしたら、冠姫たちは未成年のときから飲酒していたのでは。あの性格ならありえそう、などと邪推してしまう。
父は寂しそうに、氷の入った陶器のコップへ、その麦焼酎を注ぎ入れた。「……そうか」と呟く。
「うん……まあ」わたしは、自分のコップを取りに、食器棚へ探しに行く。ビールは苦手でも、焼酎はもしかしたら飲めるかもしれない。「少しくらいなら、つきあってあげてもいいよ」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
二十三時頃に、母から「もう遅いから寝なさい」と言われて、わたしは久しぶりに自室を訪れた。去年に見たときから、なにも変わっていない。
ものがあまりなく閑散としていること以外は、高校生のときに過ごしていた部屋そのままだった。
スーツケースをベッドの脇に置く。布団は洗濯してくれていたみたいだから、寝るぶんには問題ないだろうけど、いまはまだ眠くもないし少しだけ掃除していよう。
祖父の仏壇の前で横になる祖母のもとへ、わたしは静かに近づいていった。久しぶりに会った祖母の顔は、安らかにただ眠っているだけのように見えた。
蝋燭の光がゆらゆらと、儚げに灯っている。息を吹きかければ、一瞬で消えてしまうことだろう。
ひとりでいることが心細くなり、わたしは母を捜しに、月も出ていない闇夜に飛び出す。敷地の端で僅かな光が見え、それに近づいていった。
片手にマッチを持った母のそばで、わたしは一緒になって光を眺める。
「お母さん? なにしてるの」
わたしの質問に対し、母は「まだ足りないかしら」と薪をくべながら答えた。
「ほら、今日はお盆の初日でしょ。なんの準備もしてなかったんだけど……せめて迎え火だけでもと思って」
あぁ、そういえば。とわたしは、郷愁にかられる。どことなく懐かしさを覚える灯りだった。昔はこうやって、お盆を迎えていたんだっけ。
蝋燭とは違って勢いよく燃える炎を見て思った。これならご先祖さまも迷うことなく帰ることが出来るだろう。
朝からバタバタしていて、お墓参りもろくにしていなかった。遅くなっちゃったけど、二十歳になった報告を明日してこよう。
わたしと母の長く伸びた影に、もう一人の別の影が重なった。集落で一番の年配を家まで送っていった父が戻ってきて、三つの影は家の光へ呑み込まれるように消えていく。
二十一時頃になって、着替えを自分のバッグから取り出し、わたしは風呂場へと向かった。
周りに誰もいないせいか、憚る必要がなくなり、突然に感情が込み上げてくる。視界を遮るように、水溜まりができていった。嗚咽混じりの泣き声が、バスルームに木霊している。
「なにも、こんなときに死ななくても、って思っちゃった。……ごめんね。薄情な孫で」
涙を洗い流すように、顔面からシャワーを浴びた。自分の声が水音に掻き消されていく。
それから十分ほどでお風呂を上がり、しばらく経って迎え火の光を消しにくると、外は完全なる闇に包まれた。こんなにも綺麗な星を見たのは、いつぶりだっただろうか。
家へと戻れば、遅い晩酌が始まっていた。父が二リットル弱入るパックを片手に、ダイニングへ入ってくる。それは有名な麦焼酎の銘柄だった。
母も両手にコップを携え、冷凍庫から数個の氷を掴み出し、それぞれのコップの中へ投入する。どかっと座布団の上にお尻を着地させ、父がわたしに向かって言った。
「誕生日、おめでとう。二十歳になったんだろ。飲むか?」
「ううん。いい。いらない」
「酒、飲んだことないのか?」
「いや。飲んだことはあるよ。でも。わたしはあんまり」
あんな苦いものを、どうしてゴクゴク飲めるのか、不思議でならない。もしかしたら、冠姫たちは未成年のときから飲酒していたのでは。あの性格ならありえそう、などと邪推してしまう。
父は寂しそうに、氷の入った陶器のコップへ、その麦焼酎を注ぎ入れた。「……そうか」と呟く。
「うん……まあ」わたしは、自分のコップを取りに、食器棚へ探しに行く。ビールは苦手でも、焼酎はもしかしたら飲めるかもしれない。「少しくらいなら、つきあってあげてもいいよ」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
二十三時頃に、母から「もう遅いから寝なさい」と言われて、わたしは久しぶりに自室を訪れた。去年に見たときから、なにも変わっていない。
ものがあまりなく閑散としていること以外は、高校生のときに過ごしていた部屋そのままだった。
スーツケースをベッドの脇に置く。布団は洗濯してくれていたみたいだから、寝るぶんには問題ないだろうけど、いまはまだ眠くもないし少しだけ掃除していよう。
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