冠婚葬祭の一日

モンキー書房

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冠婚葬祭の一日

三日前、仏滅。

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 きょうは「特別な日」だ。


 壇上では市長が、物腰ものごし柔らかく言葉をつむいでいた。それを静かに、礼儀正しく椅子に座った人々が傾聴する。それはスーツやドレスに身を包んだ新成人たちだった。


 そこでわたしも市長の話を聞きながら、ようやく長かった数日を思い返すことができ、一息吐いて呼吸を整える。


 さまざまな感情が入り乱れ、新成人になった喜びとは別に、また涙腺が崩壊しそうになるのを必死にこらえた。歯をグッと噛み締めて、わたしは天井を仰ぎ見る。


 この静まり返った会場では、嗚咽おえつはいやに響いてしまうだろうか。次は新成人によるミニコンサートが行われるらしい。その瞬間なら、少しぐらいはまぎれるかもしれなかった。


 わたしは手にした紙袋を開く。その中を覗き見て、成人式が終わってからの予定を、もう一度考えてみることにした。


 気持ちを落ち着けるついでに、自分の身になにが起こっているのかを振り返っておくことにする。しかし、きょうのことをいきなり話す前に、三日前のできごとから記しておこう。


 わたし自身、ここ数日について整理したいのだ。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 成人式の三日前。八月十二日、水曜日。あとになって、きょうが六曜ろくようでいうところの仏滅ぶつめつだったことに気がついた。


 きのうに誕生日を迎えたわたしを祝って、きょうは大学生になってからの友達が、行きつけの居酒屋へ誘ってくれた。


 一足早くに二十歳はたちを迎えていた諸塚姫冠もろつか てぃあらは、とりあえず生ビール三杯を頼む。


「わ、わたしは別に……オレンジジュースでも……」
「経験は大事だって。口に合わなかったらさ、あたしが代わりに飲むから」


 もうひとりの友達・臼杵初加うすき ういかは追加注文を済ませ、届いたばかりの冷えきった生ビールを一気に飲み干した。


 そのさまが、あまりにも美味おいしそうだったので、わたしは「ひとくちだけ」とキンキンのビールジョッキを持ち上げる。


「そういえば、わらび。明日あした、実家に帰るんだっけ」


 うなずいた途端に彼女たちから、怒濤どとうのごとく質問攻めにう。


「わらびの実家ってどこ?」「東北なんだっけ?」「やっぱ夏でも涼しいの?」「特産品っていうの、なにか有名なのある?」「お土産みやげ、頼むね。なんでもいいから」「どうやって行くんだっけ?」「いつ出発?」


 ちなみに「わらび」は、わたしの名前だ。安達あだちわらび。変わった名前ではあるが、まだ漢字でわらびとなっていないのが、可愛かわいくて割と気に入っている。


 質問ひとつひとつに丁寧な受け答えをし、わたしはスマホで現在時刻を確認した。午後十時を回っている。


「あと少し……一時間くらいかな……」


「成人式か~。まだまだ先だな~。けっこう夏って珍しいんじゃない?」
「そうでもないよ。雪国ではむしろ一般的だと思う」


「二月だと、ほとんど二十歳になってるけど、八月じゃあ、まだ十九歳の人も多いんじゃない?」
「そうだね。わたしはちょうど八月生まれだったから良かったものの……」


 それからお手洗いに立ったついでに、もう一度スマホを確認してみると、もうすぐ午後十一時になるところだった。小腹を満たしたわたしは、ふたりと別れて居酒屋をあとにする。


 そのまま、まっすぐ集合場所である駅前へと向かった。


 仕事を定時に切り上げ、三泊程度の着替えを用意し、必要最低限の荷物をまとめる。「行ってきます」と学生寮を出たのは、午後七時を過ぎた頃だった。


 明々後日の十五日は、一生に一度の成人式が行われる。……え、なぜ真夏なのかって? わたしの地元は豪雪地帯で、厳しい冬を避けるように、成人式の日取りが決められているのだ。


 また、お盆だと連休にする会社も多いので、集まりやすいということもあるかもしれない。……わたしは大学生だけど。


「あ、あのぅ……予約してた安達ですけど」


 夜行バスの発着場に到着し、乗務員のおじさんに乗車券を提示した。


「はぁい、安達さんね。どーぞぉ」


 間延まのびした声を後ろに聞きながら、わたしはそそくさと乗り込む。バスが出発したのは、それから三十分も経ってからだった。


 既に座っていた廊下側の人の前を通り、指定された窓際の席へ乗り込む。わたしは酒臭いんじゃないかと思い、自分の吐いた息を数度確認する。


 相席が男性なのは少なからずの抵抗はあったので、ぎりぎりまで交通手段は悩んでいたが、異性が隣りにくることはないよう配慮してくれることを知り、思い切って夜行バスを選んだ。


 実際に、わたしの隣りの席は、同い年くらいの若い女性だった。これなら、安心して眠りにくことができる。


 その前に午後十二時近くまでスマホを触っていた。コミュニケーションアプリでメッセージが来ていないか確認する。ついさっき別れたばかりの姫冠と初加から一通ずつ。


 母からは四十七時間くらい前、日にちをまたいだ直後に「誕生日おめでとう」と来たのが最後だった。「バスに乗ったよ」と送ったが、既読にはならなかった。さすがに寝ているのだろう。


 だんだんとまぶたが重くなって、うつらうつらと頭を上下に振り始める。いよいよ酒が回ってきたようで、強烈な眠気が襲いかかり、わたしは大きな欠伸あくびをした。
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