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01.神霊出生の章

No.001「アメノミナカヌシ」

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 古事記では序文のあと、天地創成の神話が始まる。
天地あめつち初めてひらくる時に、高天原たかあまのはらに成りませる神のみなは、天之御中主神あめのみなかぬしのかみ。次に高御産巣日神たかみむすひのかみ。次に神産巣日神かみむすひのかみ三柱みはしらの神は、みな独神ひとりがみと成りして、身を隠したまふ」
 天地が初めて分かれたとき、いきなり天上の世界に現れた神様が、名前に「天の中心の主神」を冠する「天之御中主神」だった。


 続いて現れた高御産巣日神と神産巣日神とともに、造化三神ぞうかさんしんとも呼ばれるが、記紀ともにそのような記述が本文にはない。
 ただ、古事記序文に「乾坤あめつち初めて分かれて参神みはしらのかみ造化あめはじめり、陰陽めをここに開けて、二霊ふたはしらのかみ羣品よろづおやれり」と記され、造化三神はここから生まれた言葉だろう。


 また、のちに誕生する宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこぢのかみ天之常立神あめのとこたちのかみを合わせ、「かみくだり五柱いつはしらの神は別天ことあまつ神」とわざわざ注釈を入れ、特別な神であることを古事記では明示している。
 つまり、神名でもわかるとおり天之御中主神は、世界に最初に生まれた最も特別な神であったという。


 しかし、日本書紀本文において、最初に誕生した神は国常立尊くにのとこたちのみことである。
 天之御中主神はというと、別伝に少しだけ記載されているだけだ。
一書あるふみはく、天地初めてわかるるときに、始めてともなりいづる神す。国常立尊とまうす。次に国狭槌尊くにのさつちのみことまた曰はく、高天原に所生れます神の名を、天御中主尊あめのみなかぬしのみことまうす。次に高皇産霊尊たかみむすひのみこと。次に神皇産霊尊かむみむすひのみこと
 最初ではない上に、別天つ神でもなく、この一文のみである。


 また『先代旧事本紀せんだいくじほんぎ』の「神代本紀」においても、最初に誕生したのは別の神になっている。


いにしへはじめいき渾沌むらかれて天地いまわかれず、鶏卵子とりのこごと溟涬くぐもりきざしふふめり。のち清気すめるいきやうやく登りて薄靡たなびいあめり、浮濁うきにごりて重沈おもくしずむは淹滞とどこをりてつちと為る。所謂いわゆ州壌くにつちうかただよ開闢ひら別剖わかれたるはこれなり。たとへ游魚あそぶうお水上みづのうへうかべるが猶し。時に天づ成りて地のちに定まる。しかうして、高天原に化生ひとはしらの神います。みな天譲日あめゆづるひ天狭霧あまのさぎり国禅月くにゆづるつき国狭霧くにのさぎりのみことふ。自厥以降それよりこのかたひとほかともれる二代ふたみよたぐひ生れる五代いつみよ、所謂る神世七代かむよのななよは是なり」


 続く「神代系紀」に、アメノミナカヌシの名は記されている。
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 天祖あまつみをや天譲日天狭霧国禅月国狭霧尊。
一代ひとよ倶に天神あまつかみ
 天御中主尊。また天常立尊あめのとこたちのみことふ。
 可美葦牙彦舅尊。
 ~~~~~
 つまり、すべての祖である神やウマシアシカビヒコヂとともに、最初に誕生した神となっている。
 造化三神や別天つ神ではないが、高天原に生まれた一代目の神として、神世七代と呼ばれる集団の一柱に数えられているようだ。
 記紀における神世七代は、もう少し後になってから誕生する。


 古事記でも現れてすぐに「身を隠した」と書かれているため、いったい天之御中主神(天御中主尊)がどういう神なのかは、はっきりとしていない。
 今後も神話や天皇に関わってくることはなく、具体的なエピソードを語られることもなく、表舞台から完全に「身を隠し」ている。
 日本の神話が形成されていく過程で、中国の道教の影響を受け、新しく生み出された神様とされる。
 そのため信仰の対象とはならなかったようで、アメノミナカヌシを祀る古い神社は存在しない。


 しかし近世以降になると、北極星や北斗七星がアメノミナカヌシの名前と重なることから「妙見菩薩みょうけんぼさつ」と習合し、妙見さんと庶民から呼ばれ広く信仰されるようになった。
 各地に三十数社あるとされる妙見社(宮)で祀られ、妙見社のご利益は長寿、息災、招福とされる。
 また、東京都中央区にある水天宮すいてんぐうにも、アメノミナカヌシが祀られ、安産や子育てのご利益があるとされる。
 これは、もともと祀られていた水天が、インドの最高神ヴァルナを起源とする神様だったため、神仏習合の際にアメノミナカヌシと神格が同じであると解釈されたからだろう。
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