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9 伊津優子(3)

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 天真私立病院。優子はそこに勤める看護師だ。以前は女性を看護婦と言っていたが、去年の三月から法改正され、男女問わず看護師という名称に統一された。でも、それ以外は特に変わったところもなく、今年に入ってからも通常の業務だった。


 この日も、いつも通りの仕事だった。優子は、患者の採血を行うために、ナースステーションを出て行った。順番に病室に寄って行く。エレベーターのすぐ脇の病室をあとにし、続いて隣りの病室に向かおうという、そんなときだ。


「伊津さん!」


「はい?」


 振り返ると、看護師たちのトップである総看護師長の姿があった。総看護師長は、走ってきたのか汗をかき、息が上がっていた。


「きゅ、急患が運び込まれたんだって……」


 この病院に? それは、さして珍しくもない。しかも、それをわざわざ報告しに来るなんて。


「誰なんですか、その急患?」


「お、落ち着いて聞いてね……」身体が震えていて、そう言っている総看護師長が落ち着いていないように見える。「息子さんと娘さんよ、あなたの!」


 その瞬間。ドクン。心臓が激しく脈打つのを感じた。聞き間違い?


「                」


 そのあとも総看護師長はいろいろと話していたが、ほとんど耳に入ってきていなかった。交通事故。唯一、その言葉だけが聞き取れた。どうして、交通事故が起きるというのだろう。


 ふたりともインドア派なせいか、いまが冬のせいなのか、休日は家の中にいることが多く兄妹そろって外出はあまりしない。でも、年に一度のこの日は違ったようだ。


 手術後、集中治療室に運ばれた息子と娘のところに、その日の仕事を他の人に任せて来てみたはいいが、優子にできるのはただ見守ることだけだった。それから何時間経っただろう。実際には二時間も経っていなかったのかもしれない。病室に反響していたピッ、ピッ、という音は次第に弱くなり、ベッドサイドモニターに表示されている山のような線は段々と平行になっていく。


 優子は悟った。伊達に看護師を何年も続けているわけではない。何人も危篤の患者を見送ってきた。


 夫と別れてから、女手一つで子供たちを育ててきた。優子にとって、まさに命よりも大事な存在だったのだが、そんな大きな存在を同時に二つも失ってしまった。
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