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 洋平が目を覚ましたとき、ここは天国か地獄なのではないかと思った。地面はひんやりと冷たく、辺りは暗闇に包まれている。洋平は起き上がって、自分の置かれた状況を把握しようと見渡した。何メートルか先に、ぼんやりとした街灯のような光が見えるが、暗いせいか距離感がつかめない。しかし、目が慣れてくると、近場にあるものはだいぶ見えてきた。地面に木の枝や石ころが転がっているのがよく見て取れる。


 ひんやりと冷たかった地面は、どうやらコンクリートのようだ。いくら残暑の厳しい今秋とはいえ、夜になるとさすがに冷える。手袋のしていない手からは、ジンジンとした痛い冷たさが容赦なく伝わった。早く家に帰って、熱いものでも食べたいところだ。いや、いまはなんだか胸が空っぽになったように寂しい。こんなときは母さんの作ったオムライスが食べたいかな。


 なんだろう、少し頭がボーっとしているようだった。洋平がそんなことを考えていると、一筋の光が差し込んで、一眼レフカメラがそばに落ちていることを照らし出してくれた。光が出ている方を見上げると、そこには木々の隙間から綺麗な満月が顔を覗かせているのが見える。都会では滅多に見ることのできなくなった星も、いままで見たことがないくらいの光量で輝いていた。その月星のおかげで、より鮮明に周囲を見渡せ、ところどころ落書きや傷だらけの扉や、半透明の曇りガラスの壁があることにも気がついた。そしてそこが、さっきまでいた公衆トイレだということに思いが至った。


 ふと、記憶がよみがえる。何時間ここに倒れていたのか分からないが(暗くなっているし、ほんの数分ではないはずだ)、倒れる前なにをしていたかという記憶を手繰り寄せてみると、ある一つの考えが浮かんだ。


「……っあ!」


 思わず、誰もいない公園で、心の声が漏れる。ポケットの中をまさぐってみると、自分の携帯電話が出てきた。通話履歴を確認してみると、そこには〝119〟の数字が記されている。やっぱり、本当なんだ。夢ではない。
 記憶が正しければ、女子トイレの入り口付近に、女の子が倒れていたはずだ。


 女子トイレの入口を確認してみると、倒れていたはずの女子の姿はなくなっている。救急隊員が運んでいってくれたのだろうか。それにしては、僕を置いていくとはどういうことだろう。洋平自身も何者かに後頭部を殴られ、いまのいままで気絶していたのだ。


 しかし、頭をさすってみたが、どこも痛くはない。よかった。これで、柔道部主将のように入院しなくてもいい。


 洋平は立ち上がって、制服についた土や汚れを叩き落とした。これ以上ここにいる必要はないだろう。携帯から出る明かりを頼りに、洋平は歩き始めた。伸びきった草をかき分け、時折、カラスが鳴く声に不気味さを感じながら、着実に歩を進めた。


 公園から抜けると、そこはいつもと違った雰囲気であると感じた。でもそれは、普段はこんな時間に、この場所にいないからかもしれない。それでも洋平はおののいた。異様な静けさが辺りを支配し、聞こえる音はカラスの鳴き声程度。そのほかの音は、闇に葬りさられたように全く……そう、全く聞こえないのだ。


 携帯についている時計表示を確認しようと携帯をもう一度見てみると、その時刻は〝十七時十三分〟だった。正確な時刻は覚えていないが、恐らく公衆トイレを訪れ、頭を殴られたのもその時刻であったはずだ。しかしそれよりも、意外なことが起きていて、洋平はそっちの方に気を取られた。何時間前に救急に電話したはずなのに、今は圏外になっていたのだ。試しに自分の家の電話にかけてみたが、案の定、繋がらない。何度か友達の家に電話しても、結局どことも繋がらなかった。


 どういうことだろう? 場所は移動していないはずだ。全く同じ形の、全く違う別の公園、というのは考えにくいだろう。時刻表示も進んでいないようだし、ひょっとして故障でもしたのか。……まあ、光が点くだけでも、まだマシか。


 しばらく歩いてみると、やっぱり洋平の産まれ育った街であるのは、間違いないようだ。見覚えのある建物、見覚えのある桜並木、さらには、見覚えのある電柱に貼られた迷いペットの張り紙まで。携帯の光に照らされたそこは、洋平にある記憶の通りだった。
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