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 洋平は真っ白な靄の中にいた。靄の中からボーっと影が現れたかと思うと、次の瞬間には洋平は赤ん坊を見詰めていた。赤ん坊の後ろにはテレビやソファ、テーブルなどが見え、壁には星を散りばめたかのような模様がある時計も掛かっている。この時計は洋平の家にもある。時計だけではなく、そこにある家具が全て洋平の家のリビングと酷似していた。その真ん中にいる赤ん坊は、じっとこっちを見詰めたまま微動だにしない。


 ふと時計を見て、洋平は違和感を覚えた。その違和感の原因はすぐに分かった。時計の数字が反転していて、秒針が左回りに動いている。まるで鏡にでも映っているかのようだ。


 次の瞬間に赤ん坊は消え、今度は一組の男女が靄の中から姿を現した。洋平の父親と母親だった。母親は洋平と同じ富士額でいかにも賢そうだが、実際はそうでもなく、どちらかというと天然だった。ちなみに、目尻が上がっているところは父親似。見た目は厳しそうだが、実際も厳しい父親であった。


 場所はさっきも見た洋平の家のリビングである。窓から陽光が差し込み、清々しい朝だった。だが洋平の心はとてもそんな気分ではない。母親は心配そうに洋平の方を見詰め、父親は読み耽っていた新聞をたたみ、顔を洋平の方へと向けた。


「やめておけ。どうせ、食っていけないんだから」


 父親は、コーヒーを啜った。


 また靄が濃くなり、洋平の親は靄に飲み込まれるように消えていった。それと同時に、次は某電気店が現れた。カメラが目の前にある。まるで、あのときのようじゃないか。洋平はお小遣いをはたいて、カメラを買いに行ったことがある。これは、そのときのシーンにそっくりなのである。まるで過去を改めて見ているかのようだ。もしかして、あの赤ん坊も自分だったのだろうか。


 これはいわゆる、走馬灯……――?


 洋平がその考えに達したとき、不意に目の前が真っ暗になった。まるで床がドライアイスで満たされているかのような、足元から伝わる冷たい空気に一瞬で背筋が凍りつく。なんとも言い難い負の感情を洋平は覚えた。ついさっきまで見ていた走馬灯のような淡く懐かしい暖かな記憶を、一瞬で頭の片隅から破り捨ててしまうほどに。


 そして、一瞬、無重力になったかと思うと、どんどん下へと沈んでいくような感覚にとらわれる。錯覚……? いや、誰かに脚を掴まれている感触がある。やっぱり、足元を見るのは怖い。洋平は硬直したまま、身動き一つできない。


 どんどん、さらに沈んでいく。何分何時間、はたまた何日経ったのかも分からずに、足首を掴んだ手の持ち主の導くがままに、洋平は身を任せていた。


 ――そして、気がついたときには、全てが終わっていた。
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