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第29話 ランセリア
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国境付近に差し掛かった頃、ゼノアとシリルは遠くに魔物の気配を感じ取った。
さらに人の血の生々しい匂いを嗅ぎ取り、ゼノアの顔に険しい表情が浮かんだ。
「さきに行くから、シリルはダンをお願い」
ゼノアは素早くそう言うと、即座に地面を蹴り、一足早く走り出した。
シリルもダンを軽々と抱き上げ、その後を追った。
ダンは突然の展開に戸惑いながらも、シリルの腕にしがみついていた。
数瞬後、視界に飛び込んできたのは、グレイハウンドの群れに襲われ、地面に倒れている何人かの男。
そして、一匹のグレイハウンドが幼子を抱いた女性に牙を剥いて飛びかかった。
その瞬間、ゼノアが獣の間に飛び込み、強烈な蹴りを浴びせた。
グレイハウンドは鋭い悲鳴を上げ、その場に倒れた。
ゼノアは素早く女性と幼子の前に立ちはだかり、小さく「ドレイン」と念じると、周囲の10匹のグレイハウンドが一瞬にしてその命を奪われ、地に崩れ落ちた。
まだ遠巻きに獲物を狙っていた残りのグレイハウンドたちが、突然の仲間の死に戸惑いながらも警戒の構えを見せたところに、シリルが風のように飛び込んできた。
彼女は一匹のグレイハウンドに飛び蹴りを浴びせ、絶命させた。
敵を一蹴したゼノアが振り返りざまに声をかけた。
「シリル、威圧はダメよ」
シリルは威圧の制御が甘かったので、敵味方が入り乱れた乱戦では禁止されていた。
「分かってるよ、姉ちゃん」
シリルは言い終わると、再びその小柄な体を躍動させ、目にも留まらぬ速さで残る魔物に向かっていった。
蹴りを繰り出し、剣を振りかざし、次々とグレイハウンドを仕留めていく。
その間、ゼノアは残った魔物に向けて「ドレイン」を唱え、一瞬で周囲の魔物たちを葬り去った。
辺りに静けさが戻ると、ゼノアは視線を巡らせた。
彼女の視界には、震えて泣きじゃくる女性と幼子、商品を積んだ幌馬車が一台、そして死んだ六人の男が映った。
馬は逃げたのか姿がなかったが、五人は冒険者のようで、残る一人は商人であるらしい。
ゼノアは涙で顔を濡らす女性に近づき、優しく声をかけた。
「魔物は全て倒しましたから、もう大丈夫です。安心してください」
女性はゼノアに向けて泣きながらお礼を述べた。
死んだ商人が彼女の夫であることをゼノアに伝えた。
エトニア国にある迷宮都市ザーランドへ向かう途中だったという。
彼女は迷宮都市ザーランドに店を構えるダルマリオ商会の会長の長女で、名をランセリアと言った。
死んだ夫とボルダイン王国で商売をしていたが、父が病気になり、どうしても3歳になる孫娘サマンサに会いたいと言い出した。
父の病気も気になったし、孫娘を見せてあげたいという思いもあり旅に出たのだった。
「迷宮都市ザーランドまで護衛をお願いできませんでしょうか?お礼ならできる限りいたしますので…」
ランセリアの声は切実で、その表情には深い不安と恐怖が漂っていた。
娘二人とこれ以上旅を続けることは不可能に近いと分かっていたのだ。
ゼノアは少しの間考え込んだ後、視線をダンに向けてから彼女に言った。
「この子、ダンの身元引受人になっていただけるなら、護衛を引き受けます」
突然の言葉に、シリルとダンは驚き声を上げた。
「姉さん、どういうこと?」「ボクが邪魔になったの?」
ダンの声には涙が滲んでいた。
ゼノアは困ったように眉を下げて首を振った。
「そんなことはないわ。ただ、私やシリルみたいな常識外れと一緒にいると、ダンが常識のない人に育ちそうで怖いの」
シリルは口を尖らせ、不満げに抗議した。
「でも、常識なんて必要ないでしょ?別に」
シリルの言葉には少しの反発と戸惑いが含まれていた。
エルフであるシリルには、人間社会の常識がなくても生きていけるという自信があった。
しかし、ゼノアは違った。
「エルフと人間じゃ違うのよ。人間の子供は、大人になるまでに社会の中で多くのことを学ぶ必要があるの。特に、ダンみたいな子には」
「でも、ボクは姉ちゃんたちと別れたくないよ!」
ダンの目には涙が浮かんでいた。
その様子を見たシリルは、ゼノアにすぐさま抗議した。
「ほら、ダンだってこう言ってるじゃん」
ゼノアは小さくため息をつき、やや微笑みを浮かべながら言った。
「仕方ないわね。この話は保留にしましょう」
ランセリアが少し不安げな表情で口を開いた。
「あ、あの……護衛の件はどうなるのでしょうか?」
ゼノアは彼女に向き直り、静かに頷いた。
「護衛を引き受けます。報酬はザーランドに着いてから考えましょう」
ランセリアは感激の表情を浮かべながら深くお辞儀をした。
「ありがとうございます、本当に……」
こうして、一行は国境を越え、エトニアの地に足を踏み入れた。次に目指すは、商会の支店があるタダンという街だ。
さらに人の血の生々しい匂いを嗅ぎ取り、ゼノアの顔に険しい表情が浮かんだ。
「さきに行くから、シリルはダンをお願い」
ゼノアは素早くそう言うと、即座に地面を蹴り、一足早く走り出した。
シリルもダンを軽々と抱き上げ、その後を追った。
ダンは突然の展開に戸惑いながらも、シリルの腕にしがみついていた。
数瞬後、視界に飛び込んできたのは、グレイハウンドの群れに襲われ、地面に倒れている何人かの男。
そして、一匹のグレイハウンドが幼子を抱いた女性に牙を剥いて飛びかかった。
その瞬間、ゼノアが獣の間に飛び込み、強烈な蹴りを浴びせた。
グレイハウンドは鋭い悲鳴を上げ、その場に倒れた。
ゼノアは素早く女性と幼子の前に立ちはだかり、小さく「ドレイン」と念じると、周囲の10匹のグレイハウンドが一瞬にしてその命を奪われ、地に崩れ落ちた。
まだ遠巻きに獲物を狙っていた残りのグレイハウンドたちが、突然の仲間の死に戸惑いながらも警戒の構えを見せたところに、シリルが風のように飛び込んできた。
彼女は一匹のグレイハウンドに飛び蹴りを浴びせ、絶命させた。
敵を一蹴したゼノアが振り返りざまに声をかけた。
「シリル、威圧はダメよ」
シリルは威圧の制御が甘かったので、敵味方が入り乱れた乱戦では禁止されていた。
「分かってるよ、姉ちゃん」
シリルは言い終わると、再びその小柄な体を躍動させ、目にも留まらぬ速さで残る魔物に向かっていった。
蹴りを繰り出し、剣を振りかざし、次々とグレイハウンドを仕留めていく。
その間、ゼノアは残った魔物に向けて「ドレイン」を唱え、一瞬で周囲の魔物たちを葬り去った。
辺りに静けさが戻ると、ゼノアは視線を巡らせた。
彼女の視界には、震えて泣きじゃくる女性と幼子、商品を積んだ幌馬車が一台、そして死んだ六人の男が映った。
馬は逃げたのか姿がなかったが、五人は冒険者のようで、残る一人は商人であるらしい。
ゼノアは涙で顔を濡らす女性に近づき、優しく声をかけた。
「魔物は全て倒しましたから、もう大丈夫です。安心してください」
女性はゼノアに向けて泣きながらお礼を述べた。
死んだ商人が彼女の夫であることをゼノアに伝えた。
エトニア国にある迷宮都市ザーランドへ向かう途中だったという。
彼女は迷宮都市ザーランドに店を構えるダルマリオ商会の会長の長女で、名をランセリアと言った。
死んだ夫とボルダイン王国で商売をしていたが、父が病気になり、どうしても3歳になる孫娘サマンサに会いたいと言い出した。
父の病気も気になったし、孫娘を見せてあげたいという思いもあり旅に出たのだった。
「迷宮都市ザーランドまで護衛をお願いできませんでしょうか?お礼ならできる限りいたしますので…」
ランセリアの声は切実で、その表情には深い不安と恐怖が漂っていた。
娘二人とこれ以上旅を続けることは不可能に近いと分かっていたのだ。
ゼノアは少しの間考え込んだ後、視線をダンに向けてから彼女に言った。
「この子、ダンの身元引受人になっていただけるなら、護衛を引き受けます」
突然の言葉に、シリルとダンは驚き声を上げた。
「姉さん、どういうこと?」「ボクが邪魔になったの?」
ダンの声には涙が滲んでいた。
ゼノアは困ったように眉を下げて首を振った。
「そんなことはないわ。ただ、私やシリルみたいな常識外れと一緒にいると、ダンが常識のない人に育ちそうで怖いの」
シリルは口を尖らせ、不満げに抗議した。
「でも、常識なんて必要ないでしょ?別に」
シリルの言葉には少しの反発と戸惑いが含まれていた。
エルフであるシリルには、人間社会の常識がなくても生きていけるという自信があった。
しかし、ゼノアは違った。
「エルフと人間じゃ違うのよ。人間の子供は、大人になるまでに社会の中で多くのことを学ぶ必要があるの。特に、ダンみたいな子には」
「でも、ボクは姉ちゃんたちと別れたくないよ!」
ダンの目には涙が浮かんでいた。
その様子を見たシリルは、ゼノアにすぐさま抗議した。
「ほら、ダンだってこう言ってるじゃん」
ゼノアは小さくため息をつき、やや微笑みを浮かべながら言った。
「仕方ないわね。この話は保留にしましょう」
ランセリアが少し不安げな表情で口を開いた。
「あ、あの……護衛の件はどうなるのでしょうか?」
ゼノアは彼女に向き直り、静かに頷いた。
「護衛を引き受けます。報酬はザーランドに着いてから考えましょう」
ランセリアは感激の表情を浮かべながら深くお辞儀をした。
「ありがとうございます、本当に……」
こうして、一行は国境を越え、エトニアの地に足を踏み入れた。次に目指すは、商会の支店があるタダンという街だ。
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