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第27話 カナンの末裔

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孤児院のミミと別れてから、ゼノアとシリルは、静寂に包まれた森の中を北東に向かって進んでいた。
木々の間からこぼれる陽光がまだらに地面を照らし、霧がかすかに漂っている。
時折、鳥の声や小さな獣の気配がその静けさを裂くように響きくが、二人にとっては心地よいものだった。

別に目的地があるわけではなかったが、ゼノアはボルダイン王国からできるだけ早く離れようと考えていた。

「ゼノア姉ちゃん、この国を早く出る必要があるの?」
「王様に正体がバレたから、後々面倒ごとに巻き込まれる可能性があるの」

王様は誠実な人柄だったが、その側近や貴族たちがゼノアに接近して取り入ろうとするのは目に見えていた。
この国に残れば、いずれ争いや面倒に巻き込まれるのは、今までの経験で痛いほど分かっていた。

森の中を駆け抜けていたとき、微かな血の匂いにゼノアは気がついた。
その方向に走っていくと、男がひとり死んでいるのを発見した。

「魔物にやられたみたいね」
「でも近くに魔物はいないね、姉ちゃん」

ゼノアは血の匂いに惹きつけられ、その血を舐めてみた。

「もしかしたらカナンの末裔?」
「どうかしたの? 姉ちゃん」
「一人だけというのは気になるわ。他に人がいないか探してみてくれる?」

近くを探していると、シリルが滝の方を指さした。

「あっちの方が気になるけど……」
「人探しのシリルの勘は良く当たるから、頼りにしてるわ」
「へへへ、任せてよ」

さらにシリルは滝から続く川の下流を目指した。
シリルには風の大妖精がいつも側にいて、シリルが望めば人探しも行っていた。
魔物の探知はゼノアの方が優秀だったが、それ以外はシリルの方が優秀だった。

「あそこ!」

シリルが川岸に倒れている男の子を発見した。

「ゼノア姉ちゃん、この子、息があるよ」
「よかった。シリル、女神の癒しをかけてあげて」

シリルの手から金色の光が溢れると男の子が目を覚ました。
遥か昔の友人に良く似た銀色の髪に青色の瞳、ゼノアは少しドッキとした。

「私はゼノア、こっちはシリル。あなたは?」
「ボクはダン。……た、助けてくれて、ありがとう……です」

ダンは絶世の美女二人にドギマギしていた。
しかしすぐに父のことを思い出した。

「そ、そうだ! マッドモンキーに襲われて、父さんが……」

ダンが急いで立ち上がろうとしたが、ゼノアが彼の手を取って落ち着かせた。
そして1本の剣を彼に渡した。
その剣を見て、ダンの表情が驚きに変わった。

「こ、これは父さんの……」

ダンは剣を握りしめると、その瞬間、顔が真っ青になり、唇が震えだした。
足元が崩れたようにその場に崩れ落ち、頬を涙が伝う。
まるでこの剣が、父親の最期の思いを伝えているかのように、彼の全身から力が抜けていくのがゼノアにも感じ取れた。

「滝の上で見つけたの。残念だけど、男の人は死んでいたわ」
「父さん。父さん……うあああ」

ゼノアは優しく彼を抱きしめ頭を撫でた。
しばらくして彼は我に返って泣き止んだ。

「村に知らせないと!」

ゼノアはダンを抱き上げ走り出した。
川を下っていくと、ゼノアは眉間にしわを寄せた。

「間に合わなかったみたいね」

村は魔物に襲われて、壊滅していた。
生きている人は誰もおらず、辺りは血の海だった。

「みんな死んでしまったの? そんな……うあああ」

ダンはその光景に青ざめ、惨《むご》たらしさに吐き気をもよおをした。
シリルが周囲を見回って帰ってきた。

「生き残りはいなかったよ。姉ちゃん」
「女、子供は?」
「そう言えば若い女性と子供の死体はなかったな」
「攫《さら》われた可能性が高いわね」

マッドモンキーは若い女と子供の血を特に好む。
おそらくボスに献上するため攫われたのだとゼノアは考えた。

「ダン、マッドモンキーの巣へ案内して。攫われた人を助けられるかもしれない」
「わかった」



ダンの案内で、ゼノアたちはマッドモンキーの洞窟へ向かった。
洞窟の入口近くの茂みに三人は隠れていた。

「私ひとりでマッドモンキーを始末してくるから、シリルはここでダンを守ってね」
「ええ、ボクもやりたいよ」
「ダメ! あなたが暴走したら、攫われた人まで死んでしまうわ」
「ちぇっ」
「逃げ出すマッドモンキーがいたら殺していいから。ここで待っていて」
「は~い」

残念そうなシリルと不安で一杯のダンを残して、ゼノアは洞窟に近づていった。

そして姿、気配を完全に消して洞窟に入っていった。
入ってすぐ人の血の匂いがしてきた。
マッドモンキーが二匹いたが、『ドレイン』と念じると一瞬で絶命した。
その後もマッドモンキーたちは何が起こったのか知る暇もなく、音もなく次々と死んでいった。

一番奥に着いたとき、一匹の大きなマッドモンキーがいて、たくさんの女性と子供の死体があった。
それがマッドモンキーのボスであることは明白だった。ボスは女性の血を啜《すす》り、恍惚《こうこつ》としていた。
その姿にゼノアは憎悪と嫌悪感を抱き、思わず声を出して唱えた。

「ドレイン」

魔物は、その微かな声と気配に気づき振り向いたが、ゼノアを見ることなく絶命した。
ボスの手から女性を引き離し、滴る血を舐めて、確信した。

「やはりカナンの末裔だわ」

ゼノアは助けられなかった、やりきれなさをこらえて、女性を抱いて外に出た。
ダンは母親の体を姿を見た瞬間、全身が凍りついたように感じた。
そして抱き着いて、泣きだした。

「母さん? やだ! 母さん……」
「ごめんなさい。間に合わなかった。みんな死んでいたわ」

ゼノアはダンの頭を優しく撫でて、遥か昔の友人のことを思い出していた。
共に魔王を倒した勇者、銀色の髪と青い瞳の冒険好きの青年のことを。

「間違いない、この子はミミと同じく勇者の血を受け継いだ者だわ」



魔王を倒した後、勇者はカナンという国を建てた。
その後、その子孫が人間世界を統一し、カナン大帝国を樹立した。
勇者の一族は世界各地に散らばり、やがてその血も薄くなっていった。

しかし女神の加護を強く受けた勇者の血は、五百年毎に再び濃くなって現れた。
それを探し出し、見守るのがゼノアの生き甲斐だった。
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