迷宮(ダンジョン)革命

あきとあき

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23.誘惑

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市ヶ谷に戻ってきた田中は憤慨していた。

「田所のやつ、救世主様が、日本にとって、いや世界にとって、どれだけ大切な人か分かってない!」
ぶつぶつ独り言を言っていたら、江田が現れた。

「先生、さっきは、すみませんでした。先生の役に立ちたいという気持ちは今も昔も変わりませんが、みんなで決めたことなので」
江田が田中に、申し訳なさそうに謝った。

「いや、君に怒ってはいないよ。君たちの言う事は、もっともだからね。怒っているのは、田所にだよ」
「田所のやつが、どうしたんですか?」

田中は憤慨していた。
「あいつは救世主様の偉大さを何もわかっていない。神を、救世主様を侮辱したのだ!」

「先生が、ここまでお怒りになるとは、いったい何があったんです?」
江田は、何やら面白いことになってきたと思った。

「ああ、さっき目黒でね。・・・」

田中は、目黒でのことを江田に話して聞かせた。


話しを聞き終わったあと、しばらく考えるような振りをして、江田が口を開いた。

「先生は間違ってないですよ。俺も何か変だなと思っていたんです」
「うん?何が変なのかな?江田君」

「だって十六歳の子供に、毎日毎日水出しをさせているんですよ。大人だって嫌になりますよ」
「いや、それは救世主様だから」

「先生、よく考えてくださいな。十六歳っていったら、まだ遊びたい年頃ですよ。それが黙々と毎日水出しをしている。おかしいですよ。先生は、あの子たちが遊んでる姿を見たことあります?」
「いや、ないな」

「だから、何か弱みを握られて、水出しを強制的にやらされているからじゃないですか?」
「た、確かに言われてみれば…」

「あの子を、救世主様を田所から解放して、ここ市ヶ谷で大切にしてやりましょう!そしたら、絶対感謝されますよ」
「ああ、そうか、そうだな」

田中は江田を見つめていた。

「そして、ここ市ヶ谷に、救世主様と神を称える、新しい国を作るんです!」

救世主の国、神の国、その甘美な響きに田中の目の色が変わった。

「江田君のいう通りだ。君がこんなに信心深いとは思っていなかったよ」
「いえ、あっしは先生の信奉者です。先生のため、救世主様のため働かせていただきます」

田中は感激し、涙を流して、江田に抱きついた。
江田は、にやりと笑って、アキラを手に入れるための算段を考え始めていた。

それから江田は田島のところへ向かった。

目黒に対抗するには、自分だけの戦力では心もとない。堅物の三島を引き入れるのは難しいので、田島の戦力は絶対手に入れたいと考えていた。そのため田島の隊員たちと親交を深め、水や物資で懐柔していた。

江田は田島の部屋の前に来た。
「田島いるか?」ドアをノックをした。返事がなかったが、鍵がかかっておらずドアが開いた。

中に入ってみると、壁に一枚の写真と、たくさんの手書きの絵が貼ってあった。
あの金髪の美少女、救世主様だった。その絵には、大小さまざまなハートマークが書き加えられていた。

「田島のやつ、ロリコンだったのか。どうりで独身だったわけだ」

ニヤリと笑って、江田は部屋を出て行った。

翌日、江田は田島に話しかけた。

「田島、ちょっと相談があるんだが、いいかな?」
「いま忙しんだが」

「そうか悪かった。じつは田中先生と救世主様のことだったんだが…」
「ちょっと待て、話を聞こうじゃないか」

「おう、ありがとよ。じゃあ俺の部屋に行こう」

二人は並んで、江田の部屋へ歩いて行った。

部屋に入ると、江田が話し始めた。

「田中先生のため救世主様を救いたいから、力を貸して欲しいんだ。」

田島が怪訝そうな目で田中を見た。
「救世主様を救う?意味が分からんのだが」

「救世主様は、目黒の田所に弱みを握られているんだ」
「弱み?何を言っているんだ、江田」

江田はわざと困ったような素振りを取った。
「実は、あの子は人を殺してるんだ。俺の部下が新宿で殺されたのは、お前も知ってるだろう?」

話についていけず、田島は頭が混乱していた。そこに間髪入れず、江田は話を強引に進めた。

「その現場を別の部下が遠くから見ていたんだ。うちの隊員が銃を地面に置いて、高校生らしい二人と言い合っていたが、金髪の子が銃を拾って隊員を撃ち殺したらしい。そしたら自衛隊員が現れて、その子たちをを連れて行ってしまったんだ。」

田島は、突拍子もない話に目を白黒させていた。
「ほんとなのか?」

「江戸川区で習志野と揉めてたときだ。あの後目黒に抗議にいっただろう?水を大量にもらって手打ちにしたんだが、どうやって水を確保してるんだろうって不思議だったんだよ。たぶん銃を撃ったのが救世主様だ。殺人の件で脅されてるんだよ。」

田島はうなった。
「まさか、そんな事が、信じられん」


「あの子はたった一日で、この市ヶ谷全部を魅了した程の素晴らしい子供だぜ。それなのに目黒では救世主様を讃えているような話は聞かない。ただ水出しだけをしている。どう考えても、おかしいだろう?」

田島は真剣に聞き入っていた。

「救世主様の実家は横浜だったよな。水を出せるんだ、どこでも好きに生きていけるはずだ。それなのに目黒から出ていない。変だと思わないか?」

田島はうんうんと頷いていた。

「救世主様は、田所に殺人という弱みを握られているんだ。考えてもみろ。十六歳の子が人を殺したんだ。怖くて、まともな判断はできなかったにちがいない。田所は、そこに付け入って脅して言うことを聞かせているんだ。だから救ってやるんだ」

「先生は、その事を知っているのか?」

田島は江田の話を信じるようになっていた。

「先生には殺人の事は話していない。もし話したら、激怒して目黒に殴り込みに行くはずだ。下手をすると先生の命が危なくなるかもしれん」
「た、たしかに」

「だから先生には殺人のことは話さない。脅されているとだけ話しを持っていくつもりだ」
「ああ、それがいいな」

田島が信じきったこを確信した江田は、さらに話しかけた。

「だから、俺たちで救世主様を助け出すんだ。そしたら、感謝感激されるぞ!」
「感謝感激…」
その言葉に田島の目が大きく開かれた。

「ああ、もしかしたら何でも頼みを聞いてくれるかもしれないぞ」
「何でも頼みを...」
田島が、ゴクっと唾を飲んだ。

田島は、じっと江田を見つめた。

「しかし、どうやるんだ。まさか戦争をしかけるのか?」
「バカいうな!救世主様が怪我したらどうすんだ。誘拐するんだよ。そして市ヶ谷で保護するんだ」

「誘拐なんて、できるわけがない」
「だから、これから知恵を出して、作戦を練るんだ」

「三島はどうする」
「三島は田所と同じ自衛官だ。争うことはしないだろうし、誘拐なんて許さないだろう。だから内緒にしておく。それでいいいよな?」
「ああ、それがいいと思う」

「なら、お互い作戦を考えて、あとで話し合おう」
「わかった」

部屋を出ていく田島の後ろ姿を見ながら、「うまくいった」と江田は笑みを浮かべた。

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