上 下
22 / 41

22.暴走

しおりを挟む
翌朝、マリが目を覚ますと、アキラがいなかった。
驚いてベッドから飛び降り、急いで服を着て部屋を出た。目の前の窓から飛び降りて、広場の方に走っていった。

「アキラのバカ!まさか隠れて浮遊魔法の練習してる?」

マリは、アキラが無茶をするのではないか、気が気でなかった。

アキラの姿を見かけると、突進してアキラを捕まえようとした。
「アキラ、何やってるの!」

アキラに手を伸ばした瞬間、アキラがすり抜けた。ただ立っていたように見えたのに、横にスッと移動したのだ。

マリは思いもしないアキラの動きに、足がもつれて転倒した。

「えっ?」
と小さく声を出し、立ち上がって、再びアキラを捕まえようとした。

すると、またアキラが横にスッと移動したが、今度は落ち着いて見ていたので、難なく捕まえることができた。

「ああ、捕まったか。マリには敵わないな」
アキラは笑っていた。

「こっそり抜け出して、浮遊魔法してたんでしょ!禁止って言ったよね!」
マリが怒っていた。

「ゴメン、ゴメン。でもちょっと浮いてるだけだから。飛んだりしてないから、ゆ・る・し・て」
アキラが、体をクネクネさせながら、上目使いで、ウィンクする。その可愛らしさに、一瞬ドキッとして顔を赤らめてしまった。自分で自分の顔に赤面して、どうするのよ、とマリは恥ずかしくなった。

「アキラのバカ!」
マリはアキラに抱きついた。

「また青春してる」「してるね」「いいなーおれも青春したい」
と声が聞こえて、もうやめて!とアキラを抱っこして走っていくマリだった。

その様子を、目黒と朝比奈は微笑ましく見守っていた。

「市ヶ谷のダンジョンは放置してていいのでしょうか?」
朝比奈が尋ねると

「アキラ君が市ヶ谷に行きたくないって言ってるからな。消滅させようと言うまで待つしかないだろう」
と目黒が答え、朝比奈もうなずいた。

二人はアキラたちの後を追って、歩いていった。


翌日、田中と田島が目黒駐屯地にやってきた。

田所はいぶかしんだ。
「水を貰いに来るには、早すぎるのではないでしょうか?」

市ヶ谷は目黒の倍以上の人がいるが、それでも五日は余裕で、節約すれば一週間はもつくらいの水は、渡したはずだった。それがたった二日で無くなるのはおかしい。

田中がその疑問に答えた。
「救世主様の奇跡の噂が広まったようで、近隣から住民が水を貰いに来たのです。それであっという間になくなった次第です」

田所は念を押した。
「それなら納得しました。しかし我々の方も住民が水を貰いにくるので、余っているわけではありません。タダという訳にはいきませんよ」

「もちろんです。ちゃんと物資も持ってきましたから、ご確認ください」
田中がソワソワしだした。なぜか田島もソワソワしている。

「あのー、救世主様はどちらに?」

田所は、ハァーとため息交じりに
「いま、呼んできますから、お待ちください」
と言って部屋を出て行った。

アキラたちは、田中と田島が来たことを伝え聞き、裏に逃げていた。

広場で練習という名の遊びをしていた。

アキラがホバークラフトよろしく逃げ回り、それをマリが捕まえるというものだった。ようするに鬼ごっこだった。アキラがバイク並みのスピードで前後左右に地面をスライドし、マリが地面を蹴って猛ダッシュしアキラを捕まえようとし、それをアキラが避けてスライドして逃げていく。もはや人間離れした速さの鬼ごっこだった。

田所は、日に日に進化する二人に驚いた。そして楽しそうにしている所に邪魔するのは気が引けたが、気持ちを切り替えて、アキラに近づいて行った。
「アキラ君、ちょっと話があるのだが」

「なんでしょうか?」
アキラが地面を滑るように、田所に近づいた。

「いま田中先生が来ていてね」
それを聞いただけで、アキラの顔は渋くなった。

「君に挨拶したいそうだ。来てくれるかね?」
「ええ、嫌ですよ」

「君の気持ちもよく分かる。しかし断ったら、明日から毎日来るかもしれん。」

アキラは、大きなため息交じりに田所の後について行った。
「ハァー、分かりました」


アキラが部屋に入ると、二人の男は満面の笑みを浮かべてた。

田中が握手して、大きく手を振った。
「救世主様、お会いできて嬉しゅうございます」

こっちは全然うれしくないよ、アキラは心の中でつぶやいた。

田島がそっと手を出した。
「救世主様、とても会いたかったです。握手していただけますか?」

誰だっけ?と首をかしげて、仕方なく手を出すと、田島が目に涙を浮かべながら、両手でそっと包むように、アキラの手を握った。ちょっとビックリして手を引っ込めた。

田島は、目を輝かせて、頭を下げた。
「これは、失礼しました。田島というものです。水と物資の輸送を担当しますので、よろしくお願いします」

この人、変わってるな?いや、田中より全然ましだけど?とアキラは思った。マリは不審そうに、田島を見ていた。

そして田中と田島は、満足そうに出て行った。

田所は少し安堵して、頭を下げた。
「アキラ君、おつかれさん。手間をとらせて申し訳なかった」

「ほんと、疲れました。これで失礼します。」
と言って、アキラとマリは出て行った。

「田中がおかしいのは当然として、田島も怪しい」
マリが不穏な言葉をはいた。

えっ?何が怪しいの?とアキラは不安になった。

マリは田島の目つきに、見覚えがあった。登校する時、じろじろ見てくる変なオジサンがいた。実害があったわけではないが、気持ち悪くて、いつもアキラの後ろに隠れいたのだ。その目つきに似ていて、思い出して背筋がゾワゾワした。


「田島君、今日はありがとう。またよろしく頼む」
「いえいえ、先生。こちらこそ」

帰り際に二人は握手をした。

「救世主様」

二人同時につぶやくいた。すると二人の目がキラリと光り、お互い抱き合ったのだった。

その二日後、田中と田島は、また目黒にやってきた。
そして、アキラに会って握手をして笑顔で帰っていった。

「おかしくないですか?」
アキラは、ほとほとウンザリしていた。

田所も困惑していた。
「明らかにおかしい。この前の会談で決めたことと全然違ってきている」


さらに二日後、田中と田島は、またまた目黒に向かおうとしていた。
しかし江田と三島が止めた。

江田は田島を睨みつけた。
「おい、田島、いくらなんでも物資の持って行きすぎだ。俺達が苦労して集めた物を、そう右から左へ持ってかれちゃあ困る」

そこに田中が現れた。

「江田君、これは水に困った住民に渡すためなんだ。以前、私が君たちを助けたように、今度は君たちが困っている人たちに手を差し伸べるのだ。そして救世主様のご威光を知らしめすのだ」

田中に頭が上がらない江田も、今回ばかりは、さすがに腹を立てていた。
「先生、それにしたって限度がありやす。この前の話し合いでは一週間毎に交換するって決めたじゃないですか。目黒だって、こう頻回にされちゃ、迷惑ですよ」

三島も、田中と田島を非難した。
「たしかに、江田のいう通りです。約束が守られないと、今後取引ができなくなる可能性がでてきます」

田島は田中を見た。
「先生、江田と三島のいう通りです。もうやめましょう」

「分かった。分かったから、今回でやめるから、半分だけでも、お願いしたい」
田中は頭を下げた。

えっ?三人は素っ頓狂な声をあげた。

「ハァー、もう、先生これで最後ですからね。半分降ろして、さっさと持って行ってくださいな」
江田は、呆れた顔をして出ていった。

二人は笑顔で目黒を目指した。


目黒駐屯所の司令官室で、田所は苦虫を潰したような顔をしていた。

「こうも頻回にこられては、困ります。約束と違うじゃありませんか」
田所は、田中と田島に強く抗議した。

田島は、平謝りで田所に懇願した。
「申し訳ありません。これで最後にしますので、どうか救世主様にご挨拶をさせてください」

しかし、田中が不満を口にした。
「我々は、救世主様のため働いているのだ」

それを聞いて、田所は顔色を変えた。
「救世主、救世主とあなたがたは言うが、彼らは、あなたがたのものではない。いい加減にしてください」

田中は憤った。
「な、なんという事を!それは神に対する冒涜だ」

「先生、これ以上は救世主様にも嫌われてしまうかもしれません。今日は帰りましょう」
田島は田中の手を引いて、部屋を出ていった。


「田所のやつめ、許せん」
帰りの車のなかで、田中はつぶやいていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

RISING 〜夜明けの唄〜

Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で 平和への夜明けを導く者は誰だ? 其々の正義が織り成す長編ファンタジー。 〜本編あらすじ〜 広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず 島国として永きに渡り歴史を紡いできた 独立国家《プレジア》 此の国が、世界に其の名を馳せる事となった 背景には、世界で只一国のみ、そう此の プレジアのみが執り行った政策がある。 其れは《鎖国政策》 外界との繋がりを遮断し自国を守るべく 百年も昔に制定された国家政策である。 そんな国もかつて繋がりを育んで来た 近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。 百年の間戦争によって生まれた傷跡は 近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。 その紛争の中心となったのは紛れも無く 新しく掲げられた双つの旗と王家守護の 象徴ともされる一つの旗であった。 鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを 再度育み、此の国の衰退を止めるべく 立ち上がった《独立師団革命軍》 異国との戦争で生まれた傷跡を活力に 革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や 歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》 三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え 毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と 評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》 乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。 今プレジアは変革の時を期せずして迎える。 此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に 《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は 此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され 巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。 

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...